第2話 黒猫のオテロ誕生

文字数 4,723文字

 目を覚ますと見知らぬ世界だった。
 「はぁ、はぁ」
 (なんだ夢か?) 
 青々と拡がる草原。石造りの荘厳な建物。
 突如、目の前に現れたこの景色は、今まで見たことのないものだった。

 (取りあえず、隠れよう)
 このまま、この場所にとどまるのは危険だと判断し、辺りを見た。幸運なことに小川の流れる森林があるではないか。そこにたどり着くまで、不自由な身体でヨロヨロと歩き、休んだ。
 (一体、何が起きたのだ?)
 川辺にひざまずいた。顔を近づけてみると、不思議な黒猫がいるではないか?
 あわてて顔をさわった。毛だらけで髭が数本ある。間違いなく猫の姿。
 (黒猫なんて・・・)
 あぜんとした。

 (どうなっているんだ?)
 この出来事をのみ込めないでいたが、考える時間は少しも与えられなかった。
 突然、魔物達が襲ってきた。
 あわてて逃げようとした。だが、この身体がいうことを聞かない。

 (まずい。このままでは・・・)
 必死に転げるように、もがいてみたが、どうにもならない。魔物の三又槍が迫るなか、なんとか逃げるきることができたのは、運がよかったとしか説明のしようがなかった。
 早速、この世界の洗礼を受けた。
 槍がかすめて、よろめいた。トドメを刺そうと魔物が攻撃。
 一瞬の出来事だった。
 物陰から小さい竜が魔物をくわえて、その場を立ち去った。魔物達は一瞬、たじろいたが、気を取り直して、また襲いかかってきた。

 (もうダメだ)
 神様に祈った。普段は神の存在を否定的な私が、追い詰められると祈る。おかしなことだが、生きることをあきらめた今となっては、できることは祈る事だけだった。
 (来世も人として生まれ変われますように・・・)

 祈りが通じたのか、神の加護を授かった。仰向けになり、天をながめた。雲一つない晴天だった。
 上空にいる者の姿が見えた。四枚の翼。光輝く黒い髪。足には二本の剣。手には光る剣を持っている。
 (天使か・・・)
 ついに、天に召される時がきたのだろう。お迎えがきたと思っていた。
 (あぁ、母さん。ゴメンよ。許して欲しい)
 ・・・目を閉じた。魔物の悲鳴は聞こえなかった。

 「大丈夫か?」
 その者に声をかけられ、起こされた。そーっと目を開けた。天国では無いようだ。同じ景色。まだ生きている。目の前に美しい天使。陽当たりのせいだろうか? 後光が差しているように見えた。
 「大丈夫です。助けて頂いて、ありがとうございます」
 「私の名前はゼルエル。天軍の将だ。魔物が現れたという情報があって、パトロールをしていたのだ。もう少し来るのが遅かったら危なかったな。運がいい。魔物は私が全て片付けたから、もう大丈夫だ」
 美しい天使の笑顔に心を奪われそうになった。

 「君の名は?」
 そう聞かれたものの、本当の名前を名乗っていいものか? 別世界の人間だと分かれば、魔物のように消されたりしないだろうか? 無難な答えが無いか考えた。
 (黒猫だったな)

 とっさに思いついたのは、あの舞台の主人公の名前だった。黒人将軍オ○ロの名前を思い出した。
 「・・・オテロ。私の名前は、オテロ」と偽名を名乗った。真ん中の一文字だけ、変えた。
 「オテロか・・・」
 「ゼルエル様、そろそろミカエル様に報告に行かないと・・・」
 従者が彼女を急かす。この場を離れたがっていた。
 「そうだな。もう少し、いたかったのだが・・・仕方がない」
 残念そうに、フワッと空に浮かぶ。
 「そうだ。これをやろう」
 上空からキラリと光る物を放り投げてきた。受け取ってみると指輪だった。
 「それを指にはめておくと、神の加護があるだろう。またな、オテロ」
 従者を率いて、急いで飛び立った。この時、従者に救われたことを知らなかった。後日、助けてもらった時に、あんなことになるなんて、想像もできなかった。

 (イタッ)
 槍で怪我をしてしまった。血は出ていたが、大怪我では無い。命があるだけでも良しとしよう。
 (これから、どうしよう)
 見知らぬ世界に独りでいると不安だ。今は脱出方法も分からない。魔物に倒されていた方がよかったのかもしれない。でも、偶然が重なり、生きている。
 しばらく悩んだが、オテロとして、この世界で生きることを選択。最終目的を生きて元の世界へ帰ることにした。

 傷口に薬草をすりこみ、木陰で隠れて大人しくしていた。以前、本で薬草のことを読んだことがあった。まさか、こんな形で役に立つとは思いもよらなかった。
 (多分、間違ってないよな)

 血の臭いで、他の魔物が近寄ってこなければいい。傷口さえ化膿しなければ、問題は無い。直ぐに治るだろう。
 (そうだ、木の上で休もう)
 子供の頃から木登りは得意だった。太そうな枝につかまり、身体をピタッとくっつけて、スルリと半回転し、よじ登った。
 (猫の身体だけど、上手くいったな)

 最初の枝に乗ってしまえば、後は簡単だ。上を見て登るだけ。二股となった場所で休んだ。
 (あれこれ考えてもダメだな)
 まずは、この身体に馴れることから始めよう。全ては、また明日。
 (明日まで無事、生きていますように・・・)
 不安感はあった。寝ている間にも襲われる危険がある。起きていようとしたのだが、睡魔に負けて、いつの間にか眠っていた。

 次の日、目を覚ますと、まだ薄暗かった。傷口は、かさぶたでふさがれていた。薬草は間違っていなかった。
 (ホッ)
 気がついた時には、「胃袋の中・・・」と言うことではなかった。胸をなでおろした。
 (まずは、この身体に慣れないとな)

 木の上から降りた。生きていれば、その内、解決方法にたどり着くだろう。今、すべきは猫の姿で冒険に出発出来るようにすること。
 (まずは、準備運動だな)
 一、二、一、二・・・。
 昨日より身体を動かせている。
 (それでは試してみよう)

 物を持つことをできるかだ。
 グー、パー、グー、パーと繰り返し、手のひらと甲をながめた。人の手と猫の前足が融合しているようだ。ちゃんと「しょきゅう」がある。いわゆる、「肉球」と呼ばれるやつだ。昨日は必死だったから、気がつかなかった。

 もう一つ発見したことがあった。忍び足だ。隠れたり、急に近づいて不意をついたりできるだろう。
 どうやら、あの黒の野良猫と融合しているようだった。意識は私が占有していた。理屈は分からない。
 次は火を起こせるかを確かめなければならない。当面、野宿をする。サバイバルでは火と水がないと生きていけない。暖をとること、調理をすること等、いろいろな使い方ができる。
 原始的な方法だが、木と木を擦りあわせて、種火をつくり、火を起こすことができた。
 (よかった。やればできるものだな)
 食料は当面、草だ。食べれる草を探した。
 少し疲れたので、草をくわえながら、川辺の石にすわり、休んだ。まさか、尻尾の先が川につかっているとは思わなかった。

 (なんだ。尻尾が引っ張られる)
 振り返ると、何と尻尾に魚が食いついている。
 (ラッキー!)
 お尻を振って、尻尾をあげた。
 ピチャッ、ピチャッと川辺に魚が跳ねていた。こんな偶然があるとは・・・。
 (逃がさないぞ!)
 捕まえて、木の枝に刺し、焼き魚を食べた。パサパサとしていた。塩が欲しい。
 (この場所を死守できれば、生きていけるだろうな)

 まるでゲームの猫主人公が戦うのを、勝手に想像していたが、そのノリで戦うのは、危険なのが分かってきた。怖くなった。コンティニューなど無い。一度きりの命。頼りない猫の姿となり、初めて気がついた。今までたくさんの人と関わり、守られてきたことを認識した。母親のありがたみが分かった。
 (いつもありがとう。母さん)
 生きて元の世界へ戻ること以外に、もう一つ誓いをたてることにした。
 いつの日か、生きていれば手紙で伝えるだろう。

 そして、一週間。
 サバイバル生活のためか、野生に近づいた。戦闘力が上がったのかは分からないが、かなりたくましくなった。傷ついているのは尻尾。日々、生き延びるための代償。そう考えて使っていた。

 (さて、のんびり昼寝でもするか)
 いつも寝ている場所。枝を組み上げ、落ち葉を敷き詰めて、根気よく作った。お気に入りの場所。
 なぜか今日は先客がいた。姿は狩人。きたえられた身体。白っぽい髪。白をベースとした金色で縁どられた鎧と弓矢。傷ついているマント。歴戦の狩人だろうか?
 それよりも、猫を狩る狩人は絶対にいないと思いたい。信じたい。猫の肉は美味しくないぞ。毛皮を剥ぐのも止めてくれ。
 よく分からないが、気持ち良さそうに寝ている。起こすのは止めておこう。空いている所に、こそこそっと潜り込んで、丸まって寝た。
 (大丈夫だよね。寝込みを襲われないよね)

 昼寝から先に起きたのは狩人の方だった。
 「うわっ、なんだ。お前」
 自分の隣で寝ている黒猫に驚いた。
 「うーん、よく寝た」
 眠気まなこをこすった。その男と目が合った。
 「うわっ、誰?」
 「誰って、こっちが知りたいさ。なんで隣で寝ていたんだ」
 「あの場所は野宿するために作った場所なんだ。それなのに気持ち良さそうに寝ていたから、起こさないように、空いている所で寝たんだ」
 「そうか。申し訳ないことをしたな。俺の好きな昼寝場所を鳥が巣づくりしてしまったから、新たな場所を探していたんだ。それで、この場所を見つけたって訳さ。本当に申し訳ない」
 「別にいいよ。私の名前は、オテロ」
 「俺の名前はウル。ただの狩人だ」
 森と共に生き、森と共に死ぬ。これがウルの信条らしい。狩人とはそういう者なのか、ウルだけが、そうなのかは分からないが、悪い人では無いようだ。少しの間、話をした。

 その時、ブヒブヒと鳴き声。大きなイノシシが下を通った。昨日の焼き魚の残骸につられてきたのだろう。しばらくこの場所から目で追った。正しく、その通りだった。残骸をあさっていた。
 「今日の獲物はアイツだな。エリュマントス。あれだけ大きければ、いずれ森の害悪となるだろう。今の内に退治しておこう」
 「うん」
 ウルは気づかれないように、ここから狙った。三本の矢を放つ。全て命中したが、ソイツは倒れなかった。図体が大きかったので、致命傷にならなかったようだ。
 (このままでは逃げられてしまう)
 ウルは予め知っていたかのように、木を飛び下りる途中で次の矢を放った。凄腕の狩人は獲物を逃さない。今度も命中したが、倒れない。
 (しぶといヤツだな)
 その間、木の間を飛び下りるとソイツを捕獲しようとした。
 最後の力だろうか、逃げる体勢。あわてて、飛び乗ってしまった。
 (しまった)
 振りほどかれないようにしがみついた。それが精一杯だった。必死に牙をにぎった。それが目隠しになったのだろう。近くの大岩に激突。倒れて気を失なった獲物に、ウルがトドメを刺した。ぶつかった衝撃で、岩に身体をぶつけてしまった。
 (イテテ・・・失敗。失敗)
 「猫とイノシシのロデオか・・・なかなか、面白いものを見せてもらったよ。ハハハ」
 ウルは笑っていた。顔が青ざめた。楽しむどころでは無い。たまたま上手くいっただけだ。偶然の産物。地面に大の字となり、空をながめた。
 (はたして、生きて帰れるのだろうか? 誰か知っているなら教えて欲しい)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

黒猫のオテロ。野良猫達から「将軍」と恐れられている。現在、富士見家の飼い猫。特異点であるオセロの魂を宿す。

白猫のデズデモナ。十六夜家の飼い猫。

特異点であるデスデーモナの魂を宿す。

月の部屋で普段は過ごしている。

灰色のヤーゴ。土門に拾われる。

特異点であるイヤーゴの魂を宿す。

デスデーモナとオセロを恨んでいる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み