第49話:夢子の母の病気と温泉治療

文字数 1,675文字

 そして2週間が過ぎた頃、朝6時半に十津川興業の十津川護から母が倒れたと電話が入った。芝山夫妻は急いで大宮に向かい新幹線に乗り青森に向い夢子が病院に着いたのが昼前。母は、ベッドに横たわっていた。十津川肇の話によると朝起きた時、廊下で倒れた語った。診察してくれた先生が、診察に来た時、極度の心労が、重なっている様子だったと話した。

 特にメニエール症状が、ひどくて、安静にしていても耳鳴りがしてふらつくことが、まだあるでしょうと説明した。ストレスによる自律神経失調症と診断。仕事から解放してあげ暖かい温泉で治療した方が良いと告げた。症状が改善したら。南国のきれいな花を見て、散歩して汗をかいて、自律神経の正常に戻すとこが良いでしょうと教えてくれた。

 沖縄、ハワイ、グアムなども良いでしょうと言い、もちろん温泉は非常に良いと言った。一番、良くないのはストレスだと話した。もし何か仕事しているようだった年齢から言っても辞めるべきでしょうねと告げた。この話を聞いて十津川護が、今年初めの熱海旅行が、楽しかったと言っていたので、そっちで預かって欲しいと言った。

 いつも冷静な夢子が、顔を赤くして、十津川護の前に進み出た。
「真っ正面に立ち、随分、虫の良い話ね」
「親だから優しくしてくれると思って、こんな年になるまで、こき使って病気になって使えなくなった、捨てるのと大きな声で言った」

 すると、そう言う人聞きの悪い事を言わないでくれと言った。もちろん、今迄も給料を払っていた。今回の退職にあたっても退職金を払うと語った。給料っていくらなのと聞くと年間120万円で景気が良ければボーナスも出す契約になっていると告げた。実際に、いくらと聞くと、この所120万円、退職金はと聞くと360万円と言った。

「それを聞いて、夢子は、笑いながら高校生のアルバイトでさえ時給1000円が最低よ」
「つまり8時間労働で8千円、25日で20万円、高校生のアルバイトの半額じゃない、とても信じられないと言い放った」
「退職金360万円、ふざけんじゃないわよ」

「でも契約でそうなっていると言うと、そんな不平等な契約、いつ、誰がしたの聞くと1960年に十津川興業と母の契約だと話した」
「50年前の契約が、そのまま、50年間で物価はどれだけ上がったと思ってると怒鳴った」
「難しい事は知らないが契約は守っていると答えた」

これを聞いていた芝山伸吾が、さすが十津川興業の敏腕社長、経営者は頭が良いねと誉めたかと思うと、「本当にこれで良いと思ってるのかと聞くと」、わからないと語った。
「でも、今迄の治療費もここの入院費も僕が出したと言った時、堪忍袋の緒が切れて、馬鹿野郎、こんなはした金はいらない」

「とっとと消え失せろと、言うと、十津川護が、これから、今後の生活費の話がと言った」
「そんな、ごうつくばりで情けのない息子なんか期待してねーよと、夢子が、啖呵を切った」
すると、母の十津川麗がごめんね、芸のこと以外、何も教えてこなかった私達が悪いんだと涙を流して謝った。

「それを見て夢子が何て情けないのと泣き出した」
「みんな出て行ってよと、大声で叫んだ」
すると、十津川興業の3人が、すごすごと出て行った。その後、2日入院して、退院となり新幹線で夢子が母の十津川麗を和光市の家に連れ帰った。

 投薬された薬を飲み続けて、薬が終わると近くの内科開業医に行き入院して診断を受けた内容を夢子が説明して同じ薬を投薬してもらった。そして、暖かい日射しの良い日は、夢子と一緒に荒川河川敷の公園を散歩して汗をかくようにして徐々にメニエールのめまいが収まってきた。病状が悪くなる時のサインとして耳鳴りが起こることがわかった。

 その後、和光市に地下かくみ上げた黒湯の天然温泉が車で5分の所にある。そこの回数券を買って毎週2回ずつ行くようになった。その結果、幾分顔色も良くなり耳鳴りが少なくなった様で3月を迎える頃には顔に赤味刺さす様になった。風呂に行かない日は、河川敷で、一番暖かい14時頃、散歩に夢子と出かけ散歩するのが日課となった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み