第9話 長月

文字数 2,282文字

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。
 以下から、本文が始まります。

 花で飾られた個室は、華やかな女性を囲んでお茶会が始まろうとしていた。週末の渋谷で行われている会場は、高層ビルのはめ殺し窓から景色が一望出来た。

 〈wool〉とネームタグを下げたVIPが司会進行を行うと言いながら、会場のスクリーンが張られている所にマイクを持って立っている。woolは男性でこの残暑の中半袖だがネクタイ装備だ。若い会社員のような印象を受けた。
「オフ会始めますので、座席のプレートに従いご着席下さい。ネームタグをご用意しましたので、首から下げてご使用ください。タグはお持ち帰り頂いて構いません」

 ばらけていた十人程の選抜VIP達は、それぞれの席に着きネームタグを首から下げた。

「ご用意が整いましたようなので、オフ会を始めさせて頂きます。わたしはwoolと申します。称号は選抜VIPですが、運営サイドの人間です。今日はよろしくお願い致します」
 皆が一礼した。
「それでは、当アプリの開発運営責任者の〈marin〉さんを紹介します。marinさんお願いします」

 上座に座っていた華やかな装いの女性が立ち上がった。woolからマイクを受け取り、スクリーンの前に立った。
「高位angelの皆さん、アプリ開発運営者のmarinと申します。司会を務めますwoolとは別の仕事を通して知り合いまして、互いの推し活について語っていた時に『自分たちでアプリを作ってしまってはどうか』そんなきっかけでこのアプリは誕生しました。今では会員数三十万人、現在も新規会員が伸び続けています」

 ここで言葉を区切り、目線をVIP達に向ける。皆真剣に聞いている。それに満足したのか、頷きながら「現在は広告収入だけがアプリの収入源となっております。次の段階に進むため、有料コースの新設と安全な完全AIによる支援サポートのセットを、新たなアプリとして来年度中にリリースし、法人化の予定です」

 会場内が少しざわめいていた。「皆さんが懸念している項目は熟知しております。選抜VIPのステータスに変更ございません。収益化に伴い皆さんには貢献度に従って、分配金が支払われます。詳しくは年末になりますが会合を持ちますので、詳細はその時にお話しさせてください」
 marinは一礼し、拍手が起こった。
 マイクを受け取ったwoolは「ここからは懇談時間となりますので、情報交換など有益な時間を暫しお過ごしください。なお、ユーザー名にて懇談頂きますが、個人情報を開示しても良いという方は構いません」

 ドリンクコーナーに向かう者、目の前のアフタヌーンティーセットに手を伸ばすもの、早速marinに話しかけに行く者で、会場内は動き出した。

 アプリ開発運営者marinは三十歳位。出席者は全ての選抜VIPではなかったが、九十パーセントの出席だった。会員全体数は三十万人だったから、精鋭中の精鋭が一堂に会している。気負っているのはほんの一部で、他は自然体だ。
 今日は参加費及び交通費は運営持ちなので、地方から駆け付けた選抜VIPも出席しているとの事だった。

 その中に、〈False angel〉こと夜姫胡(よきこ)と、〈Schrödinger(シュレーディンガー)〉ことゆみちんは他人のふりして座っていた。周りは大学生や大人の男性女性様々で、年齢の上限は四十台位と夜姫胡は当たりを付けていた。

 ここに集っているメンバーは、ゆくゆくアプリの運営にも参加しもよいと思っている者達で、ノウハウを学び起業を考えている者もいるようだった。

 夜姫胡とゆみちんは、化粧をして大人びた服装を選んでいた。高校生と思われるのを避け、大学生くらいに見えるよう工夫していた。 marinやwoolは運営なので、夜姫胡やゆみちんの素性を知っているが、居住地は離れているため関連付けされる心配は低い。それに、二人はアプリ内で全く絡んでいなかった。

 ゆみちんが男性VIPと話している。どうやらUI開発チームの関係者らしい。
「〈るーと〉さん、詳しいスケジュールありがとうございました。お手伝い出来て光栄です」
 年若い女性に尊敬の念を放射され、るーとと呼ばれた冴えない感じの男性VIPは照れているようだった。
「鋭いシステム考察を頂くSchrödingerさんが、こんなに可憐な方だったとは、いや、容姿など語って申し訳ありません。こちらこそ開発チームに参加頂けて頼もしい限りです」

 あちらはあちらで盛り上がっているようなので、夜姫胡は一先(ひとま)ずアフタヌーンティーセットから、サンドイッチを取り紅茶と共に楽しんでいた。周りではVIP達がmarinを囲み、自身の売り込みを行っていた。

 夜姫胡が選抜VIPとなれたのは、〈話を聞く(重くないので)〉このポイントと評価が高かったのと、アプリ自体の評価向上に貢献していて、口コミで支援待ちが殺到し、早い段階でVIPの称号を得ていたのも大きい。選抜に昇格した評価点は、誠実に会員に向き合った際の会員からの高評価コメントと、定期的に改善策や会員との接し方、VIPのあり方について運営に提言を怠らなかった事だった。

 紅茶を飲み終え、クッキーの攻略を開始しようと伸ばした指先が止まった。
「false angelさん、お話いいですか?」艶然と笑うmarinが立っていた。
「はい、もちろんです。marinさんが〈最高位 angel〉だったんですね。ご一緒出来て光栄です」

 夜姫胡は初々しく立ち上がり、marinに握手を求めた。

 -つづく-
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登場人物紹介

侑喜(ゆうき)、浪人生、妹のスマホをうっかり見てしまい、表示されたアプリに疑惑を抱く。隠し事が苦手で、兄妹を大切に思っているが、不義理な両親については見限っている。

浪人生であることに後ろめたさをもっていて、自分の意見を通すことを控える傾向が出ている。

夜姫胡(よきこ)侑喜の妹、高校一年生。活発で明るい性格でリアルの友達も多い。スマホが無いと呼吸が止まると豪語するSNSジャンキー。兄たちを陰ながらリスペクトしている。特に瑞樹(たまき)は父親のように慕っている。怪しげなアプリも使っていて、暗い世界に近づいているようだ。

瑞樹(たまき)長男、社会人。W不倫の両親を早々に見限って自立のために努力した人。下の弟妹のために、自立心を養い、メンタルに寄り添ってきた頼れる兄貴。普段は物静かで思慮深いが、怒らせると怖い。

夜姫胡のアプリについて心配しているようだ。侑喜の事を心配していて、家の家事を全部押し付けた両親に苦言を呈したが、関係がこじれる方に向かってしまい、今は離れて暮らしている。

ハジメ、侑喜の元級友、現在は大学一年生、将来はジャーナリスト希望。情報には飛びつかず下調べをする派、侑喜とは性格的なところで合うらしく、親しくしている。相手のカテゴリで差別しない主義。侑喜から問い合わせが来た奇妙なアプリについて、本格的に調査を開始いていた。

ゆみちん、SNSで知り合ったという夜姫胡の友人。高校1年生。よく夜姫胡と遊んでいて、色々なSNSで毎日を楽しいでいる。家庭内にも問題はなく少し小金持ちでちょっとイケイケな女の子だ。

関口浩二、ハジメの大学のOBで大手出版社の記者。現在別の電子犯罪を追っていて、青少年が犯罪に巻き込まれる事案を調べている。ハジメからの連絡も今の仕事に結びつくので、問題ない情報は流している。

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