第10話

文字数 5,084文字

コウルとエイリーンを乗せたポムたちは、なかなかの速度で海の上を飛行していた。

「船とはまた違う景色ですね」

「うん。あと、ポムってこんなに速く飛べるんだ」

「ポムー!」

得意げに鳴くポムたち。二人はそれぞれ、乗るポムをなでる。

そのお礼のようにポムたちはさらに速度を上げ進む。

そしてあっという間に、東の大陸に到着した。

他の人間に見つかるとマズイと思い、港から少し離れた浜辺に降り立つ。

「ありがとうございます、ポムさん」

礼を聞くと、ポムたちは飛び帰っていく。

「またいつか、会いに行きたいですね」

「そうだね。カーズを止めて、それからまた行こう。ポムたちの島に」

ポムたちに手を振りながら、コウルたちは誓うのだった。



そこからコウルたちは、地図を頼りにさらに東へと向かう。

数日。数十日。町々を通り、そして、迷いの森に一番近い村にたどり着いた。

「ここで買い出しと情報収集をしよう」

「はい」

食料を補充し、村の人たちに話を聞く。

「迷いの森? ああ、あの森な。迷いの森っていうか……追い出されるんだよなあ」

「追い出される?」

「そう。森に入ってどっちに進んでも、追い出されるようにこっちに戻ってきちまう。

森で迷うどころか、気づいたら森の入り口だ。行くっていうなら止めないが……無駄骨だと思うぜ?」

村人たちは皆、だいたい同じことを言う。

しかしコウルたちは行くしかない。マスターの言葉を信じて。

村から一番近い森の入り口に、二人は立つ。

そこはたしかに、深く霧で奥が見えない迷いそうな森であった。

「じゃあ、いくよ」

森の中へいざ一歩。

霧で前が見えづらく、木々が多くてまっすぐ歩いているかもわからない。

コウルとエイリーンははぐれないように手をつなぎ、ゆっくりと進むが……。

「あれ……?」

「あ……」

村人の言う通り、二人は森の入り口に出ていた。視線の先にはその村の影が見える。

二人はもう一度入りなおしてみるが結果は同じ。また入り口に戻される。

「どうしましょう?」

「そうだ、目印をつけてみよう」

再度森に入る二人。

今度は入ってすぐに、コウルが近くの木に剣で傷をつける。その後も、少し進むたびに木に傷をつけていく。

そして――。

「……ダメでしたね」

「いや、次が本番だ」

入り口に戻っても、今度は木の傷という目印がある。

先ほどとは違う行き方をすればいい。コウルはそう思っていた。しかし……。

「あれ?」

コウルはさっそく戸惑う。入ってすぐの木につけたはずの傷が見当たらない。

「この木……だったよね?」

「そのはずですが……」

周りの木をいくつか見る。木に傷はひとつも見当たらない。

仕方なく先へ進んでみるが、ひとつも木に傷は見当たらず、また入り口へ戻される。

二人は一度村に戻ることにした。

「お、旅人さん。おかえり」

「どうも……」

村人はわかりきっていたといわんばかりの様子で、二人を出迎える。

コウルは疲れた表情で返事をし、宿屋に向かう。

宿の一室で、コウルは布団に寝ころびながら「どうしよ……」と呟くしかない。

「ジン様が何か残していませんか?」

地図には迷いの森としか書いていないが、他に何かあるかもしれない。

コウルは起き上がると、ジンの手記を取り出しページをめくる。

「えっと……これだ」

『迷いの森で彼に会うのならば、森に入り魔力を高めること』

「魔力を高める……?」

森の前で戦闘態勢に入れということだろうかと、コウルは思う。

だが、書いてある以上、これを試すしかない。



翌日、二人は森の中に入ると、最初の木の前で魔力を集中し始めた。

「はああ……!」

「……」

コウルは気合を入れるように、エイリーンは精神を集中するように、魔力を集中する。

すると――。

「あ……!」

二人の魔力に反応するかのように木々がざわめきだすと、道を作るように木が左右に動いた。

できた道を二人は奥に進む。

しばらく歩くと目の前に家のような物が見える。

「ここが……」

小さな家。周りは木々が退き、広場のようになっている。

二人が着いたのを確認したかのように、道を作る木々はまた元の位置に戻っていく。

その様子を見ていると、家の扉が開いた。

「……来たか」

出てきたのは、マスターに負けず劣らずの長身の男。

黒の長髪、鋭い眼、激戦を繰り広げてきたかのような身体の傷。

その威圧感にコウルは少したじろぐ。だが、エイリーンは別のことを考えていた。

(この感じ……?)

男は二人を見る。一瞬その鋭い瞳が優しくなったが、二人は気づかなかった。

「は、初めまして。コウルといいます」

「エイリーンです」

「俺は……『リヴェナール』。『リヴェル』でいい」

男、リヴェルは『入れ』と家に招く。

「さて、コウル。マスターになんと言われて来た」

「ここにくれば力が手に入ると……」

「ふぅ……。そんな簡単なわけがないだろう」

「えっ!?」

せっかく長旅で来たのに、力が手に入るわけではない。コウルは落ち込む。

「勘違いするな。簡単にはと言っただけだ。力は手に入る」

そう言ってリヴェルは壁に向かって魔法陣のようなものを描く。

すると壁に突然、光の扉が現れた。

「コウル、お前に課す修行だ。この扉をくぐり、またここに戻ってこい」

コウルは扉を見ながら「修行かあ」とため息をついた。

「そんな簡単に力が手に入るわけがないだろう。最初から最強。最初から万能。そんなものは神だけだ」

「あなたやマスターさんも?」

「無論だ」

それを聞いてコウルは覚悟を決め、扉に手をかける。

後ろからエイリーンがついて行こうとするが――。

「ダメだ。ここはコウル一人で行ってもらう」

「えっ、そんな……!」

一緒に行く気でいたエイリーンは驚く。

「これは、コウルを鍛える場所だ。きみは『神の塔』まで待つんだな」

「……わかりました」

「じゃあ、行ってくる」

コウルが入っていくと、扉が光を放ちながら閉じていった。

「……」

「……」

エイリーンとリヴェルが二人きりになり、沈黙が訪れる。そんな中エイリーンはそっと口を開いた。

「リヴェル様。あなたは何者なのですか」



扉を抜けたコウルの目の前は、まるで別の場所だった。

「どこ、ここ」

コウルは周りを見回す。島のようだがどこかはわからない。入ってきた扉は消えていた。

とりあえず進んだコウルの前に、看板が立っていた。

「右でいいんだよね?」

看板に従い進むコウル。その前方には――そびえ立つ崖。看板には『上』と書いてある。

「これを登れと?」

崖登りなどしたことがあるわけがないコウル。しかし登るしか道はない。

魔力を集中し身体に巡らせ、登り始める。しかし少し登ったところでコウルは一度降りる。

「握力が足りない……」

握力が続かず長い崖を登り切れない。コウルは少し登っては降りるを繰り返す。

数時間は昇り降りを繰り返しただろうか。コウルはだんだんコツを掴めてきた。

「手のひらの方に魔力を多めに集中すれば……!」

コウルは以前ジンが言っていたことを思い出した。

『魔力を自由に体に巡らせて、腕を強めにしたり、足を強めにしたりできる』

コウルは再度、崖を登り始める。腕、そして手のひらに魔力を回していることで、力の感覚が変わっているのがわかる。

はや、数時間。コウルはなんとか崖を登り切った。しかし――。

「まだ、最初かあ」

そう、崖は最初に過ぎなかった。まだまだ道のりは長い。



「リヴェル様。あなたは何者なのですか」

「何者……とは」

エイリーンはリヴェルに会った時からある感覚があった。

「何となくですが、今の私には人の魔力の感じがわかります。

何故、コウル様の魔力と貴方の魔力の感じは全く同じなのですか?」

「……」

リヴェルは黙ったまま空を見上げる。

「教えて……くれませんか?」

エイリーンの輝く瞳がリヴェルを見つめる。

その瞳にリヴェルは息を吐き呟いた。

「その瞳には弱いんだよなあ」

その声は今までと違い少年のような声だった。



コウルは崖を越え、様々な試練を越え修行の終盤に来ていた。

そこは広い試合場のようだった。

「これで……最後?」

試練を越えたコウルは傷だらけで疲労困憊。

この試練を突破するのもギリギリになりそうであった。

すると、コウルの目の前に魔力が集まっていく。

「これは――!」

出現したのはコウルの影。最後の試練は自分との戦いだった。

影が剣を振りかざしコウルに迫る。コウルも剣を抜き、その攻撃を受け止める。

力は互角。だが影と違い、コウルは疲労で少しづつ押され始める。

「っ!」

だがコウルはあきらめない。乗り越えてきた試練。その全てを思い出す。

(魔力を足に大きく集中……!)

影が再び剣を振るう。

しかし、コウルは既にそこにはいない。

「こっちだ!」

一瞬で影の背後に回り込んでいたコウル。足に魔力を集中したことでコウルの速度はいつも以上に速くなっていた。

影が攻撃を防ごうと剣を出すする。だがそれも意味はなかった。

(両腕に魔力を集中!)

いつもより腕に魔力を集中させた一撃。

その威力は影の剣を折り、そのまま影を切り裂いた。

「はあ……はあ……。これで終わりかな?」

影が消える。すると試合場の先に光が放たれ、入ってきた時と同じ扉が出現する。

コウルはその扉を開けて帰っていった。



「――という訳だ」

その頃、エイリーンはリヴェルの話をずっと聞いていた。

リヴェルの過去。リヴェルの存在そのものを。それを聞いたエイリーンは驚きの表情であった。

「この話はコウルには秘密だ。いいな?」

「……はい」

ちょうどその時だった。

扉が出現し、コウルが戻ってきたのは。

「ただいま」

コウルがエイリーンに声をかける。

エイリーンはなんともいえない表情でそれを出迎えた。

「どうしたの?」

「い、いえ。なんでもないです!」

エイリーンの慌て方に疑問を浮かべるが、とにかく修行の報告をすることにする。

「戻りました。リヴェルさん」

「ああ」

リヴェルはコウルを見定める。

「魔力の巡らせ方を覚えてこれたようだな」

「はい」

「よし、最後の試練だ」

「えっ」

コウルは驚く。あの修行以外にまだ試練があることに。



家の外に出るとリヴェルは木刀をコウルに差し出す。

「最後の試練は、俺から一本取ることだ」

リヴェルが木刀を構える。コウルも木刀を構えた。

「いきます……」

コウルが跳躍する。影との戦いで見せた、足に魔力を込めた高速移動。

リヴェルの後ろを取ると木刀を振り下ろす。

だがリヴェルは読んでいたかのように振り向くと、コウルを弾き飛ばした。

「ぐっ……」

「いい速さになった。だがまだまだだ」

リヴェルは突き付ける。まだ上があることを。

コウルは考える。そしてもう一度、踏み込んだ。



数分間打ち合うが、コウルの攻撃はかすりもしない。

「お前はまだ正道にこだわりすぎている。もっと卑怯になれ!」

リヴェルはコウルの攻撃をかわしながらも適度にアドバイスを送っていた。

コウルはそれに従い、少しずつだが確実に攻撃を近づけていた。

そして――。

コウルは再び跳躍し回り込む。

「その手は最初に無駄だと――!」

だがコウルは真後ろにいない。少し離れた位置にいる。手には木刀がない。

するとリヴェルの頭を木刀がかすめる。コウルは木刀を投げたのだ。

「これでも……いいですよね?」

「ああ、そうだな」

ここにコウルは最終試練を突破した。



「ありがとうございました」

試練を突破し力を得たコウル。次はエイリーンのため神の塔へ向かう。

コウルはリヴェルに礼を言うと森の外へ向かう。

エイリーンもリヴェルを見ると礼をし、コウルを追った。

「……コウル。エイリーンをきちんと守れよ。俺のようにはなるな」

残ったリヴェルの声は風の音とともに消えていくのだった。
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