Episode14: 地上の名残

文字数 1,217文字

「妹さん、見つかったのか! よかったじゃないか玲二」

 翌日、隆弘に昨日のアレコレを報告すると、まるで己の事のように喜んでくれた。

「まあな。だが……色々と隠してやがった義父がアレじゃあ何もわからず仕舞いだ」
「でもさ、とりあえず懸念事項がひとつ片付いたと思えばいいんじゃないの?」

 その通りかもしれない。
 義父のことはさておき、結良が生きていたことで慎二の生存に望みがもてるようになったのは事実だ。

「よし隆弘、今日は俺の奢りだ。飲みにいくぞ」
「え……、こんな真昼間から?」
「明日は早くから仕事なんだ」

 酒にはある程度強い自信はあるが、夜のバーはついつい飲みすぎる。
 早朝から出勤しなければならないとあっては、前夜に酔いつぶれるわけにはいかないのだ。

「ほら、行くぞ」


 昨晩、結良を連れてきたのと同じ、喫茶「天の川」にやってくる。
 店内は開店休業状態で、ほとんど客が入っていなかった。それもそうか、まだ昼間も昼間、午前10時を少し過ぎたところだった。
 カウンター席に着き、”お勧め”を二つ注文する。

「隆弘はこの店、前に来たことは?」
「初めてだよ。それより……ここって”喫茶店”だろう? なんで酒を扱ってるんだ?」

 普通、”喫茶店”の営業形態をとる店では、アルコールを提供できないことになっている。地上時代の法律の名残で、食品衛生法に引っかかるのだ。
 以前、俺が同じ疑問を店のマスターに聞いたことがあったのを思い出した。

「この店な、創業40年なんだ」
「へ~、……ん? ということはこのフロントができるずっと前からあるってこと?」
「そういうことだな。地上時代はそれこそ普通の”喫茶店”だったらしい。フロントに移ってきてしばらくした頃に客の要望でバーに変わったらしいんだが……」
「名前は変えなかったってこと?」
「そうだ」

 慣れ親しんだ名前を変えたくなかったのだろう。
 そして、マスター曰く「いつか地上に戻れる日が来るように、願掛けの意味もある」のだそうだ。

 ”天の川”。
 地下数百メートルという地点にあるこのフロントからは、それ(・・)見ることはできない。
 人々が再び空を見上げる日は来るのだろうか……?


 暫く談笑していると、注文の品が出来上ったようだった。

「お待たせ致しました」

 本日の”お勧め”は、ブランデーだった。
 白葡萄をベースにした、地上時代に作られた一品だそうだ。
 値段が大変なことになっていそうだが……二品目からは安酒で済ませればいいだろう。

「それじゃあ……乾杯」
「乾杯」

 グラスを手の平で包み込む。こうして少し暖めてやると、香りがより引き立つ。
 ひとまずは昼まで、隆弘とゆっくり飲むことにした。
 つかのまの平和(・・・・・・・)ってやつだ。
 色々とありすぎた数日の疲れが、やっと飛んだような。そんな気がしていた。
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