第4話 卯月
文字数 2,690文字
この話はフィクションです。
登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。
以下から、本文が始まります。
ハジメと別れたぼくは、家に帰る気にならず、なんとなく歩いていた。
日陰はまだ寒いから日向を選んで歩いた。
暖かさが心の緊張を幾分解してくれるみたいだ。
ちょっと覗いたら空いていたから、早めのランチにすることにした。店内はシンプルな作りで、海外のチェーン店のようだ。メニュー表記は英語が主で、パスタがおすすめになっていた。
トマトパスタのランチセットを腹に収め、思っていた行動を開始する。
例のアプリを使おうと思っていた。自分でも状況を把握したい。
最悪の事態に備えて、いざという時夜姫胡を救うことが出来るのか、不安で仕方がなかった。
アプリストアからダウンロードしようとして、手が止まった。
画面上には、〈アンインストール〉と表示されている。つまり、インストール済ということだ。
「うっそだろ」
アプリ一覧を見ようとする指先が少し震えているのが分かった。
あった。一番下から二番目に〈推し活しようよ〉のアイコンがある。恐る恐るタップすると、ユーザー画面には、
ユーザー名称:My_angel アイコンは公式提供の羽の画像
性別、居住地、生年月日は非公開設定だった。
「マジか、なんで?」 推し活中の相手は〈ミハル〉リアルに好きな歌い手だった。
〈今月の推し活目標〉には、〈ひとから(ひとりカラオケ)でミハルの曲を十曲歌って、九十点以上を目指す〉なんともほほえましい目標だった。
この目標に〈いいね〉が二百以上、〈応援〉が百四十以上ついていて、コメントも結構あった。みんな肯定的で励ますものばかりだった。
これ以外に推し履歴は無く、アプリの使用開始時期は去年の夏頃だった。
混乱した。
この履歴は何なのか、そもそもぼくはいつインストールしたのか。全く記憶に無いし、気持ちが悪かった。
退会申請して、アプリを削除した。
家に帰りつく頃、片頭痛がひどくなってきて、薬を飲んでリビングのソファーにひっくり返った。
***
「お
夜姫胡が覗き込んでいた。
「あー悪い、飯まだだろう?」
「いいよ、具合悪いんでしょ? ストック温めて食べたからいいよ。お兄さ、お風呂入る? あたしやっとくよ」
夜姫胡に気を使わせてしまったようだ。
「悪いな、頼むよ。ぼくもストックから何か食べようかな」
「言って、あたし温めるから」
夜姫胡に希望の冷凍ストックを伝えて、ぼくはリビングを見渡した。最近家事を少しだけおざなりにしていたから、掃除が必要だった。
温まった料理と、飲み物をトレーにのせ、夜姫胡はぼくの向かい側に座った。
トレーを置いて、「お兄は色々抱えすぎなんだよ。嫌なことは嫌って言って欲しいし、あたしも出来ることはするよ」 夜姫胡は心配そうにぼくを見ている。
「そっか、心配かけているみたいだな」
「違うよ、そういうところだよ。お兄はもっとわがままでもいいんだよ」
「浪人生に自由は無いよ」
「もー、それ言ったら話終わるじゃん」
夜姫胡は風呂の湯を張りに行ってしまった。
妹に説教されるとは、兄としてどうなのだろうか? 今は考えても仕方がない。ぼくは浪人生で来年大学に合格することが目標であるからだ。そのための不自由は甘受しなければならない。
高校二年生になった
勉強に集中するために電源を切り、その日のノルマが終わるまで電源を入れない。今までから想像できない豹変ぶりに、妹の本気を見た気がした。
薬が効いて腹も膨れたからか、幾分気持ちに余裕が出来ていた。テーブルには夜姫胡のスマホが置いてあった。
体に緊張が走る。二台目のスマホだった。
何かを受信したのか、画面が明るくなった。ロックはかかっておらず、あのアプリの画面だった。
視線が吸い込まれる――推しの表示に〈叶野侑喜〉
ぼくの名前が表示されていた。
気が遠くなって、夜姫胡に呼ばれているような気がした。
***
ベッドで目を覚ました時、横には
どうして知らないベッドにいるのか分からず、吐き気がした。
「たま
「夜姫胡が風呂場から戻ったら、お前が倒れていて、あいつ半狂乱になって、おれに電話してきて、救急車が混み合っていてすぐに来れないって言われたって、泣き叫ぶんだよ。そりゃ飛んでくるさ」
――救急車? どういうこと?
「おまえを救急搬送して、病院の見立ては急性ストレス性なんとかって言ってた」
「そのなんとかが重要なのでは?」
「悪いな、医療は専門外だ。とにかく、急激にストレスがかかり脳がオーバーフローして、体が一時的にスリープ状態に入った感じだ」
「わかったような、わからんような、つまり?」
「一日入院して休んでから、気晴らしでもすればいい」
時間は朝六時になろうとしていた。
夜姫胡は朝方家に戻ったそうだ。
「疲れているんじゃないか? 部屋、荒れてるぞ」
「そんなこと……」そう言いながら体を起こして、自室の状況を思い出し言葉もない。
洗濯物はクローゼットに入れずに、ベッドの隅に積まれていた。部屋は幾分ほこりくさいと思った。
荒れていたなんて全く気が付かなかった。〈見えていなかった〉と言っても過言ではない。
「おまえは抱えすぎて溢れそうになると、セルフネグレストに向かうから分かりやすいんだよ。夜姫胡がサポートしてくれるから、そこは助けてもらえ。おれもちょくちょく顔を出すから、相談があればしてこい」
――相談、出来るわけない。
「そうだね、頭の中整理するよ。今日は寝てるよ、まだ頭が痛いようだ」
「無理すんなと言っても無駄だから、キテるなと思ったら電話しろ、話付き合うから」
肩を軽くたたいて、瑞樹は病室を出た。
「言えるわけがない。ぼくが〈推されて〉いるなんて。認めるのが怖くて失神したとか、どんだけダメージくらったんだって感じ」
自問自答して、少しだけ思考がクリアになった。
退院したら部屋の掃除をして、家事をしよう、きっと気分が晴れるはずだ。そうしたら、起きていることについて分析を開始しよう。
――うん、そうしよう。
ぼくは無理やり寝ることにした。
次の一手を考えるために。
-つづく-
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