第4話 勝負師(ギャンブラー)
文字数 6,090文字
目的の街まで、無事にたどり着かなくてはならない。警戒しながら、歩いた。恐怖症と言われても仕方がない。
「オテロ。今からそんなんじゃ、もたないわよ。ウフフ」
笑われたが、警戒だけは続けた。完全な素人の冒険者だった。装備はナイフ一本。鎧すら無い。ただの野良猫の方が強いと思う。
(これくらいで丁度、いいんだよ。アディ)
物陰から魔物が現れた。何だろう? 何か、くわえている。
(頭部か?)
ゾッとしたが、よく見ると兜だけだ。
「エビルドッグね。いいわ、相手になってあげる」
アディは鞭を構えた。負けじとナイフを構える。
くわえていたかぶとを放り、ソイツは私めがけて、襲いかかってきた。あわてて飛び退き、振り向いた。ソイツはアディの鞭で拘束されていた。
(チャンス)
ジャンプし、頭にナイフを突き刺した。
「なかなか、やるわね」
照れくさかった。それを隠すように遺体のエビルドッグから剣と盾を奪った。かぶとは気味が悪いので、奪うのを止めた。見た目だけ、少し冒険者らしくなった。次の街に着くまでに狼男、羊男、大ムカデ等を倒した。一人では、とても勝てなかっただろう。アディに助けられてばかりだ。情けない。
(いやいや、参ったな。まだ、街に着かないのかな?)
魔の軍勢がウロウロしている。なぜ天軍は現れないんだ。フツフツと怒りが込み上げてくる。
「白の大地は広いからね。魔物がいても気にしたことは無いよ。何か事情でもあるんじゃない」
アディは素っ気ない。こっちはそんな余裕が無い。
納得出来なかったが、先を急いだ。次の街で「ゴルディオン」か「時空の渦」の情報があるといい。
アディは、どんどん歩く。遅れないように必死で歩いた。
「次の街では、ある者と会うために行くのよ」
(ふーん。そうなんだ)
ある者のことを少し聞いてみると旅の仲間に加えたいらしい。戦闘も罠の回避も抜群の者。弱点はギャンブルに弱いことだった。戦闘力も罠の回避もゴルディオンの攻略に必要らしい。
(理解不能だよね)
罠の回避ができるのだ。なぜ、ギャンブルの中で仕組まれる罠を回避できないのだろう。分からない。
(早く会って聞いてみたいな)
所々で現れる魔物を倒しながら、ようやく次の街に着いた。
(ふー)
気を張っていたので疲れた。もうクタクタだ。
街の中に入って、キョロキョロとした。休めそうな場所を探した。
すると、何か騒がしい。争っている声が聞こえる。
(何だ? 何だ?)
「・・・」
「テメェ。イカサマしやがったな」
「・・・」
聞こえてきたのは、多分ギャンブルの、もめ事の様子。
(まさか、この声の主が・・・)
宿を見つけるために離れていた、アディが戻って来る。その渦中の者が見つけ、声をかけた。
(へー、よく周りが見えているんだな)
「アディじゃねぇか」
「レグスも、相変わらずね」
近寄ってきた者にアディはレグスと言った。灰色の髪に紫色の角。竜人という種族。黒光りをした鎧を着ている。
「久しぶりだな。つもる話は後だ。例の所で落ち合おう。じゃあな」
走って逃げて行った。どうやら、噂通りギャンブルに弱かったみたいだ。街のごろつき達に追いかけられていた。
(ギャンブルの負け分を踏み倒すことができるのだろうか?)
この時、面倒な事に巻き込まれていたなんて、想像出来なかった。
アディと旅の備品を見て回り、必要な物をそろえた。辺りは夕暮れとなり、つぎつぎと灯る街灯や電飾が眩しい。アディと一緒に酒場へ行った。待ち合わせの場所が酒場だった。顔を出すとレグスは、そこにいた。
「ヨッ!」
こちらに気がついたようだ。
「昼間はカッコ悪いところをみせたな」
(この男、本当に役に立つのか?)
「新入りか? アディ。俺にも紹介しろよ」
ジロジロと見られた。
「そうよ。オテロって言うの。まだ一緒に行動したばかりだけど、きっと大丈夫よ。それにね・・・」
「お前は、別世界の者か?」
レグスはアディが話すまでに気がついていた。なかなか勘が鋭い。どうして、ギャンブルで負けるのか分からない。
(・・・何でかな?)
「よく独りで、この世界を生きてこれたな。それだけは大したもんだ」
レグスは麦酒のジョッキを差し出す。
(ありがたい)
それを飲み干した。ちょうど喉を潤したいと思っていた。
「旨いだろう」
(ぷはー、旨い。最高!)
しばらく考え込んで、私を見ていた。驚きの発言をする。突然の出来事だった。
「・・・そうだ、オテロ。俺の弟になれよ」
ビックリして床に尻もちをついた。
(えっ、何で?)
あわれな姿に見えたのだろうか? 頼りなく感じたのだろうか? イロイロと考えてみたが、分からない。私は、自分のことを全く分かっていない人間だった。
黙っていたアディも、驚きを隠せなかった。
「どのような話の流れで、そうなるのよ?」
「女のお前には分からねぇよ。な、オテロ」
(いや、男でも猫でも分からないよ)
誰か教えてください。悩みのタネができたと思えた。・・・ひょっとしたら、あれか? 任侠映画の盃。兄弟の契り。ビールのジョッキだよね。いいのかな? 多分、そうだよね。
(ははは、どうしたらいいのかな?)
その時、昼間のごろつき達が入ってきた。顔は、なんとなく数人を覚えている。酔っぱらいの客達をかき分けて目の前に現れた。一人、知らない顔があった。
「やっと見つけたぜ。昼間の負け分をキッチリ払ってもらおうか」
強面の男が現れた。偉そうに数人を引き連れていた。ごろつき達の親分だろうか?
「チッ、しつこい奴らだ」
腰をあげるレグス。指をポキポキと音をたてて、鳴らした。暴れる気だ。これには親分も歩が悪く感じたのだろう。
「おいおい、店の中で暴れるつもりか? 他の客の迷惑になるだろう。ギャンブルの負けはギャンブルで取り返したらどうだ?」
顔が怖い。レグスが怒りに震えている。
ようやく解った。相手の口車に乗せられて、冷静さを欠いたのだ。こんな状態でギャンブルに勝てる訳がない。「心は熱く、されど頭は冷静」。これがギャンブルの鉄則。止めようとしたが、席についてしまった。レグスは、十中八九負けるだろう。
相手は自信満々、負けないことが予め分かっているようだ。
(ふーん)
どこかでイカサマをするハズだ。見極めてやることにした。
(さて、どうしようかな?)
ぞろぞろと見物客が集まってきた。野次馬だ。やがて円を描くように、一つのテーブルを囲んだ。
勝負のゲームはポーカー。トランプを使ったゲーム。
酒場のマスターにチーズとフォーク、ナイフを注文した。相手の手が見える位置に陣取った。チーズを細かく切った。このナイフは、よく磨かれていた。切れ味抜群。フォークはチーズがスーッと刺さった。
(素晴らしい)
手入れが行き届いている。親指を立ててウインク。
マスターは何事も無かったように皿を拭いていた。
その間、互角の戦いだったが、均衡は直ぐに崩れた。相手はイカサマを使った。
それを皮切りにレグスは負け出した。肩をポンと叩いた。
「お願いだから、一度代わってよ」
「・・・」
無口なレグス。怒りが収まらない。
(私に任せてよ)
席を立つレグス。意外だった。すんなりと代わってくれた。てっきり代わってくれないと思っていた。
(よし、仇討ちだ。レグス、見ていてよ。やられたらやり返す、倍返しだ!)
「おいおい、今度は猫が相手か? これは手を抜かないと、かわいそうだな」
親分達はゲラゲラと笑っていた。見物客もそれにつられて笑った。
(今にみていろよ!)
心の中で燃える闘志。だが、現状は甘くない。賭けるチップは残り二枚だけ。
最大でも二回戦しかできない。どうすれば最後に笑えるかを考えた。ここで罠を仕掛けることを思いついた。一枚は、おとりで捨てる。最終戦に全てをかける作戦をたてた。
問題は「相手にバレないか」と言うこと。
作戦を開始。雰囲気に、のまれているフリを演じた。配られたカードはAとKのツーペア。
明らかにイカサマだ。場を盛り上げようとしているのだろう。周りの客達にカードを見せないようにしていた。そして、四枚チェンジ。
相手は驚いた。まさかの四枚チェンジ。手元にツーペアがあると思っていたからだ。普通なら一枚チェンジでフルハウス狙い。だから相手は首をかしげた。狙いは、そこにあった。相手は第一段階の罠にかかった。一戦目は相手の動揺、疑念を引き出せればいい。そうすれば必ず最終戦に秘策を打つハズ。
それも、とびっきりのヤツを・・・。
(ここまでは計算通り)
結果は、Jのワンペア。相手はKのワンペア。負けた。コインを一枚持っていかれた。
親分はカードをながめていた。なぜ、この手札なんだ。ちゃんと仕組んだハズだ。どうしたのだ。仕込みが失敗したのか? そうなのかもしれないな? 疑心暗鬼な表情だった。
「どうしたの? 勝ったのに喜ばないの?」
わざとらしく聞いた。動揺を誘うことに成功。
「・・・いや、なんでもない」
相手は、動揺を隠せない。最終戦の前に相手が早速、仕掛けてきた。
「猫君、君に一つチャンスをやろう。一発逆転のチャンスだ。ここに積み上げたコインと昼間のコインを全て賭けよう。ただし、それに見合う物を賭けてもらおうか。どうする?」
その場がざわめいた。しばらくして、シーンと静かになった。猫には自分の命を差し出すことしかできないと誰もが思っていたからだ。
(どうする?)
その時、意外な人物から救いの手が差しのべられた。その者は、酒場のマスターだった。
「今日の売り上げがここに入っているわ。それを猫ちゃんに賭けよう」
チーズの皿が置いてあるテーブルにゴールド入りの袋を置いた。ドサッと音がした。本当に売上金だった。大量のゴールドが中に入っている様子。親分は生唾をのみ込んだ。「これが手に入るのか」と思ったのだろう。すぐに勝負を挑んできた。もうすでに罠にかかっているとは知らずに・・・。
カードが配られた。私は顔が青ざめた。最高の舞台から突き落とされた。手札はノーペア。
(負けた。ダメだ)
心が折れそうだった。それでも自信満々の笑みを浮かべた。そう、「ハッタリ」と言うヤツ。すかさず一枚チェンジ。諦めてしまったら、この勝負に大金をかけてくれたマスターに申し訳ない。
相手は私の顔を見て、焦ったのかもしれない。次の一手を打った。新たなイカサマをしようとした。
とびっきりのヤツを繰り出そうとした。
それを待っていた。フォークを飛ばした。イカサマのカードに刺さった。ナイフは相手の袖口を切り裂いた。イカサマのカードがパラパラと落ちた。
(誰がナイフを・・・)
横を見た。マスターだった。
「イカサマじゃないか」
見物客は口々に言った。あわてて逃げようとする親分達を見物客達が取り押さえた。
「悪いことはするもんじゃないね」
床に押さえつけられている親分の前で言ってやった。レグスも、これで満足するだろう。仇討ちは達成したと思う。倍返しは出来なかったけど、満足感はある。
「チキショー」
身動きをとれない中で、最期のあがきだった。その後、ごろつき達は店の外に放り出され、出入り禁止となった。席に戻り、テーブルを確認した。
相手の手札はAのスリーカードだった。フォークの先にはジョーカーのカードが刺さっていた。見逃していたらフォーカードで負けだった。
(ふー。危なかった)
こちらの手札は裏返して、見えないように四枚並べて置いていた。マスターとアディは結果を知りたい様子。
(・・・どうせ、ノーペアだよね)
カードの山札を一枚オープンした。
スペードのAだった。
見物客も外から戻り、集まってきた。
一枚、また一枚、めくられていく。
どよめきが起きている。残り二枚。
一枚はアディ。もう一枚はマスターが開くようだ。勝手に盛り上がっている。まずアディがめくって、置いた。ざわめきが一段と大きくなった。
(えっ、これって。・・・まさか、そんなこと起きないよね)
レグスは身を乗り出して、テーブルをのぞきこんだ。
「オープン!」とマスターが声を発した。見物客は歓声を上げた。
(あわわ、奇跡が起きた)
「こんなことがあるなんて・・・」
口に手を当てて、目の前の出来事を信じられない涙目のアディ。
「勝利の女神に愛されているわ」
笑顔のマスターが驚く。
「マジかよ。最高だ、オテロ。さすが、俺の弟だぜ!」
喜びを爆発させるレグス。肩をバシバシと叩く。
(痛いよ。レグス)
結果は、スペードのロイヤル・ストレート・フラッシュ。
皆からの拍手喝采。胴上げで、宙を三度舞った。
(あわわ、ヒェェ)
怖かった。天井が目の前に見えていた。手を伸ばせば届くかと思えた。その後、手荒い祝福をしばらくの間、受けた。皆に喜ばれて嬉しい。・・・完全に、まぐれ当たりだけど、酒のアテくらいには、なるよね。
さぁ、飲むぞ! 乾杯!
マスターに呼ばれ、カウンターで麦酒を呑んでいた。
マスターの名前はヴェッテ。
成り行きでマスターをしているが、本職はディーラーとのこと。
「あなた、なかなかのギャンブラーね。今度は、私と本気の勝負をしましょう」
「えっ、本気の?」
どう言うことか分からない。
「そう、本気の勝負よ。手加減なしの真剣勝負。ディーラーとしての血がさわぐの。久しぶりだわ」
(身ぐるみ剥がされるのかな?)
少し怖くなったのと先ほど運を使ってしまったので、後日、戦う約束をした。
「後日? 楽しみは取っておくのかしら? 私は今、戦いたい」
不敵な笑みを浮かべるヴェッテ。
(多分、勝てないよね。何とか先伸ばしをしないとな)
「うん、ゴルディオンを探す旅を優先しているからね。戦うのが運命ならどこかの街で出会うさ。その時まで待っていて欲しい」
「いいわよ。今日は面白いもの見せてもらったからね。次に会うときが楽しみだわ。言っておくけど、私はアイツのように弱くないわよ。覚悟しなさい」
「その時は、おてやわらかに」
お互いに笑った。するとヴェッテは皆に聞こえるように言った。
「今日はオテロに楽しませてもらったから、お代はいらないからジャンジャン飲んでいいわよ」
歓声が上がった。その夜は酔いどれ客に、もう一度もみくちゃにされた。
(もう、しばらくはギャンブルをしないぞ)
心に誓った。
楽しい宴は続いた。朝までヒーロー気分を味わった。
「オテロ。今からそんなんじゃ、もたないわよ。ウフフ」
笑われたが、警戒だけは続けた。完全な素人の冒険者だった。装備はナイフ一本。鎧すら無い。ただの野良猫の方が強いと思う。
(これくらいで丁度、いいんだよ。アディ)
物陰から魔物が現れた。何だろう? 何か、くわえている。
(頭部か?)
ゾッとしたが、よく見ると兜だけだ。
「エビルドッグね。いいわ、相手になってあげる」
アディは鞭を構えた。負けじとナイフを構える。
くわえていたかぶとを放り、ソイツは私めがけて、襲いかかってきた。あわてて飛び退き、振り向いた。ソイツはアディの鞭で拘束されていた。
(チャンス)
ジャンプし、頭にナイフを突き刺した。
「なかなか、やるわね」
照れくさかった。それを隠すように遺体のエビルドッグから剣と盾を奪った。かぶとは気味が悪いので、奪うのを止めた。見た目だけ、少し冒険者らしくなった。次の街に着くまでに狼男、羊男、大ムカデ等を倒した。一人では、とても勝てなかっただろう。アディに助けられてばかりだ。情けない。
(いやいや、参ったな。まだ、街に着かないのかな?)
魔の軍勢がウロウロしている。なぜ天軍は現れないんだ。フツフツと怒りが込み上げてくる。
「白の大地は広いからね。魔物がいても気にしたことは無いよ。何か事情でもあるんじゃない」
アディは素っ気ない。こっちはそんな余裕が無い。
納得出来なかったが、先を急いだ。次の街で「ゴルディオン」か「時空の渦」の情報があるといい。
アディは、どんどん歩く。遅れないように必死で歩いた。
「次の街では、ある者と会うために行くのよ」
(ふーん。そうなんだ)
ある者のことを少し聞いてみると旅の仲間に加えたいらしい。戦闘も罠の回避も抜群の者。弱点はギャンブルに弱いことだった。戦闘力も罠の回避もゴルディオンの攻略に必要らしい。
(理解不能だよね)
罠の回避ができるのだ。なぜ、ギャンブルの中で仕組まれる罠を回避できないのだろう。分からない。
(早く会って聞いてみたいな)
所々で現れる魔物を倒しながら、ようやく次の街に着いた。
(ふー)
気を張っていたので疲れた。もうクタクタだ。
街の中に入って、キョロキョロとした。休めそうな場所を探した。
すると、何か騒がしい。争っている声が聞こえる。
(何だ? 何だ?)
「・・・」
「テメェ。イカサマしやがったな」
「・・・」
聞こえてきたのは、多分ギャンブルの、もめ事の様子。
(まさか、この声の主が・・・)
宿を見つけるために離れていた、アディが戻って来る。その渦中の者が見つけ、声をかけた。
(へー、よく周りが見えているんだな)
「アディじゃねぇか」
「レグスも、相変わらずね」
近寄ってきた者にアディはレグスと言った。灰色の髪に紫色の角。竜人という種族。黒光りをした鎧を着ている。
「久しぶりだな。つもる話は後だ。例の所で落ち合おう。じゃあな」
走って逃げて行った。どうやら、噂通りギャンブルに弱かったみたいだ。街のごろつき達に追いかけられていた。
(ギャンブルの負け分を踏み倒すことができるのだろうか?)
この時、面倒な事に巻き込まれていたなんて、想像出来なかった。
アディと旅の備品を見て回り、必要な物をそろえた。辺りは夕暮れとなり、つぎつぎと灯る街灯や電飾が眩しい。アディと一緒に酒場へ行った。待ち合わせの場所が酒場だった。顔を出すとレグスは、そこにいた。
「ヨッ!」
こちらに気がついたようだ。
「昼間はカッコ悪いところをみせたな」
(この男、本当に役に立つのか?)
「新入りか? アディ。俺にも紹介しろよ」
ジロジロと見られた。
「そうよ。オテロって言うの。まだ一緒に行動したばかりだけど、きっと大丈夫よ。それにね・・・」
「お前は、別世界の者か?」
レグスはアディが話すまでに気がついていた。なかなか勘が鋭い。どうして、ギャンブルで負けるのか分からない。
(・・・何でかな?)
「よく独りで、この世界を生きてこれたな。それだけは大したもんだ」
レグスは麦酒のジョッキを差し出す。
(ありがたい)
それを飲み干した。ちょうど喉を潤したいと思っていた。
「旨いだろう」
(ぷはー、旨い。最高!)
しばらく考え込んで、私を見ていた。驚きの発言をする。突然の出来事だった。
「・・・そうだ、オテロ。俺の弟になれよ」
ビックリして床に尻もちをついた。
(えっ、何で?)
あわれな姿に見えたのだろうか? 頼りなく感じたのだろうか? イロイロと考えてみたが、分からない。私は、自分のことを全く分かっていない人間だった。
黙っていたアディも、驚きを隠せなかった。
「どのような話の流れで、そうなるのよ?」
「女のお前には分からねぇよ。な、オテロ」
(いや、男でも猫でも分からないよ)
誰か教えてください。悩みのタネができたと思えた。・・・ひょっとしたら、あれか? 任侠映画の盃。兄弟の契り。ビールのジョッキだよね。いいのかな? 多分、そうだよね。
(ははは、どうしたらいいのかな?)
その時、昼間のごろつき達が入ってきた。顔は、なんとなく数人を覚えている。酔っぱらいの客達をかき分けて目の前に現れた。一人、知らない顔があった。
「やっと見つけたぜ。昼間の負け分をキッチリ払ってもらおうか」
強面の男が現れた。偉そうに数人を引き連れていた。ごろつき達の親分だろうか?
「チッ、しつこい奴らだ」
腰をあげるレグス。指をポキポキと音をたてて、鳴らした。暴れる気だ。これには親分も歩が悪く感じたのだろう。
「おいおい、店の中で暴れるつもりか? 他の客の迷惑になるだろう。ギャンブルの負けはギャンブルで取り返したらどうだ?」
顔が怖い。レグスが怒りに震えている。
ようやく解った。相手の口車に乗せられて、冷静さを欠いたのだ。こんな状態でギャンブルに勝てる訳がない。「心は熱く、されど頭は冷静」。これがギャンブルの鉄則。止めようとしたが、席についてしまった。レグスは、十中八九負けるだろう。
相手は自信満々、負けないことが予め分かっているようだ。
(ふーん)
どこかでイカサマをするハズだ。見極めてやることにした。
(さて、どうしようかな?)
ぞろぞろと見物客が集まってきた。野次馬だ。やがて円を描くように、一つのテーブルを囲んだ。
勝負のゲームはポーカー。トランプを使ったゲーム。
酒場のマスターにチーズとフォーク、ナイフを注文した。相手の手が見える位置に陣取った。チーズを細かく切った。このナイフは、よく磨かれていた。切れ味抜群。フォークはチーズがスーッと刺さった。
(素晴らしい)
手入れが行き届いている。親指を立ててウインク。
マスターは何事も無かったように皿を拭いていた。
その間、互角の戦いだったが、均衡は直ぐに崩れた。相手はイカサマを使った。
それを皮切りにレグスは負け出した。肩をポンと叩いた。
「お願いだから、一度代わってよ」
「・・・」
無口なレグス。怒りが収まらない。
(私に任せてよ)
席を立つレグス。意外だった。すんなりと代わってくれた。てっきり代わってくれないと思っていた。
(よし、仇討ちだ。レグス、見ていてよ。やられたらやり返す、倍返しだ!)
「おいおい、今度は猫が相手か? これは手を抜かないと、かわいそうだな」
親分達はゲラゲラと笑っていた。見物客もそれにつられて笑った。
(今にみていろよ!)
心の中で燃える闘志。だが、現状は甘くない。賭けるチップは残り二枚だけ。
最大でも二回戦しかできない。どうすれば最後に笑えるかを考えた。ここで罠を仕掛けることを思いついた。一枚は、おとりで捨てる。最終戦に全てをかける作戦をたてた。
問題は「相手にバレないか」と言うこと。
作戦を開始。雰囲気に、のまれているフリを演じた。配られたカードはAとKのツーペア。
明らかにイカサマだ。場を盛り上げようとしているのだろう。周りの客達にカードを見せないようにしていた。そして、四枚チェンジ。
相手は驚いた。まさかの四枚チェンジ。手元にツーペアがあると思っていたからだ。普通なら一枚チェンジでフルハウス狙い。だから相手は首をかしげた。狙いは、そこにあった。相手は第一段階の罠にかかった。一戦目は相手の動揺、疑念を引き出せればいい。そうすれば必ず最終戦に秘策を打つハズ。
それも、とびっきりのヤツを・・・。
(ここまでは計算通り)
結果は、Jのワンペア。相手はKのワンペア。負けた。コインを一枚持っていかれた。
親分はカードをながめていた。なぜ、この手札なんだ。ちゃんと仕組んだハズだ。どうしたのだ。仕込みが失敗したのか? そうなのかもしれないな? 疑心暗鬼な表情だった。
「どうしたの? 勝ったのに喜ばないの?」
わざとらしく聞いた。動揺を誘うことに成功。
「・・・いや、なんでもない」
相手は、動揺を隠せない。最終戦の前に相手が早速、仕掛けてきた。
「猫君、君に一つチャンスをやろう。一発逆転のチャンスだ。ここに積み上げたコインと昼間のコインを全て賭けよう。ただし、それに見合う物を賭けてもらおうか。どうする?」
その場がざわめいた。しばらくして、シーンと静かになった。猫には自分の命を差し出すことしかできないと誰もが思っていたからだ。
(どうする?)
その時、意外な人物から救いの手が差しのべられた。その者は、酒場のマスターだった。
「今日の売り上げがここに入っているわ。それを猫ちゃんに賭けよう」
チーズの皿が置いてあるテーブルにゴールド入りの袋を置いた。ドサッと音がした。本当に売上金だった。大量のゴールドが中に入っている様子。親分は生唾をのみ込んだ。「これが手に入るのか」と思ったのだろう。すぐに勝負を挑んできた。もうすでに罠にかかっているとは知らずに・・・。
カードが配られた。私は顔が青ざめた。最高の舞台から突き落とされた。手札はノーペア。
(負けた。ダメだ)
心が折れそうだった。それでも自信満々の笑みを浮かべた。そう、「ハッタリ」と言うヤツ。すかさず一枚チェンジ。諦めてしまったら、この勝負に大金をかけてくれたマスターに申し訳ない。
相手は私の顔を見て、焦ったのかもしれない。次の一手を打った。新たなイカサマをしようとした。
とびっきりのヤツを繰り出そうとした。
それを待っていた。フォークを飛ばした。イカサマのカードに刺さった。ナイフは相手の袖口を切り裂いた。イカサマのカードがパラパラと落ちた。
(誰がナイフを・・・)
横を見た。マスターだった。
「イカサマじゃないか」
見物客は口々に言った。あわてて逃げようとする親分達を見物客達が取り押さえた。
「悪いことはするもんじゃないね」
床に押さえつけられている親分の前で言ってやった。レグスも、これで満足するだろう。仇討ちは達成したと思う。倍返しは出来なかったけど、満足感はある。
「チキショー」
身動きをとれない中で、最期のあがきだった。その後、ごろつき達は店の外に放り出され、出入り禁止となった。席に戻り、テーブルを確認した。
相手の手札はAのスリーカードだった。フォークの先にはジョーカーのカードが刺さっていた。見逃していたらフォーカードで負けだった。
(ふー。危なかった)
こちらの手札は裏返して、見えないように四枚並べて置いていた。マスターとアディは結果を知りたい様子。
(・・・どうせ、ノーペアだよね)
カードの山札を一枚オープンした。
スペードのAだった。
見物客も外から戻り、集まってきた。
一枚、また一枚、めくられていく。
どよめきが起きている。残り二枚。
一枚はアディ。もう一枚はマスターが開くようだ。勝手に盛り上がっている。まずアディがめくって、置いた。ざわめきが一段と大きくなった。
(えっ、これって。・・・まさか、そんなこと起きないよね)
レグスは身を乗り出して、テーブルをのぞきこんだ。
「オープン!」とマスターが声を発した。見物客は歓声を上げた。
(あわわ、奇跡が起きた)
「こんなことがあるなんて・・・」
口に手を当てて、目の前の出来事を信じられない涙目のアディ。
「勝利の女神に愛されているわ」
笑顔のマスターが驚く。
「マジかよ。最高だ、オテロ。さすが、俺の弟だぜ!」
喜びを爆発させるレグス。肩をバシバシと叩く。
(痛いよ。レグス)
結果は、スペードのロイヤル・ストレート・フラッシュ。
皆からの拍手喝采。胴上げで、宙を三度舞った。
(あわわ、ヒェェ)
怖かった。天井が目の前に見えていた。手を伸ばせば届くかと思えた。その後、手荒い祝福をしばらくの間、受けた。皆に喜ばれて嬉しい。・・・完全に、まぐれ当たりだけど、酒のアテくらいには、なるよね。
さぁ、飲むぞ! 乾杯!
マスターに呼ばれ、カウンターで麦酒を呑んでいた。
マスターの名前はヴェッテ。
成り行きでマスターをしているが、本職はディーラーとのこと。
「あなた、なかなかのギャンブラーね。今度は、私と本気の勝負をしましょう」
「えっ、本気の?」
どう言うことか分からない。
「そう、本気の勝負よ。手加減なしの真剣勝負。ディーラーとしての血がさわぐの。久しぶりだわ」
(身ぐるみ剥がされるのかな?)
少し怖くなったのと先ほど運を使ってしまったので、後日、戦う約束をした。
「後日? 楽しみは取っておくのかしら? 私は今、戦いたい」
不敵な笑みを浮かべるヴェッテ。
(多分、勝てないよね。何とか先伸ばしをしないとな)
「うん、ゴルディオンを探す旅を優先しているからね。戦うのが運命ならどこかの街で出会うさ。その時まで待っていて欲しい」
「いいわよ。今日は面白いもの見せてもらったからね。次に会うときが楽しみだわ。言っておくけど、私はアイツのように弱くないわよ。覚悟しなさい」
「その時は、おてやわらかに」
お互いに笑った。するとヴェッテは皆に聞こえるように言った。
「今日はオテロに楽しませてもらったから、お代はいらないからジャンジャン飲んでいいわよ」
歓声が上がった。その夜は酔いどれ客に、もう一度もみくちゃにされた。
(もう、しばらくはギャンブルをしないぞ)
心に誓った。
楽しい宴は続いた。朝までヒーロー気分を味わった。