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文字数 1,269文字
まことを相手に全力を出しきったあとでで動きまわったあとに、さらに道場の乱稽古に顔をだす、というのは案の定、さすがにやはり度がすぎた。
「さすがのタフネスたかくんも、空腹には勝てませんでした、っと」
風呂で汗をながしてから玄関先のカレンダーで日数をたしかめる。
うええ。
気の遠くなるような…換算すると何食分だろう…残り時間に、本気で足がフラつきかけるというのはなかなか情けない。
人間、昼の学食のラーメン一杯で何日この運動量を維持できるもんだろう?
(意地はらんでオフクロについて行くテだったか知らんなな、これは)
嘆息深々。男子たるもの、いまさら遅い。
食糧調達の頼みの綱だったまこまでが、時を同じくして祖母孫(おやこ)断絶をしてこようとは、まさか計算に入れていないではないか。
「…はら… へった…」
十六歳。成長期にとってこれほど切実な問題など、ない。
せめて台所でお茶でも呑むべぇかと、きびすをかえしかけた時。
カラカラ…。
ひどく遠慮がちに、古びた桟木(さんぎ)のおもてのガラス戸がひきあけられて、
「あ… のさぁ、たか」
細い狭いすきまから、まこが顔だけ、ひどく困った表情をして覗かせた。
「へ?!」
らしくない大人しげな行動に、面くらった貴明は数瞬絶句する。
「着換え、貸してほしいんだけど…」
「どうしたんだ、入って来いよ」
表の電気のスイッチに手をのばしかけると、
「あっ…付けるなっ」
ひどく、あせった声。
なにかに気づいて有無を言わせず、扉をあけ、細い姿をなかに引き入れる。
「 ! ………まこっっ !! 」
血相を変える、とはこういうことなのかと、貴明はどこかで思った。
何があったかなど訊くまでもない。
袖のはずれかけた学ランは泥だらけになり、Yシャツのボタンは千切れ、なかの、下着までひき裂かれて、肌はアザだらけになっている。
かすかな白い胸ふくらみに砂利のこすれた血のあと。
息も、つけない、怒り。
「 だれに、やられた…?!」
コロシテヤル、と。
押し潰したように絞り出す声が悪夢のように自分のものだとは、だから、必死になったまこに揺さぶられるまで気がつくこともできなかったのだ。
「落ち着けっ! …なにもなかったっ。おれ、だいじょーぶだから、たかっ!
…貴明…っ!」
そのまま飛び出して行きかねない勢いだった彼の腕を、はっと気づくと痛いほどぎりぎりの力で握りしめている。
「…ほん…とうに…無事だったんだな………?」
「うん。おれ、こんなことでダチが殺人罪なんてのは、やだからね」
きっぱり言い切られ、苦笑して、肩の力がぬける。
「…アホぉ… あんまし驚かせるんじゃない…」
抱きしめる。大切なものだから。
「 … たか … ?」
むきだしの胸が、スウェット一枚の彼のからだにあたり。
ながく触れていたら下種の仲間入りをしかねない。
すとんと、彼はつきはなした。
「風呂、わいてる。入ってこい」
「う、ん。」
ひと息ついたまこに茶だけ出して…見るからに恨めしそうな顔をしたがなにしろセンベイもないのだ…訊きだしてみた事情は、こうだった。