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文字数 2,865文字

 ……あ。
 そうだ。そうだった。
 初めにこいつと話したとき、こいつ、なんつってた?
「……そういえば、お前結局、これから、どうすんだ」
「あー……まあ。そういえば。MP無いんで。今から引き返しても多分、死ぬしかないですので」
 ……だよな。
「オレはまだ。魔除けの霊水の効果中だし。勿論帰りの分も用意してる」
「……ぴったりついてくりゃ、生きて帰れるぞ」
「え。え……。えーと、それだと、あれだ。お兄さん、ただ働きになるので……いや、その」
「……もしかして、それよりも、俺がここで死ぬのいやだったりしますか」
「……別にオレは、お前の死体なんか何回も見てる」
「……けど正直、こうしてここで話すことになって。お前なりに感じてることがあるんだなってこと知っちまうと、死ぬのわかってて何も出来ずに待ってろってのも、な」
「…………」
「……ただ。こうも思った。オレはお前の言うことを理解してやる、って」
「……え?」
「お前が無茶な方法取ってでも早く攻略したいと思うことも。また仲間作るのは気が重いってのも。オレは。理解は、してやるよ」
「オレと一緒に帰ろうがオレに引きずられて帰ろうが、お前がロスする時間は一緒だな。なら『今回』も、可能な限り情報集めてから帰りてえってんなら、理解はしてやる」
「だからオレは、帰る方法もあるって教えてやっただけだ。お前が選べ。オレはどっちでもいい」
「…………」
「……分かりました」
「……生きて、戻ろうと思います。よろしくお願いします」
「いいのか。オレに気を使うこたねーぞ」
「はい。なんかこう、帰れるってわかったら、そういえばこのところ目覚めはずっと棺桶だったなってこと思い出したので」
「久しぶりにちゃんとお風呂入ってからお布団入って、目を覚ますのもいいなって、急にそんな気持ちになってきました」
 ああ。そうか。そういう……ことか。
 オレは、基本的に無茶やらかしてきたんだろう、そんな自分に特に疑問を持たなかったんだろうこいつが、今更こんなこと言い出すことについても、理解できる気がした。
 それから、何故オレが、柄にもなくこいつにこんなに気を使っているのか。
 要するに。オレもこいつも、自分がまともじゃない、ロクな存在じゃないってことに、自覚はあって。自分自身ですら、自分のことをまともに扱ってこなかったから。
『あとほら、お兄さん、優しそうだったから』
 だからこう、たまーに『人間扱い』されると。調子狂って。柄でもねえこと、する気になっちまうんだよ。
「……そうか。じゃあ、帰るか」
「……はい」
 そうして、オレたちは連れ立って歩きだす。
 空っぽの棺桶を、引きずって。
「あの、でも、そうすると非常に申し上げにくいことが」
「な、何だよ」
「多分、あと一回か二回」
「あ?」
「あのですね。この遺跡、多分もうすぐ攻略出来そうなんですが」
「でも、ボスを初見で倒せるかって言うと。流石に、そんなに自信は」
「なのでどうしても、あの、あと一回か二回は。お手数かけることに。なってしまうかと思われるのですが」
「……まあ、そりゃ仕方ねえよな。役割は役割だ。ちゃんと分かってる。そこはちゃんとやるから……まあ頑張れ」
「あ。はい。なるべく頑張ります」
 そんな、どうでもいい話なんかを、しながら。
「暖かい風呂と布団ってなら、ついでに、美味い飯でも食ったらどうだ」
「あー……。仲間と別れてから、そういうの、全然気にしてませんでしたね」
 気にしろよ、とは、これについてはオレもこいつを責められない。
 オレもそういえば、そういうのを気にする余裕は、なくしてることの方が多い。
「……どっかお勧めの店とかありますか」
「西通りのリグノー亭ってとこだな」
「ほほう。お勧めメニューは」
「オレみたいのがまともに入れはしねえからちゃんとしたメニューは知らねえ。残飯は美味かった」
「お、おおう……」
「……残飯、つってな。食わせてくれてたんだよ。オレみたいな奴にでも。気の毒がってくれる人は、居て。迷惑かけたくねえから、表には出られねえけど、皿洗いとか手伝わせてくれて駄賃くれて」
「……だから、」
「血のつながりなんざなくても、父親だと思いたい人が居るってのは、別に普通だし、お前は上手く行きゃいいな」
「……はい」
「まあそんなわけで、外食なんでそこしか知らねえやつのお勧めだが」
「……いや、そこにします」
「……兄さんも一緒にどうですか」
「……オレとお前が一緒に飯食ってるって、傍から見たらどういう気分だろうな」
「ちょっと面白そう」
「お前と違ってオレはこれからもここで暮らすんだよ! これ以上住民からドン引きされてたまるか!」
「むー。では、お持ち帰りとかして。宿で一緒に」
 なんでそこまでして野郎同士で飯を食わなきゃなんねーんだ。思わなくもなかったがまあいいか、と思ってしまったのは。
 そういえば、あの店からは残飯と言って押し付けられるだけで、ちゃんと金払って食ったことは無くて。今まとまった金があることを思い出したというのもあるが。
 多分一番的確に気分を表すならこうだ。毒喰らわば皿まで。
 そんなこんなで、オレたちは無事に遺跡を出て。
 町に帰って、風呂に入って、そしてリグノー亭の親父に飯を頼んで二人で食った。

 美味い飯を、食った。
 ああ、しみじみ、こういうことして無かったなと、思った。

 最初に勇者のやつを見たとき、ああなんて人間離れした奴だ、と思ったのに。

 なんのことはない、オレだって、自分を人間扱いなんて、してなかったんだと。
 その後、オレのもとには、一度だけ出動の時間が訪れた。
 ……けど。
「……初見で倒してんじゃねーか」
 オレが勇者の死体を拾ったのは、遺跡の魔素が明らかに下がったあと、ボスの部屋から引き返した形跡のある、その場所で。
 一応何気なく覗いてみたら、凄まじい死闘の跡がそこにあって。ああ、頑張ったんだな、と感じた。
 かくしてこの地の異変は解消され、勇者はまた旅立ち。そして監視塔から、勇者の居場所がオレの回収範囲から外れたことを知らされた。
 ……一先ずは、お役御免、だ。
 わざわざ勇者が引き返してこない限り、もうオレがこの任務を追うことも、あいつと会うことも……ない。

 それで、いい。
──数ヶ月後──
 何故かオレに、また勇者の捜索と回収が命じられた。例の遺跡で。
「な、に、やっ、て、ん、だ、てめえは〜〜〜!!!」
 オレが勇者を見つけたとき、勇者は元気に、今更この辺の魔物など敵ではないとばかりに絶賛無双中だった。
「いやあその。今攻略中の塔が、ほんとしんどくてですね。ほんと辛くなってきたら、昔の人間らしい会話と食事が恋しくなって」
「馬鹿かてめえは! そういうときこそまず親を頼れよ!」
「あー。親父とは、オリハルコンを見つけるまでは顔を見せたくないっていうか」
 答えられてから、我ながらツッコムところはそこじゃねーな、と思った。
 ああ結局、なんでオレは、こんな奴の世話を焼いてるんだか……。


 でもなんか、もうそういうもののような気も、少しした。
(後編、終了。完結)
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