002 部活
文字数 2,220文字
「愛というのは、恐ろしいものですよね」
後輩の白部坂幸織はダイヤのキングを二枚、机の上に置きながら呟いた。
僕の手札にはジョーカが一枚だけ残っている。
ババ抜きは僕の負けだった。
ここは遊戯部の部室。私立伊佐木高校、一号館の西校舎二階に位置する。部屋の広さはそれほどないのにも関わらず、長机が設置され、さらには本棚が二つも置かれているので、窮屈極まりない。
僕は遊戯部の部長で、ちなみに僕が設立、申請した部活動だ。この部活動は、正式に学校長及び、生徒会から承認を受けており、きちんと部活動として認められている。
活動内容は単純で、あらゆる遊びを極めようというものだ。ただし、ゲーム機を使用したものは禁止で、花札とかトランプとか、そいうものに限られる(部活動以外で、それらの遊び道具を学校で使用した場合は、即刻廃部という条件がある)。部員数は現在、僕を含めて三名で、僕以外は全員一年生(僕は三年生)だ。
僕はこの部活動で、いつも後輩の白部坂にゲームを仕掛けているのだが、一度も勝てたことがない。だからもう、悔しみという感情がなくなってしまった。
白部坂もいつものことだ、という風な顔をして、嬉しそうな表情を見せない。なんだか、それはそれで悔しくなってくる気もするが、気のせいということにしておこう。負けて、悔しがるのは惨めだ。
「どうしたんだ。白部坂。愛なんて言葉を使っちゃってさ」
僕はカードを収集しながら、からかうように言った。
白部坂は色男で、よく女子に集られているのを見る。だから、もう愛を語れるようになってしまったのだろうか。まったく、末恐ろしい一年生だ。
「いえ、別に大したことじゃないんですよ。愛という言葉は、なんにでも使えるなあ、と思って」
「どういう意味?」
「例えば、指導者が生徒を殴ったら、それは愛があるからだ、なんて軽々しく吐きますし、親が子に何かを押し付けるのも、愛があるからだ、なんて言うんですよ。僕はそういうのが、恐ろしいと思うんです。愛と言えば、なんでも許されるのかってね」
僕の想像していた話題とは違ったが、たしかに白部坂の言う通り、愛という言葉は安易に使われすぎているきらいがある。
僕の持論だが、そもそも愛というのは見せないから愛なのであり、口に出した時点でそれは愛ではない。愛を宣言する者は、そのものを何よりも愛していない証拠だ。
愛を宣言することで、自分が対象を愛しているのだと、自分の脳に刷り込もうとしているのである。
僕がそのようなことを白部坂に言うと、彼は笑みを漏らした。
「しかし、栄彦先輩。脳に刷り込むということは、事実に塗り替わるということではありませんか?」
「それは考えてなかった」
「ようは洗脳ですね。そう信じ続けて、自分を洗脳するんです。だから、口に出している愛は、おのずと真実になるんですよ」
「ミイラ取りがミイラになるって感じかな」
「いや、それは大分違います」
白部坂は冷静にツッコミを入れてきた。
「それはそうと、君は悪い点に着目しすぎじゃないか。愛は悪いことへの免罪符に使われがちだけれど――」
この言い方だと、指導者の愛や子への愛が、悪いことみたいだが、必ずしも悪いというわけではなく、そういう場合もあるということだ。
「――良いことに使われることもあるんだよ。だから、一概に恐ろしいとは言えない」
「例えば?」
「アンパンマンは愛の力で勝つし、病弱なヒロインは主人公の愛で目を覚ましたりする」
「ようは愛なんてフィクションだってことですね」
「いや、愛は素晴らしい一面もあると伝えたかったんだけど……」
僕の例えが下手なのか、白部坂が捻くれているのか、どちらだろうか。
苦笑いを零れた。
「しかし、僕は愛なんて幻想だと思いますね。本当に心から認めるものは、言葉では言い表せないですよ。だから、さっき栄彦先輩が言ったように、口にする愛というのは真実ではないのかもしれませんね」
そう。
あなたのためとか、君を想ってとか、そんなのは嘘なのだ。
全部、自分のためだ。自分が満足したいがために、他人へ嘘の愛を口にする。
そこで、自分のためだ、と宣言しないあたり、本当に愛は口に出さないからこそ、愛なのだろう。自分への愛は間違いがない。
みんな誰だって自分を愛している。そういうのはなんだか、人間的な感じがして、僕は微笑ましい気持ちになってくる。口にしないからこその愛。自分への愛は口にしないからこそ、真実なのだ。
ただ、それでは世の中悲しくなってしまう。穿った見方だけをせず、広く寛容に世界を見渡したいのもまた人情。
「言ったことと矛盾するようだけれど、僕は愛していると言葉にしたものが、百パーセント真実ではないとも思えなけれどね。ちょっとくらい、好きでないとそんな言葉、口に出せないだろうし。中には出せる人もいるだろうけどさ」
「まあ、そうですね。一パーセントくらい真実も含まれているでしょう。人間、完璧にはなれませんからね。完璧な真実も、完璧な嘘もこの世には存在しないんです」
白部坂はそう言った数秒後に、「あっ」という顔をして、にやり顔で僕を見た。
「一つだけ完璧な真実がありました」
「何?」
「栄彦先輩がゲームで一生僕に勝てないということです」
「何を!」
それじゃあ、もう一戦。
結果――僕の敗北。
正直悔しい。
後輩の白部坂幸織はダイヤのキングを二枚、机の上に置きながら呟いた。
僕の手札にはジョーカが一枚だけ残っている。
ババ抜きは僕の負けだった。
ここは遊戯部の部室。私立伊佐木高校、一号館の西校舎二階に位置する。部屋の広さはそれほどないのにも関わらず、長机が設置され、さらには本棚が二つも置かれているので、窮屈極まりない。
僕は遊戯部の部長で、ちなみに僕が設立、申請した部活動だ。この部活動は、正式に学校長及び、生徒会から承認を受けており、きちんと部活動として認められている。
活動内容は単純で、あらゆる遊びを極めようというものだ。ただし、ゲーム機を使用したものは禁止で、花札とかトランプとか、そいうものに限られる(部活動以外で、それらの遊び道具を学校で使用した場合は、即刻廃部という条件がある)。部員数は現在、僕を含めて三名で、僕以外は全員一年生(僕は三年生)だ。
僕はこの部活動で、いつも後輩の白部坂にゲームを仕掛けているのだが、一度も勝てたことがない。だからもう、悔しみという感情がなくなってしまった。
白部坂もいつものことだ、という風な顔をして、嬉しそうな表情を見せない。なんだか、それはそれで悔しくなってくる気もするが、気のせいということにしておこう。負けて、悔しがるのは惨めだ。
「どうしたんだ。白部坂。愛なんて言葉を使っちゃってさ」
僕はカードを収集しながら、からかうように言った。
白部坂は色男で、よく女子に集られているのを見る。だから、もう愛を語れるようになってしまったのだろうか。まったく、末恐ろしい一年生だ。
「いえ、別に大したことじゃないんですよ。愛という言葉は、なんにでも使えるなあ、と思って」
「どういう意味?」
「例えば、指導者が生徒を殴ったら、それは愛があるからだ、なんて軽々しく吐きますし、親が子に何かを押し付けるのも、愛があるからだ、なんて言うんですよ。僕はそういうのが、恐ろしいと思うんです。愛と言えば、なんでも許されるのかってね」
僕の想像していた話題とは違ったが、たしかに白部坂の言う通り、愛という言葉は安易に使われすぎているきらいがある。
僕の持論だが、そもそも愛というのは見せないから愛なのであり、口に出した時点でそれは愛ではない。愛を宣言する者は、そのものを何よりも愛していない証拠だ。
愛を宣言することで、自分が対象を愛しているのだと、自分の脳に刷り込もうとしているのである。
僕がそのようなことを白部坂に言うと、彼は笑みを漏らした。
「しかし、栄彦先輩。脳に刷り込むということは、事実に塗り替わるということではありませんか?」
「それは考えてなかった」
「ようは洗脳ですね。そう信じ続けて、自分を洗脳するんです。だから、口に出している愛は、おのずと真実になるんですよ」
「ミイラ取りがミイラになるって感じかな」
「いや、それは大分違います」
白部坂は冷静にツッコミを入れてきた。
「それはそうと、君は悪い点に着目しすぎじゃないか。愛は悪いことへの免罪符に使われがちだけれど――」
この言い方だと、指導者の愛や子への愛が、悪いことみたいだが、必ずしも悪いというわけではなく、そういう場合もあるということだ。
「――良いことに使われることもあるんだよ。だから、一概に恐ろしいとは言えない」
「例えば?」
「アンパンマンは愛の力で勝つし、病弱なヒロインは主人公の愛で目を覚ましたりする」
「ようは愛なんてフィクションだってことですね」
「いや、愛は素晴らしい一面もあると伝えたかったんだけど……」
僕の例えが下手なのか、白部坂が捻くれているのか、どちらだろうか。
苦笑いを零れた。
「しかし、僕は愛なんて幻想だと思いますね。本当に心から認めるものは、言葉では言い表せないですよ。だから、さっき栄彦先輩が言ったように、口にする愛というのは真実ではないのかもしれませんね」
そう。
あなたのためとか、君を想ってとか、そんなのは嘘なのだ。
全部、自分のためだ。自分が満足したいがために、他人へ嘘の愛を口にする。
そこで、自分のためだ、と宣言しないあたり、本当に愛は口に出さないからこそ、愛なのだろう。自分への愛は間違いがない。
みんな誰だって自分を愛している。そういうのはなんだか、人間的な感じがして、僕は微笑ましい気持ちになってくる。口にしないからこその愛。自分への愛は口にしないからこそ、真実なのだ。
ただ、それでは世の中悲しくなってしまう。穿った見方だけをせず、広く寛容に世界を見渡したいのもまた人情。
「言ったことと矛盾するようだけれど、僕は愛していると言葉にしたものが、百パーセント真実ではないとも思えなけれどね。ちょっとくらい、好きでないとそんな言葉、口に出せないだろうし。中には出せる人もいるだろうけどさ」
「まあ、そうですね。一パーセントくらい真実も含まれているでしょう。人間、完璧にはなれませんからね。完璧な真実も、完璧な嘘もこの世には存在しないんです」
白部坂はそう言った数秒後に、「あっ」という顔をして、にやり顔で僕を見た。
「一つだけ完璧な真実がありました」
「何?」
「栄彦先輩がゲームで一生僕に勝てないということです」
「何を!」
それじゃあ、もう一戦。
結果――僕の敗北。
正直悔しい。