Episode05: 影を求めて

文字数 1,313文字

 クロノス。
 神話で有名なこの名称だが、こと(・・)組織名称としての"クロノス"には、他にもいくつかの意味があると言われている。

 ――曰く、(むくろ)ノ巣。
 地中都市はさながら墓のようである――とでも言いたげだ。

 ――曰く、(くろ)ノ巣。
 (くろ)とは(あぜ)――田や湖、池といった水地と陸との境界を意味する。
 まさに水に沈みゆくフロントを象徴する名前だろう。


 ――そんなことを考えながら、俺はある作戦(・・・・)を決行しようとしていた。




 組織への背任行為、若しくは権力の濫用。
 そう受け取られても、おかしくはない作戦。

 その日――第二十二層が水没する一週間前、俺は組織に欠勤する旨を伝え、下層へとやってきた。

 目的は、この前のガキ達に会うことだ。

 検問に、名義を変えた職員証を提示する。

「調査員の方ですね。どうぞ、お通りください」
「(フン、ザルだな)」

 ここまで雑なチェックしかされないのであれば、ホンモノの職員証で良かったかもしれない。

 第二十二層に足を踏み入れる。
 相変わらず、酷い臭いがした。


 しばらく歩いていくと、以前と同じように笛が鳴り響き、ガキが集まってきた。
 狙い通りだ。

「げっ、あのときのオッサン」

 オッサン……か。
 俺とてまだ23だ。そんなに年食った覚えもないんだがな。

 俺が以前拳銃を持っていたのを思い出したのか、ガキ達が逃げようとする。

「ガキ、コレやるからちょっと待て」

 用意していたゼニを見せてやった。

「……?」
「ちなみに、俺はこういう人間だ」

 クロノスの職員証。別名義のニセモノだが、職業は偽っていない。
 ガキ達が首を傾げた。

「うーん、ボク文字読めないからわかんないや」
「オレも」

 仕方ないので、口頭で説明してやることにした。

「クロノスの人間だ」
「クロノ……ス?」

 ああ、そうか。
 こいつらは、生きることに必死で。
 自分達をこの境遇に捨て置いた組織(クロノス)の存在を知らないんだ。

 被支配層が恨むべき対象を知らない――。
 それは何だか酷く悲しいことのように思われた。


「まあいい、答えてくれたらゼニ(これ)をやる。正直に答えろ」

 そう言って、俺はある二人の名前を出す。

「武東結良と武藤慎司――この名前に聞き覚えはないか?」

「ムトウ……ユラと、ムトウシンジ?」
「オレは聞いたことない」
「ボクもない」

「そうか……」

 約束通りゼニを渡し、俺は下層を後にした。



*   *   *



 結局、ガキ達の中に俺の家族を知る者は居なかった。

 上層では一食分にもならない程度の額のゼニを、心から嬉しそうに、大事そうに握りしめたガキ達を思い出す。

「こんなもんで救えるんだな」

 隆弘じゃないが、俺にもアイツらを助けたい気持ちがあるらしい。

 それは、俺の中にあるなけなしの良心から来るものなのか、はたまた見捨てた弟妹(きょうだい)への贖罪からなのか。

 今の俺にはどちらとも判別がつかなかった。
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