006 犯人

文字数 2,228文字

例えば好きな人がいて、その子の気を惹くために、あなたなら何をするだろうか。積極的に会話を仕掛け、アプローチするのもありだろうし、かっこいいところを見せて一目惚れさせてやろうというのもありだろう。
 そして、もう一つ代表的なものを挙げるとするならば、トラブルを起こすというものだ。自作自演の事件に、意中の子を巻き込み、その事件を自分が颯爽と解決してやる。
すると、真実を知らない意中の子は、「なんて素敵な人」なんて思うこと間違いなしだ。
 そこで、桜庭が犯人として挙げたのは“西条舞佳”だった。西条は桜庭に対して、異常なまでの愛情を有していた。いつも傍にいて、それは姉、あるいは母のように花都美也子を愛で、世話を焼いている。
 そんな西条に、花都も並々ならぬ信頼と愛情を向けていたのは間違いない。幼馴染の僕が言うのだから間違いない。
 花都が悪戯を受けるたびに、西条が立ちはだかり、彼女を悪から守ろうとした。そんな姿は、女の子でも惚れてしまうほどだったろう。
 しかし、こうは考えられないだろうか?
 傍にいるからこそ、トラブルを起こしやすい。悪戯をしやすい。
 近くにいれば、何かを盗むことなんて容易いことだろう。そして、何を恐れることもなく、花都を守ることができるだろう。それはそうだ。西条こそが犯人なのだから、襲われることも、怖がることもない。
 自分が仕掛けた罠に怯えるやつなんていないだろう。
 つまり、今まで花都の周囲で起きた不自然な悪戯の数々は、西条舞佳の犯行だったのである。好かれている子が、そう何度も悪戯を受け続けるわけがない。
小中高と周囲の人間が変化しているのにも関わらず、定期的に悪戯を受け続けるというのは、花都がよっぽどの不幸体質なのか、犯人が同じかつ身近にいると考えるのが妥当だろう。
――というのは、桜庭鏡花が考えた一つの可能性。
僕はその可能性を否定はしないが、受け入れなかった。
なぜなら、もう一人挙げられた人物の方が、犯人である可能性が高いと判断したからだ。
 周囲の環境が変わり、しかし人気という点は変わらないのにも関わらず、定期的に悪戯を受け続ける不可解な少女。
 それなら、彼女自身が犯人だった、と考えてはどうだろうか。
 犯人は、“花都美也子”。
 花都は自分自身を被害者と偽り、同情を周囲から買う可哀想な少女なのだ。同情されるのは気持ちいい。心配されるのは心地いい。慰められるのは清々しい。
「大丈夫。私たちが味方だからね」
「美也子ちゃんは可愛いから、嫉妬されているんだよ」
「俺たちが守ってあげなきゃ」
 女子にも男子にも、ちやほやされて気持ちは有頂天だろう。
『赤見君はすごいよね』
『そんなことないよ。花都の方がすごいじゃないか』
 きっとあの日、花都はこう言われたかったのだろう。他人に吐く褒め言葉というのは、自然、自分が言われて嬉しい言葉を吐くらしい。
 彼女は僕からの褒め言葉を期待した。しかし、僕は言わなかった。だから、花都は傷ついた。自分は嫌われているから、褒められていないのだと勘違いした。
 そして、花都を犯人であると近づける根拠は手紙にもある。手紙に脅迫めいた文章を書くのは、心配される効果は絶大だろうが、僕らは(最初に気づいたのは桜庭だけれど)、別のところに違和感を感じた。
 手紙の文章自体には、なんの違和感もなく、印字されているという点を怪しく感じたのだ。つまり、筆跡で個人を特定されないようにしている。これは花都が犯人だと確定するものではないが、近しい人物が犯人だという決定打にはなるはずだ。
仮に、接点のない人物であれば筆跡が残ったところで、個人を特定することはほぼできない。わざわざ、学校中の生徒のノートを確認して、犯人を見つけ出そうと思わないはずだ。
 よって、花都と近い人物が手紙を送ったと考えらえる。例えば、花都自身の文字で描いたのならば、西条は気づくだろうし、西条が犯人であれば、筆跡を見て花都は気づくだろう。だからこそ犯人は、わざわざ印字し、筆跡を隠したのだ。
 手紙についてはこの程度の考察である。
 そして、僕が最も花都を疑う理由は、昨日のことだ。仲も良くない花都が、動揺した様子で僕と一緒に帰らないかと誘ってきた件。普通に考えてありえない。
 想像してほしい。仲も良くない人間に、一緒に帰ろうと誘うだろうか?
 答えは否。
 ラブコメディみたいに、仲良くもない女子が突然好意を向けてくるなんてことはないのである。
 つまり、花都はあの時、スリッパを鞄に仕舞っていたのだ。僕はその姿を目撃したわけではないが、花都は僕がそのシーンを見たのではないかと疑った。そのため、確認しようと思った。直接の確認はできないから、僕の態度で判断しようと思ったのだろう。
だから、一緒に帰ることを提案してきた。
 以上が、花都美也子を犯人だと疑う理由である。
 ところで今日も、花都はいつもは行かない図書室に、放課後行っているようだ。本も読まずに、スマートフォンを弄っている。
 もしかすると今日も、犯行に及ぶかもしれない。
 僕と桜庭は影から、花都を監視中だ。
 桜庭の言っていた、“ミュンヒハウゼン症候群”というのは、精神疾患の一種で、周囲の関心や同情を得るために、わざと病気を演じたり、自傷行為をしてしまうことを言うらしい。
「動いたよ」
 花都が席を立って、図書室を出た。
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