第3話 最初の仲間、アディ

文字数 6,672文字

 ウルとその夜は一緒だった。テキパキと枯れ木を集め、火を起こした。二人でいると、何だか楽しい。キャンプをしているみたいだ。

 彼は、肉を部位ごとに切り分け、保存用と食用に分けた。流石、狩人。手慣れた手つきでテキパキと仕分ける。これを覚えようと思ったのだが、サッパリ分からない。冒険していく上で、いずれこの作業を自分で出来たらいいのだが・・・。特に保存用の作り方は学びたいと思う。

 切り分けられた肉を枝に刺し、焼いた。分けて食べた。食べながら雑談。
 彼は私の話を不思議そうに思い、黙って聞いて、やがて話しだした。
 「そんなことがあるとはな。この世界が不思議なことばかりとはいえ、別世界から旅人がやってくるなんて、誰も信じないだろう」
 「でも、本当の話なんだ。元の世界では人間だったんだよ。それがこの世界に飛ばされたら、猫モドキになっていた。何が何だかサッパリ分からないよ。今もそうだけど、生きるだけで精一杯。生きていくのがこんなに難しいなんて、元の世界では考えたことはなかったよ。親に感謝している」
 「今、ここにいるということは、帰る方法が見つからないのだな」
 「そうなんだ。何とかして見つけないと、向こうの世界で親が心配しているかも知れないからね」
 「早く見つかるといいな。俺には森の見守りという使命があるから一緒に旅をしてやれないが、代わりにこれを持っていくといい」
 先程、肉を切り分けた大きめのナイフをくれた。
 「そんな物でも旅の役に立つだろう。素手よりマシさ」
 「えっ、これ。もらってもいいの?」
 「あぁ、大事に使ってくれ」
 持ってみると剣のように見えた。彼と私では、それだけの実力差があるということ。この世界で自分の存在感は小さい。改めて思い知らされた。

 その夜は彼の側で寝た。話を聞いてもらった。そのせいか、グッスリと寝ることができた。

 次の日、起きると干し肉を作っていた。狩人の朝は早い。それができ上がると皮で包んだ。包みは二つあった。
 「ウル、おはよう」
 「オテロ、おはよう。ゆっくりと寝れたようだな。こっちの肉は俺がもらっていくから、そっちがお前の分だ。・・・別れ惜しいが、俺は行くよ。森の仲間が待っている」
 「うん。お元気で、ありがとう」
 「あぁ、・・・じゃあな」
 それだけを言うと森の中に消えた。また旅をしていれば、いずれどこかで会うだろう。そんな気がした。
 (それでは、行くか)

 元の世界へ戻る方法を探すために、街へ行くことにした。行けば、何らかの情報があるだろうと甘い考えをしていた。特別な事情で飛ばされて、この世界へやって来たことを誰も知らないハズだった。能天気な私は、その事に気づいていなかった。

 森林を抜け、街を目指した。
 知っているのは、森林の辺りだけだ。この世界のことを全く知らない。分かったのは、ファンタジーの世界であることだけだ。見たことの無い景色にキョロキョロするばかりである。
 周りを警戒しながら、テクテク歩き続けた。薄暗くなりつつあったが、なんとか無事に街へたどり着いた。街の中なら魔物に襲われる危険も減るだろう。

 門を通過すると、少し懐かしい匂いがした。温められたシチューの香りだ。母親のことを思いだした。
 (いつになれば、帰ることができるのだろう)
 泣きたくなった。一人で旅をしていると、こんなにも不安感が襲ってくるなんて、想像出来なかった。

 宿は野宿でいい。寒くも無ければ、暑くも無い。毛皮のせいだろうか? 食事は干し肉で、しばらくは過ごせるだろう。水も小川がある。そこで飲めばいい。この際、水道水なんて言ってられない。

 街の中へ入り、辺りをキョロキョロと見た。広場があり、そこにベンチが置いてあった。
 (取りあえず、すわるか)
 疲れた。ベンチまで歩き、横になった。
 (もう、ダメ。足が棒だ。動けない)
 干し肉を食べずに、そのまま寝た。

 朝まで、ぐっすりと寝るハズだった。一人の女性に起こされた。その姿は、紫のロングヘアーをポニーテールにしている。露出度の高い衣装。上半身は胸を隠しているだけの格好。へそ出し。腕は手首から肘くらいまで籠手のような革製品を着けている。足には、ロングブーツ。ショートパンツ姿。背中のリュックサックには巻いた紙を何本も詰め込んでいる。腰には鞭と水筒。それに後ろにあるのは、ランタンだろうか?
 ベルトにはデッキケースだろうか? いくつもの小物入れが付いている。

 「そんなところで寝たら風邪をひくよ」
 (うーん、気持ちよく寝ていたのに・・・)
 旅人は横に座り、私を起こした。
 「起きた? 猫ちゃん」
 「えっ、誰?」
 「私の名前はアディ。冒険者よ」
 「・・・オテロ。迷い猫です」
 「オテロ。ここでは風邪をひくから、別の場所で少し話をしない?」
 アディの後ろを疲れた足をひきずり、ついていった。

 彼女は立ち止まった。着いた場所は酒場。大衆酒場といったところか? 誰でも入れるみたい。猫でも入れた。お金さえ払えればいいらしい。
 (寝たかったけど・・・)
 麦酒を飲んだ。味覚音痴なのかもしれない。元の世界の麦酒と同じように感じた。今夜、食べる予定の干し肉を取り出し、スライスした。
 「その皮って、エリュマントスのじゃない?」
 興味津々の顔をするアディ。顔が嬉しそうだった。
 「そうだけど・・・よく解ったね」
 「ベンチに座っている時にそうじゃないかと思ったの。間違いじゃなかったのね。ウフフ」
 笑顔で麦酒を飲む。飲むペースが速い。
 「それで頼みがあるんだけど・・・あなた、私と一緒に冒険をしてくれない?」
 突然の話だった。

 そこからはアディは独りで興奮しながら、言葉のマシンガンを私めがけて繰り出した。
 蜂の巣になった。ぐったりとした。
 覚えている内容はこんな感じ。
 幻の黄金都市「ゴルディオン」を目指して、冒険をしていること。助けてくれる仲間を捜していること。
 他もイロイロと言われたが、・・・忘れた。
 (魂が抜ける)
 「ゴメン、一方的に話をしたね。オテロは、この街に何をするために来たの?」
 普段は、わりと無口な方なので、マシンガンのようにしゃべれない。アディのことを少しうらやましく思えた。だから・・・最低限の話をした。
 別世界の者であること。目が覚めたら、この世界にいたこと。元の世界に戻る方法を探していること。

 しばらく沈黙の後、アディが切りだした。
 「やっぱり、私と一緒に冒険をしようよ。旅先で元の世界へ戻る方法が見つかるかもしれないし、仲間は多い方がいいでしょ」
 (新手の詐欺の勧誘ですか?)
 何か騙されているような気がしたが、イロイロな所に行くのは悪くない。しばらく考えて、この話に乗ることにした。私はバカだ。この世界の人間が、その方法を知っている訳が無い。うまく彼女に利用された。
 「それでは新たな出会いに乾杯」
 「乾杯」
 久しぶりにホロ酔いになった。これがアディとの出会いだった。

 (そういえば前に酔ったのはいつだったかな?)
 前に酔ったのは、たしか友人達との就職活動の出陣式だったハズ。この時の出陣式とは名ばかりで、飲むことが目的の集まりだった。それから就職活動で不採用が続く。それでもお酒は一切、飲まなかった。何かで気を紛らせたかったが、お酒におぼれるとみじめな負け犬のような感じがした。きどっていた。自分は弱い人間だということを、その時には気づいていなかった。・・・反省。

 「オテロ、どうしたの? ちゃんと飲んでる?」
 アディは酔っている。できあがっている様子。
 (これ以上、からまれると大変だ)
 「もうそろそろ、お開きにしよう」
 「まだ飲めるわよ」
 (ダメだー。完全に酔っぱらいだ。困ったな)
 「そんなことを言わないで店を出よう」
 まだ飲みたそうだったが、会計を済ませてもらい、店を後にした。そういえば、この世界のお金を持っていなかった。申し訳ないことをした。・・・反省。
 (森の中ではいらなかったからね。ゴメン)

 「アディの泊まる宿はどこなの?」
 「もうすぐ着くわよ」
 宿まで急いだ。酔ったせいか眠い。
 「ここよ。ここ」
 アディに誘われ、中に入った。夜中だったので受付は、いない。不用心だ。アディは、いつもこんな宿で寝ているのだろうか? 露出度の高い格好で、スケベな男に襲われないのだろうか?

 階段を上がり、二階の奥。そこに部屋があった。ドアを開け、入ると壁際にベッドが一つ。その横にテーブルがある。質素な明らかに安い部屋。
 (寝るだけの宿か?)
 酔っているアディは突然、服を脱ぎ、下着一枚の姿となった。いつも一人で冒険しているのだな。私の存在を忘れている。ドキドキとした。冷静を保っていられるのか、それとも・・・。

 顔が真っ赤になった。アディは何も考えないで、そのままシーツをはおり、寝た。
 (酔っているので気づいていないのか?)
 突如、黒いモヤが発生。何者かが現れ、ささやく。
 「好都合じゃないか。そのまま襲ってしまえよ。男だろう。人前で下着姿になるんだから、誘っているんだ。欲望のまま、襲うんだ。誰も文句は言わないさ。ギャハハ」
 そう言い放ち、姿を現す二人。赤い裸の身体。手には槍を持っている。顔から判断をすると悪魔だろう。陥れようとする。・・・でも言っている事は、案外正解なのかもしれない。
 (・・・そうだよな。ゴクリ)
 ベッドに一歩、近づいた。ドキドキと心臓の音が聞こえる。

 白い霧がモクモクと発生。不思議な声が聞こえた。
 「待つにゃー、ソイツの口車に乗っちゃダメにゃ。食事代の恩を忘れたのにゃー。恩を仇で返してはダメにゃー」
 猫が姿を現す。頭に王冠を被っている。肩にはマント。玉座に座っている。なんだか偉そうだ。・・・でも、よく考えると一理ある。
 (そうだ。ダメだ、当たり前だよ)
 歩みを止めた。興奮して鼓動が高鳴るのを、なだめようとした。

 悪魔は、それが気に入らない。憤怒。
 「何をグズグズしているんだ、お前。これはお礼なんだよ、お礼。飲んだ後のデザートを食べてくださいと無言で言っているんだ。早くしろ。襲ってしまえ。ギャハハ」
 肩に乗り、悪魔が耳元でささやく。欲望の世界へ導く。再び、そそのかされた。心が善と悪で揺れる。あのボードゲームのように、黒から白へ、白から黒へ。


 (そうなのか?)
 女性のことを知らない私はまた一歩、ベッドに近づいた。鼻血が出そう。猫が耳を引っ張る。
 「お前はバカにゃ。そんな訳がないにゃ。せっかく仲間になったのに裏切ったら、またひとりぼっちだにゃ。元の世界に帰りたくないのかにゃ。一時の欲望に負けちゃダメにゃ。男は、常に紳士でいるにゃ」
 猫の王様が足を必死に、部屋の入り口の方へ引っ張っている。
 (その通り。私は紳士だ)
 部屋の入り口に一歩、後退。

 悪魔は笑う。心の中を、みすかれていた。
 「ちょいちょい。ちょっと待てよ。本当にいいのか? 元の世界に戻って、こんなビッグチャンスがはたして、おとずれるのか。よく考えてみろよ。お前は彼女がいないんだろう。なら、問題ないじゃないか。踏みとどまる理由は無いだろう。それに目の前をよく見てみな。若い女が下着姿でいるんだぞ。お前は臆病者か? 違うだろう。男をみせるのは・・・『今でしょう』俺が背中を押してやる。一匹の獣になれ。男になるんだ。さぁ・・・」
 黒い魔駒が誘導する。誘惑に負けた。黒駒の勝ち。
 (ガマンできない。ゴメン、アディ)
 すやすやと眠る顔が目の前。あと、五センチ。四、三、二と近づく。
 「ストーップ。それ以上、近づいてはならないニャ。陛下、ここは私にお任せくだされ!」
 新たな神駒が現れ、魔駒をはじいた。その者は名乗った。
 「私の名前は、恋愛師範猫ガット。魔の者よ、去るがよい。さもなくば・・・」
 すべてを言うまでに、光で悪魔を浄化した。
 「おのれー。後、ひと息だったのに・・・」
 魔駒の最後の一言。
 (うーん? 喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら・・・)
 「危ないところだった。よく踏みとどまった。一線を越えなくってよかったニャ」
 笑顔の猫達。
 (本当に危なかった。セーフかな?)
 「疲れたから帰るにゃ」
 猫の王様はガットと一緒に消えた。

 気づかれないように、忍び足で部屋を出ようとした。アディは寝言で、つぶやいていた。聞き耳をたてた。
 (夢の中でも冒険か・・・)
 他人にゴルディオンの話をして、バカにされているようだった。
 (夢に出てくるほど悔しかったんだな)
 そーっとドアを閉めた。
 (おやすみ、アディ)
 階段を下りて、外に出た。空を見上げると満月だった。
 (いつでも悪魔になりうる存在なんだな)
 自分自身が怖くなった。
 (猫じゃなくって、私は狼だったんだな)

 次の日、最初に寝ころんだベンチに座っていた。
 (昨日のことは覚えていないよね)
 しばらくするとアディがやってきた。手にはパンと牛乳を持っていた。
 「やっぱり、ここにいた」
 笑顔で横にすわり、手に持っている物をくれた。一緒に食べながら話をした。
 「聞いてよ、おかしいの。朝、起きたら部屋に、こんなのが落ちていたの」
 (ドキッ)

 手の上にケット・シー、ガット、ヴォルメラー二体の駒があった。冷や汗が出てきた。昨夜の事を思い出していた。誤魔化して話題を変えなくては・・・。
 (うーん? 何て話したらいいのかな?)
 「あれ、アディを部屋に送った時、落としたのかな?」
 「えっ、自分で帰ったんじゃなかったの? オテロが送ってくれたのね。ありがとう。・・・でも、変なことしなかったわよね」
 この一言にギクッとした。
 (ヤバイ、気づいていたのか)
 動揺したが、とぼけることにした。
 「もちろん、何もなかったよ」
 「そう、ならいいんだけど・・・」
 (嘘も方便だよ。アディ)
 四枚の駒を手にいれた。・・・上手く誤魔化せた。
 (危ない、危ない)

 「・・・知っているかなオテロ。ここは、オセロニアと呼ばれる世界なんだよね。大雑把に分けると神、魔、竜の三つの勢力に分かれていてね。またその中でも、国同士であったり、種族間の派閥や権力争いが常にある、戦いの世界なのよ」
 (オセロニア?)
 この世界は、あのボードゲームと関係があるのだろうか? 少し興味を持った。あれは、好きな遊びなんだ。
 (だから駒なのか・・・。でも、使い道が分からないな)

 「ここには白の大地と黒の大地があるのよ。白の大地は、太陽と月が存在し、草木が生い茂る恵みの大地。実質的に神と呼ばれる勢力が支配下においていて、それを魔の軍勢が狙って攻撃してくる感じかな」
 顔がひきつり、冷や汗がながれた。最初に、この世界へ飛ばされた時、上級悪魔に見つかっていれば、確実に命を落としていた。
 (運がよかったな)

 「黒の大地は常に薄暗く、昼夜の区別がほとんどない草木の育ちにくい不毛の大地。魔の勢力が力で治めるって感じかな? 飢えてどう猛な魔物に力を示すことができたら、襲われないかもね。竜はどちらの大地にもいて、神や魔の争いに関与しない存在。でも、侵略者には容赦なく攻撃してくるからテリトリーに入るときには細心の注意が必要よ。特にノーブルホーン。角が青く光ってる竜には絶対に近づいちゃダメよ。この世界では『青角に会ったら逃げ出せ』って話があるくらいなんだからね」
 イロイロと教えてもらった。
 それにしても、この世界は何だろう? 戦いの世界とはいえ、命が簡単に消える。明日、生きている保証が無い。なぜ、この世界に飛ばされたのだろうか? 何か意味があるのだろうか? 今は謎だ。その内、分かればいい。多分、それが原因だと思う。
 (それまで生きているだろうか?)
 朝食を楽しく済ませ、立ち上がった。
 「別の街に行くわよ、オテロ」
 こうして、アディとの冒険が始まった。
 (いったい、どうなっていくのだろうか?)
 長い付き合いになるとは、想像していなかった。
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登場人物紹介

黒猫のオテロ。野良猫達から「将軍」と恐れられている。現在、富士見家の飼い猫。特異点であるオセロの魂を宿す。

白猫のデズデモナ。十六夜家の飼い猫。

特異点であるデスデーモナの魂を宿す。

月の部屋で普段は過ごしている。

灰色のヤーゴ。土門に拾われる。

特異点であるイヤーゴの魂を宿す。

デスデーモナとオセロを恨んでいる。

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