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文字数 2,161文字

「なんか、悪かったな」
「え?」
「よく分かってねーうちから、文句言ったり、余計な口出しして。悪かったよ」
「いや。ていうか。これまでの俺の言い分で納得して貰えたのが意外なんですが」
「…………」
 ……そう言われてみりゃ、そうかもな。落ち着いて考えたらこいつ中々駄目なことしか言ってない気もしてきた。

 けど。
「なんかこう。勇者なんだからもっとしっかりやれとか。そんな風に言われるものかと」
 やっぱりまあ、別に良いやと思った。
 こいつにもっと言うべきことはあるのかもしれないが、『今の文脈』はとにかく気に入らなかったから。
 こいつを批判するとそういうことになるなら、もういっそ受け入れてやれと。
「なんか、ついでだから聞いてもいいか」
「……はあ」
「急いで攻略したい理由って何なんだ。そもそも変に急ごうとしなきゃ、仲間と揉めることも無かったんだろ」
「あー……それは。ほら。俺が勇者ってことは、俺の町が、勇者の故郷になっちゃったじゃないですか」
「……なっちゃった?」
 これまた、妙な言い方だ。
 普通、地元が『勇者の故郷』となるのは大体歓迎されるものだ。
 この地から勇者を出す、と決められたときから、旅立ったばかりの勇者が正しく成長出来るよう、国連軍による入念な環境整備が行われる。強敵となりうる魔物はあらかじめ討伐されるわけだ。
 結果として、住民の安全が飛躍的に保証され、近隣の町との交易も抜群に安定する。その経済効果は凄まじく、魔王が復活する四年前には各国で凄まじい『勇者の故郷』誘致合戦が行われる──四年前なのは、勇者候補となり得る有望な青少年がどれほど居るか、が一番肝心だからだ。
「……俺の親父、武器屋でして」
「……あ」
「……頑固一徹、少しでもいい武器を鍛えようと日々黙々と鍛冶を研鑽してた親父が、今、ほそぼそとひのきの棒と棍棒を売る日々を送ってるんですよ」
 ……まあ、周辺にろくな敵が居なくなれば、武器屋の需要はそうなるわな。
「いや、分かってるんですよ。親父は能力試験で好成績叩き出した俺を褒めてくれたし、国だって俺を勇者にするってことの引き換えに補助金は出してくれてるんですよ。ただやっぱ……俺には隠そうとしてたけど、親父の背中がちょっと寂しそうなの……見ちゃって」
「伝承が、正しければ。魔王の居城に近づけば、その強力な魔素を耐え抜いた聖金属、オリハルコンが採れるじゃないですか」
「……親父に打ってほしくて」
「多分まだ補助金で、売り物にならないと思いながら腕を鈍らせないようにしてる親父が、自分の腕前に納得できるうちに」
「それは……まあ」
「……実現したら感動的な話になりそうだな」
 なんだろうな。オレのこの感想もズレてるのは自覚してるんだけどな。
 なんというか、それはオレにはどう言えばいいのか分からない話だった。
「……血が繋がってなくてもですかね」
 つい、って感じで、自虐的に言われた、そんな言葉が無ければ。
「やっぱり……ズレてるんじゃないか、って、思ったりします? 向こうは拾った子にそこまで思い入れなんかないかもしれないじゃん、とか。お兄さんも」
「…………」
「『最終的に言われたキツイ感じのこと』ってそれか」
「は。コミュ障の豆腐メンタルですみません」
「オレは、血のつながりなんざ心底くだらねーと思うぜ」
「忌々しいことにオレの親父は間違いなくオレと血が繋がってるらしいんだが。飲んだくれては殴る蹴るのロクでナシなんで有難味やら分かり合える気やらは一切合切欠片もねえ」
「……え。……あ」
「酒場で誤って隣の客を刺し殺して捕まってからの方がオレの生活はむしろ平和になったくらいだ。必死で道で拾い集めた金すら取り上げるやつが居なくなった」
「……お、おおう……」
「まあ、そんな親のせいでまともに雇ってもらえるところがなかったり、殺人鬼の息子なら死体も平気だろうとか意味不明の理屈でこんな役割を押し付けられたりはしてるが」
「なんかほんと……すみませんでした……」
「気にすんなオレが勢いで勝手に喋っただけだ」
「いやなんか……半端なことで不幸面してすみませんでした」
「そこでそう謝るなよ逆にみじめさが浮き彫りになるだろーが!?」
「あっ!?」
「気付かねえのかよ!? ここまで同情的に聞いてたけど、てめえ実際、喋るとわりと余計なこと言うやつだな!?」
「すいません。今後もよくわからない人とは『はい』『いいえ』だけ答える方針は守ってこうと思いました。まる」
「…………まあ、いいけどよ」
「……だからなんだったか……ああ、そうだな。血のつながりがどうこうだって?」
「別にいいんじゃねえの。実際血が繋がってようが分かり合えねえ親子が居るんなら、そんなもんなくても信頼し合える家族がいたっておかしくねえんじゃね」
「あー……ええと、はい。なんかちょっと、気が休まりました。ありがとうございます」
 微妙な反応だな。屁理屈だって気が付いてること誤魔化せてねえよコミュ障。
 まあつまり、屁理屈の自覚がオレにもあるんだけどよ。
 ……つくづく、オレはなんで、初めて会話するこんなやつを、必死で理解してやろうとしてるのかね?

 最初に、「死んできます」なんて淡々と言われた無機質な顔を見たときほど、致命的にどうしようもなく異質な奴なんだなとはもう、思ってねえんだけどよ。
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