第1話 睦月
文字数 2,290文字
この話はフィクションです。 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。
以下から、本文が始まります。
「お
一時期は友達が急死(自殺)して落ち込んでいて、気晴らしを色々提案したり、会話を多く持ったりしていた。
ぼくはリビングに戻り、背伸びをして家事を始めた。 両親共働きで、今のところ家事一切は,、ぼくが担当している。
好きでやっているわけではないが、大学受験に失敗して〈浪人中〉の侘しい身の上だ。
一年浪人させてもらう代わりに、家の家事一切を引き受けると、半ば契約のような感じで押し切られた。料理やなんかは一通り出来るし、嫌いじゃないが、一切合切は流石にしんどいと思っていた。
掃除機を巧みに操縦しながら、入室OKの妹の部屋へ入っていった。年頃の女の子が兄妹とはいえ、他者を自室に入ってOKを出すなど稀有なことだ。
妹の部屋は、推しの中でも一番のアイドル応援うちわやグッズで溢れていた。雑多な感じはなく、既定の位置に収まているため、触ってしまう事も無く。妹の部屋の掃除は楽だった。
「ん? あいつスマホ忘れてるじゃん」 ベッドの上に、ポツンとスマホが置かれていた。
それは二台目で、高校合格の祝いにプレゼントされたものだ。都合二台持ちで年相応の楽しみ方をしているようだった。
ぼくはスマホを忘れたことを、エプロンのポケットに入れていた自分のスマホで教えてやろうと手に取った。
目線の端に、夜姫胡のスマホが何かを受信したのか、画面が明るくなった。
「〈False angel〉に『いいね』が付きました」とのメッセージ表記があって、続いて、「『moritからDMが届いています』確認しましょう」と表記が追加された。
SNSの通知だろうか、知らないSNSアイコンで、デザインがちょっと過激だった。
手に取るのは憚られる(いらぬ濡れ衣を着せられる)ため、スマホはそのままにして、忘れていることをメッセしようと、自分のスマホを見ようとして手を止めた。
再度画面が明るくなった夜姫胡のスマホの、画面ロックが外れていたことを知った。
画面には、何かのアプリ画面が起動していて、〈推し活報告・今月対応済〉の欄に――自殺した〈チカ〉の名前があった。
心拍数がおかしくなった。
掃除機を抱えて妹の部屋を出た。今見たことは何だったのか、悪ふざけにしても行き過ぎている。
心の動揺を収めるために、シンクの食器を駆逐することにした。
「忘れ物したーー!」玄関から夜姫胡の声がした。
驚いてグラスをシンク内でぶつけてまい、欠片で切ってしまって指から血が流れた。
「お兄、お疲れ! スマホ忘れちゃったよー」いつもより大声で自室へ駈け込んでいった。
――動揺してはいけない。
指をタオルで包み、絆創膏があるリビングのキャビネットまで移動したところで、夜姫胡と顔を合わせた。
「お兄、どうしたの!」夜姫胡は本気で心配していた。「グラス割っちゃって、指切っちまった」ぼくは、タオルで包んだ手を見せて、笑って見せた。
夜姫胡は、水濡れたエプロンを一瞥し、「おっちょこちょいだね。大丈夫なの? 絆創膏で行けるの?」そう言いながら、自分の鞄を置いてキャビネットから救急セットを出してくれた。
「自分で出来る程度の怪我だから、お前は早く朝活行ってこい」
「そう? ちゃんと手当してね、行ってきます。本日二度目!」明るく言いながら、夜姫胡は玄関から出て行った。
救急セットを開ける前にソファーに座って、思考の海に沈んでしまった。「あいつ、倍増しで明るかったな、むしろわざとらしいくらい……怪我のせいでスマホを覗いたか詰問されなかったが、あの胸くそ悪いアプリは何なんだ」
指の痛みに覚醒して、怪我の治療にあたった。思ったより少し深くて、応急処置だけして病院に行った。ひと針だけだが縫うことになってしまった。
***
今日は両親の分と、夜姫胡はバイト先でまかないが出るそうだから、ぼくの分でカレーにした。うちのカレーはぼくの一存で、在庫処分の材料で作る、最悪肉が無いこともあるが、そこはスパイスなんかでいい感じになるのだ。評判も実はいい。
「ただいま」
「お帰り母さん」「今日はカレーだ。おいしいからお代わりしちゃうんだよね」 母はご機嫌な感じで着替えに自室へ向かった。父は少し遅くなると言っていたから、母とぼくの分だけ用意する。
リビングで向き合って食べ出すと、母が口を開いた。
「ねえ、お父さんから何か聞いてる?」「何かって?」「今後の事……」
ぼくは母の目を見て「何も、聞いてないしぼくも聞くつもりはないよ」
少し拒絶した物言いに「そう……」それだけ言って、母は続きを食べて
「ごちそうさま、いつもありがとう」 そう言って自室へ引き上げていった。
遅めに帰宅した父は自分でカレーをよそって、食べた食器はぼくが洗う役目だ。
晩酌に付き合うのに冷蔵庫からビールを出していると、夜姫胡が返ってきた。
「たっだいまー、おとうさん晩酌タイムだね。あたしお風呂入りたいけど、いい?」上機嫌だ。
「今なら、入ってもOKじゃないかな」
「分かった」夜姫胡は自室へ向かっていった。
夜姫胡が手に持っていたのは、あのアプリが表示されていた二台目のスマホで、今朝のやり取りを思い出し、指先が痛んだ
-つづく-
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