第3話

文字数 2,027文字

詩緒ちゃんとの夜のファミレス会は結局、三回ほどしか実現しなかった。たくさんの貸していた漫画と、引っ越しをすることが書かれた手紙を受け取って、夢のように楽しかった時間はあっけなく終わりを迎えた。加えて、ななちゃんに漫画を描こうとしていることがばれたことにより、最近では困ったことが起き始めていた。
 トントン。今夜も、力強くドアをノックする音が聞こえる。
「お姉ちゃん! いるの?」
「いるけど……」
 慌ててガサガサと机の上を整理していると、わたしの返事をすべて聞き終えることなくななちゃんが問答無用で部屋に入ってきた。すたすたと部屋の中央を横切り、ベッドのそばの定位置に腰をおろす。そのままななちゃんは、体育座りをしてぼんやりとわたしや本棚を見つめた。
 またか。
 詩緒ちゃんの手紙を読んだ次の日から、ななちゃんは寝る前にかならずわたしの部屋に入ってしばらく時間をつぶすようになった。夏休みだから暇だということもあるのだろうけど、それにしたって、用事もないのに部屋にずっと入られても、こちらも困ってしまう。いくらばれてしまったからといって、ななちゃんの前でおおっぴらに絵を描いたりお話づづくりをすることは、気持ちの上で抵抗があってできない。ちょっとでも描いているものを見られるかも、と思うと、心臓がせわしなく動き始めて、わたしはそわそわと自分の部屋にいるのに緊張してしまう。夜の散歩に出たいけれど、ななちゃんがいるから部屋から出ていくわけにも行かない。
「あのぉ……ななちゃん」
「なに」
「あのね、もし、何か用事があるなら、教えてほ」
「用事は特にない。でも邪魔しないから。静かにしてるから」
 それでもなんか文句あるの? と挑むように見上げられると、もう、それ以上は何も言えなくなってしまう。
 元から、わたしは妹に甘いのだ。妹に強く望まれるとそのとおりにしてしまうし、なんだかんだ、ななちゃんが嬉しそうに笑ってくれている顔を見ることができれば、大抵の不満はすべて水に流れてしまう。
 そこにいてもいいから、せめてななちゃんが笑っていてくれたらな……。
 詩緒ちゃんからの手紙を受け取った日から、ななちゃんはずっと機嫌が悪いように見える。わたしがななちゃんになにかしてしまった覚えはない。詩緒ちゃんの手紙に、なにか言われたくないことでも書かれていたんだろうか。
ななちゃんのことに思考をとられながら、進まないお話やキャラクター作りに嫌気がさしてきた。それでも、なんとなく手を動かしていると「ねえ」と真後ろで声をかけられた。
「はい⁉」
 気づくと、ななちゃんは立ち上がって、わたしの真後ろまで来ていた。
「えっ。あ、うん、なに……急に話しかけられるとびっく」
「いつからやってるの?」
「え?」
「このアカウント、いつからやってるの?」
 ななちゃんが自分のスマホにうつしていた画面は、明らかにわたしの投稿サイトの、わたしのページだった。おそらく、詩緒ちゃんからの手紙に、わたしのアカウント名が記載されてあって、わたしのページがわかったんだろう。ななちゃんの指がスマホをスクロールする。わたしが描いたイラストがずらずらと出てくる。
「確か去年のクリスマスプレゼントに、ペンタブ? だっけ? パソコンで絵を描くやつをもらってたよね? あのときから?」
 自分のイラストページを他の人のスマホから眺めるのはすごく恥ずかしい。わたしは目線を泳がせながらななちゃんの質問の答えを探した。
「ええっと、クリスマスにもらって、でも受験だから全然できなくて。受験終わってからしばらくペンタブで描く練習をして、それからだから……投稿し始めたのは3月くらいかな……。でも頻繁に投稿するようになったのは、もっと最近だよ」
「漫画は? 探してるけど、漫画はないよね? 絵しか投稿してないよね?」
 ぎくっとする。ななちゃんが受け取った詩緒ちゃんの手紙に、なんて描いてあったのかはわからない。でも、詩緒ちゃんのことだ。きっと盛った内容は書いていないはず。
 だったら、わたしはここで正直に話すしかない。妹の前で嘘をついたってしょうがない。
「実はまだ、漫画は一つも描けていなくて。描いてみたいから、今がんばっていろいろ考えてる最中という感じで……。なんとか、形にしたいとは思ってるから、毎日、机にむかっているんだけど。なかなか……」
 言ってしまった。
蚊のなくような声でやっとのことで言いおえて、ぎゅっとこぶしを握った。ななちゃんの顔はとてもじゃないけれど見られなかった。
はあ、とななちゃんが深く息をはく音が聞こえた。
「……なぁんだ。……やっぱり、みっくんの言うとおりだ」
 なぁんだ、という言葉が、黒々とした鋼のように重たい言葉に聞こえた。ぐっさりと言葉に刺されたような痛みにしばられ、わたしは体を動かせない。ななちゃんの顔を見上げることができない。
 ななちゃんは「わかった」と最後に言うと、わたしの部屋からパタパタと出ていった。
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