第7話 文月
文字数 3,372文字
この話はフィクションです。
登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。
以下から、本文が始まります。
ハジメの訃報を受けたのは、関口さんからだった。連絡は取っていなかったが、アドレスや電話番号は聞いていた。
ぼくは取り乱してしまい。状況を把握し、関口さんと話せるまで暫くかかった。
ハジメは自殺していた。
来週会おうと話していたのに、何か掴んだと言っていたのに。悔しくて、辛くて、ぼくが話を持ち込まなかったら、ハジメは死ななくて済んだんじゃないか。
掃除を忘れてしまった家は、ひどく荒れていた。
夜、瑞樹が夜姫胡を連れて訪ねてきた。
家の状態と、ぼくを見比べて緊急事態と判断したのか、二人は黙々と掃除を始め、ぼくは置物のようにソファーに座ったままだった。明日が週末だということも、部屋があらかた片付いて、目の前に食事が出されてやっと正気に還ったのだ。
「夜姫胡、この前は本当に済まなかった。大きい声出してごめんな」
頭を下げると、夜姫胡は目に涙を貯めていた。
「お
「とりあえず、飯を食え。おれたちも飯にするから」
瑞樹はそう言って、飲み物を置いていった。
ぼく達は無言で食卓を囲んだ。
食器を置いて、ぼくは口から溢れ出る言葉を抑えることは出来なかった。
「夜姫胡、教えてくれないか? 過激なアイコンのアプリに表示されていた〈チカ〉ちゃんの支援完了と自殺は関連しているのか? ぼくの友達が、そのアプリを調査している過程で自殺したんだ。来週会う約束して、VIPとやり取りしていたんだ。自分を妹と偽って、自分の推し活して……絶対死ぬような奴じゃないんだよ」
ぼくは顔を覆って泣き出した。
瑞樹が背中をさすってくれている。とても暖かいと思った。
「ゆう兄の苦しみは分かった。話せる範囲で話すよ」
「話せる範囲ってなんだよ! おまえ! 何を知ってるんだ!」
掴みかかる勢いのぼくは瑞樹に止められた。夜姫胡は片手で頭を押さえながら「分かったから、ちょっとまって。頭爆発するって」そう言って、ソファーに深く腰掛けた。
瑞樹に座らされたぼくは、鼻息も荒く夜姫胡の言葉を待った。
飲み物で口を湿らせた夜姫胡は、知らない人の表情で語り出した。
「〈チカ〉は、ある男の子を応援していたの。部活の先輩で、誕生日プレゼントにチャームを作って渡したいからって、推し活目標に上げていたの」
夜姫胡はため息をひとつついて、「あたしは、〈チカ〉のIDは知らなかったけど、チャーム作成のアドバイスで支援申し込みが来たの、あたしの他にも得意なVIPが結構いたんだけど、〈marin〉さんの仲介であたしのところに支援紹介が来て、身分を隠したまま推し活支援していたんだよ」
ここで、苦しそうな顔になった。「チャームが出来て、画像貰って本当にうれしかった。頑張ってねって言葉も添えた。リアルで『VIPってすごい優しいね』そう言われて誇らしかった。だけど、死んでしまった。彼にチャームを渡す前に死んじゃったの」
「あの過激なアイコンを説明してくれ」
「あれはね、運営から選抜VIP対象に送られるベータ版。過激なのはベータ版でバグもあるから、気を付けましょうっていうシャレなんだってさ。睨まないでよ。あの時〈チカ〉の支援完了報告が表示されていたのは、ベータから本運営アプリを見ていたからだよ」
「そのアプリ見せろ!」ぼくが立ち上がろうとするのを瑞樹が止める。「今起動するよ」アプリを起動させた夜姫胡から、ひったくるようにスマホを奪って中身を見た。
UIは本運用の〈推し活しようよ〉と変わりない。ただ、VIP専用の掲示板と、DM用のアイコンが、本運営とUIが異なる。
もうひとつ、〈ホットライン〉と書いた過激なアイコンがあった。
「これなんだよ」
「これは、トラブルを持ち込んでくる会員を通報するためのもので、運営が会員の動向を監視して、警告か停止、永久追放を実行するの。VIP直でやり取りする会員には、何を勘違いするのかプライベートな相談とか持ち込んでくるから、VIPだって人だもの、聞きたくない話はあるよ」
夜姫胡は片手で頭を押さえたままだった。
「夜姫胡は何をやっていたんだ?」
ずっと黙ていた瑞樹の質問に、「普通に会員に接していたよ。チカが死ぬまではね」
「というと?」
「選抜VIP専用掲示板に、死ぬ前のチカとのやり取りをグチる書き込みをしたVIPがいて、言い方が凄いムカついてさ。その子〈裏推し〉したらって書き込みがあって、ものすごく気分を害したの」
「〈裏推し〉って?」ぼくは幾分落ち着いて、質問することが出来た。
「選抜VIP空間は少し、いや、違うな、かなりコンプライアンスが瓦解していて、選民意識が強いっていうか、嫌な推し活も盛んみたいだった。分かる? それこそライバルを蹴落としたり、純粋に欲望達成のためにする推し活のこと、つまり〈裏推し〉」
「なんだよそれ、そんなアプリがまかり通るのおかしいだろ」 ぼくの問いかけに、夜姫胡は薄く笑った。
「そう思うよね。あたしも選抜入りした時、掲示板見て過呼吸になるかと思ったさ」
夜姫胡は座りなおして「選抜はね、入会する時に誓約書にサインするの、電子サインね」
夜姫胡はこう説明してくれた。
選抜内でのDM、掲示板の内容を外部に晒す行為の禁止。罰則は実名での損害賠償請求。これは本運用のアプリでもうたわれているが、訴訟云々の話は無い。せいぜい永久追放処分だ。
コンプライアンスについては、かなり緩くなっていて、バグ対応を兼ねているのでNGワード対応なども解除された状態で運営されいていた。
選抜から退会する場合は、その中で得た情報は生涯秘匿とし、身内にも公表してはいけないことなど、常軌を逸していた。
一番恐ろしいと思ったのは、選抜VIPは皆、身分証明書を使って個人情報を差し出している。働きによっては金銭が発生する場合が想定されていて、そのための個人確認だとされていいた。
「どうして、こんなうさん臭い選抜に入ったんだ?」
「〈チカ〉が選抜VIPのせいで死んだからだよ。何か悩み関連で支援を受けていたらしくて、あたしは同じ時期に選抜入りの打診が運営から来てて、チカも選抜VIPが対応してくれるって物凄い喜んでいたからね」 夜姫胡の目は火を噴きそうだった。
「その選抜VIPのIDとか分かってるのか?」
「わかんない。教えないようにって、その〈クソ選抜VIP〉に口止めされていたんだって」
疲れたのか、夜姫胡はソファーに身を任せた。
「
「え? なんでそこでたま兄が出てくるんだ?」
「おれも調べているからだよ」
「なんで!」
「
「別に関係ないじゃん。他人だよ!」
「裏推しされていた時点で、自殺じゃない。これは殺人だ」
「何言ってる? どうやって自殺させるの!」
「世の中には、そういう方向にもって行ける悪党がいるってことだ」
瑞樹は遠くを見ているようだった。「だから、侑喜があのアプリに引っかかる物を感じるのも当然なんだ。感のいい人間は気づき始めている」
ぼくは瑞樹の言った内容に混乱していた。ぼくが思っている以上に家庭内でアプリ情報は共有され、調査の対象となっていた。夜姫胡はチカの無念を晴らそうというのか。
「来週、選抜VIPと運営代表で初めてオフ会があるの、そこでクソアプリを作った代表と、チカを死に追いやったクソVIPの目星を付けてくる」
「そんな危ない事……」
夜姫胡の目は真剣だった。
「警察は自殺で方が付いてしまった。死なせておいて笑って見ていた奴はのうのうと生きている。許せないでしょ、チカの友達として、人間として!」
一瞬、納得しそうになった。
「復讐なんて、出来るわけない。危険すぎる」
「違うな、これは戦争だ。マインドコントロールして自分の欲望のため人を死に追いやる――そんな屑は滅んでいい」
瑞樹が、静かに言った。
-つづく-
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