008 エピローグ

文字数 2,074文字

後日、花都美也子は学校を休んだ。次の日も、その次の日も。
 誰かは、悪戯犯のせいだと言うけれど、まあ実際そのせいだろう。悪戯された側が悪戯犯であり、ようは花都の自業自得だったわけだし。
 しかし、もしあの時、僕が花都を追い込まなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。花都は今日も、笑顔で学校へ通っていたのかもしれない。
そうは言っても、僕は追いつめたつもりはなかったのだけれど、むしろ励まそうというつもりで言っていたのだけれど、結局のところ、言葉をどう受け取るかは個人の解釈次第であり、過去を悔やんでも仕方のないことだ。
だが、そんなことは分かっているけれど、それでも後悔してしまうのが僕だった。過去が変わるわけもないのに、悔やんで、悲しんでいる。
僕は正義の味方どころか、悪役がお似合だけれど、みんなが笑えるハッピーエンドの方が好きなのだ。正義も悪も関係なしに。
自分が大好きな少女は、その歪んだ愛情表現によって潰れてしまった、だなんてあまりにも救いがないじゃないか。
「いいや、まだ救われないと決まったわけじゃないぜ」
 そう言うのは、放課後の教卓に立つ桜庭鏡花だった。僕は教えを受ける生徒みたいに、一番前の座席に着席している。
「西条舞佳さんは、まだ花都さんへの愛情を絶やしていない」
「一人でも、愛してくれる人がいたら、それは幸せだっていうエンド?」
「一人でも、じゃない。西条さんだからこそいいんだよ」
「はあ?」
 僕は首を傾げた。
 西条であろうが、誰であろうが、変わりはないと思うのだけれど。
「あの時のことをよーく思い出してみなよ。ひょっとすると、栄彦君はとんでもない勘違いをしているかもしれないぜ?」
「勘違い? なんだろう……」
「そう難しいことじゃないさ。もし、これが小説なら読み返してみることをお勧めするね」
「うーん。そう言われて、記憶を読み返してみてはいるけれど、僕のどこに間違いがあった?」
 桜庭はかぶりを振って、
「間違いはないよ。解釈の違いだ」
「もったいぶらないで教えてくれよ」
「うん。花都さん、あの時スリッパを下駄箱から出していただろう? これって、少し考えればおかしいって思わない?」
「ん……?」
 僕は顎に手をやって、昨日の映像呼び起こす。花都はスリッパを自分のバッグに収めていた。彼女曰く、家に帰って洗うため。新品をいきなり洗うというのは、おかしいと指摘したのだけれど、桜庭はその点ではない、おかしさを見つけたということだろう。
 スリッパを下駄箱から出す。
 この動作に怪しさは感じないが――いや、この動作自体がおかしいではないか!
「分かったよ。もし、自分のスリッパを盗むのなら、スリッパを脱いで、そのまま鞄に入れればいいんだ。でも、あのシーンを表現するならば、花都はスリッパを脱いで、下駄箱に入れ、また下駄箱からスリッパを抜き出して、鞄に入れたということになる」
「そう。無駄というか、不自然なアクションが一つ多いんだよ」
「でも、だからってどう別の解釈を入れるの?」
「まあ、ここは解釈というか一つ事実を付け加えておくと、昨日花都さんは自分のスリッパを鞄に収めていたんじゃないんだよ。“西条舞佳さん”のスリッパを鞄に収めていたんだ」
「西条の!?」
 桜庭はふふっ、と僕のリアクションを嗤った。
「西条さんのスリッパを収めることでね、西条さんと自分を同じ境遇に合わせようと考えたんだ。そうしたら、二人だけの特別な関係になれるだろう?」
「えっと、特別な関係っていうのは?」
「人間って言うのは不思議なもので、似た者に惹かれる傾向があるんだ。自分と同じような悩みを抱えている人には、シンパシーを感じるし、同情心を持つ。つまり、それを狙っていたわけだね。花都さんは自分が一番好きなのではなく、西条さんが一番好きだったんだよ」
「は?」
「西条さんに対して、恋心を抱いていたんだ。だから、今まで自分に悪戯をしてきた。そうしたら、西条さんが守ってくれて、傍にいてくれるんだからね。彼女にとって、西条さんに心配し、同情され、世話を焼かれ、守られることは幸せなことだったんだよ。そんな幸せを味わうために、何度も何度も自分に悪戯をし続けたんだ」
「ふーん……。な、なるほどね」
 だから、桜庭はあの時“恋心”という言葉を使ったのか。
 花都が僕の言葉を否定し、桜庭の言葉を否定しなかったのは、やはり桜庭の方が花都に寄り添えていたからなのだろう。
 だが、僕は寄り添うことが必ずしも正解だとは思わない。突き放すことだって必要だ。
しかし、正しいのだと思う。それはどこまでも、優しくて、温かいものなのだから。
だからこそ、今回の事件において僕は、正解の行動を取っていたとしても、ハッピーな結末を導き出すことができなかったのだろう。
僕があの場におらず、桜庭だけが彼女と対峙していれば、結果は変わっていたかもしれない。
「ま、本心は本人のみぞ知るところなんだけれどね」
 桜庭はにやりと笑った。
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