第23話 9月の別れ
文字数 1,904文字
今日は8月31日。ベッドで惰眠をむさぼっているシンジは、スマホの着信音で目が覚めた。
「もしもし、ケイコ?」
「シンジ、朝早くごめんね。今日会う時間を早め、場所も変更してほしいの」
高校2年生の2人はクラスメイトで、つい最近付き合い始めたばかりである。
今日は高校の自習室で、夏休みの課題を一気に仕上げる約束をしていたのだ。
「ああ、いいよ」
1時間後、2人は最寄り駅で落ち合った、
いつものアロハシャツにビーチサンダルのシンジに対して、ケイコはいつもはすっぴんで、髪は後ろで無造作に束ねるだけなのだが、今日は顔もヘアーもばっちりメイクしている。白いのワンピースの胸元からはシンプルなネックレスが光る。
シンジは一瞬茫然として、これまでの清楚なケイコが、いきなり蝶のように大人の女性として羽ばたいているような様子に眩暈を感じた。
言葉をなかなか発しないシンジに対して、ケイコは頬を染めた。
通り過ぎる男性も、ケイコをチラ見している。
我に返ったシンジは、正直に言った。
「ケイコがいきなり、こんなに綺麗な格好で来たんで、驚いたんだよ。オレ、こんな格好じゃいやだろう?」
「いいのよ。今日は、2人で思いっきり遊ぶからね」
普通の男子であれば、ここで、「どうして」という言葉が返って来るだろうが、そんなことは言わず、ニコニコとケイコの希望通りについてきてくれるのが、シンジの最大の美点だと、ケイコは感じていた。
1日のスケジュールはケイコが分刻みで、びっしりたてた。
鎌倉、江ノ島、水族館、湘南海岸…
ディナーはホテル最上階のレストラン。デザートを食べ終え紅茶を飲みながらシンジが言った。
「もうそろそろ帰らないと、終電に間に合わないぞ」
「今日は帰らない。部屋を取ってあるのよ」
ケイコは顔を真っ赤にし、ルームキーを握りしめる。
部屋に入った2人は共に初体験なので、スマホで人気沸騰中の動画『初体験の2人が失敗せず、同時に絶頂を迎え忘れられない夜にする方法』を真剣に学習してから行為に及んだ。
多少まごついたが、シンジはしっかり避妊具を装着し、心のこもったキスから、優しい前戯を決して急がずに行う。ケイコも最初はすこし痛みを感じたが、それはほどなく快楽へと変わっていった。シンジは先に果てる寸前で天敵の担任女教諭の怒り顔を思い出して何度も我慢し、めでたく2人同時にフィニッシュした。
ケンジに腕枕してもらっていたケイコは、余韻に浸りながらも涙が溢れてきた。
「ケイコ、どうしたんだ?」
「シンジとこうしていられるのも、あと30分なの」
ベッドサイドの時計は11時30分を表示している。
「そうか。あの噂って本当なんだ。地球上の食料、エネルギーがどんどん枯渇していく為、毎年8月31日に全人類から無作為に選択された3%の人が抹消され、関わった人々からの記憶からも消え、存在しなかったことになるって」
ケイコはこくりとうなずく。
「一般市民は、抹消者リストの存在は知らないんだけど、ワタシのパパがこのプランの日本の責任者で、今年のリストを見てしまったの」
シンジは、無言でケイコを抱き寄せ、何度も何度も唇を重ねた後、
「ケイコ、愛している。あと20分だけど、その時は2人夢の中にいよう」
そして、3分もしないうちに寝息を立て始める。
間もなく抹消されるのが、2人のうちどちらなのか、問わないシンジがさらに愛おしくなった。
ほどなくケイコも眠りに落ちた。
◇◇◇◇
目覚めると、ベッドサイドの時計は9月1日6時19分を表示している。
(えっ、ワタシ、何でこんなところにいるの?)
8月31日の記憶がまったの欠落しているのだ。
ケイコは、急いで身支度して、ホテルをチェックアウトした。
朝帰りは初めてであるが、両親はなにも言わず、ケイコは大急ぎで着替えて高校に向かった。
「ケイコおはよう」
「おはよう」
「ケイコ、なんかあったの? いままでと雰囲気が違う」
勘の鋭い親友のミキの追及を適当にはぐらかしたが、退屈な漢文の授業中にケイコはまったく記憶がない昨日で、唯一うっすらと体が覚えているあのなんともいえない灼熱感を反芻して、人知れず身悶えした。
ホームルームの時に担任の教諭が言った。
「おかしいわね。机と椅子が1組余っているワ。学級委員長、悪いけど誰かに手伝ってもらって、備品室に片付けて」
「はい。わかりました」
「ワタシ手伝いま~す」
さっそくミキが手を挙げる。
備品室に机と椅子を運んでいる途中、ケイコは何故かとめどなく涙がこぼれ落ち、止まらなくなってしまった。
「やっぱり、なにかあったのね。よしよし」
ミキは、ケイコを抱きしめた。
おしまい
「もしもし、ケイコ?」
「シンジ、朝早くごめんね。今日会う時間を早め、場所も変更してほしいの」
高校2年生の2人はクラスメイトで、つい最近付き合い始めたばかりである。
今日は高校の自習室で、夏休みの課題を一気に仕上げる約束をしていたのだ。
「ああ、いいよ」
1時間後、2人は最寄り駅で落ち合った、
いつものアロハシャツにビーチサンダルのシンジに対して、ケイコはいつもはすっぴんで、髪は後ろで無造作に束ねるだけなのだが、今日は顔もヘアーもばっちりメイクしている。白いのワンピースの胸元からはシンプルなネックレスが光る。
シンジは一瞬茫然として、これまでの清楚なケイコが、いきなり蝶のように大人の女性として羽ばたいているような様子に眩暈を感じた。
言葉をなかなか発しないシンジに対して、ケイコは頬を染めた。
通り過ぎる男性も、ケイコをチラ見している。
我に返ったシンジは、正直に言った。
「ケイコがいきなり、こんなに綺麗な格好で来たんで、驚いたんだよ。オレ、こんな格好じゃいやだろう?」
「いいのよ。今日は、2人で思いっきり遊ぶからね」
普通の男子であれば、ここで、「どうして」という言葉が返って来るだろうが、そんなことは言わず、ニコニコとケイコの希望通りについてきてくれるのが、シンジの最大の美点だと、ケイコは感じていた。
1日のスケジュールはケイコが分刻みで、びっしりたてた。
鎌倉、江ノ島、水族館、湘南海岸…
ディナーはホテル最上階のレストラン。デザートを食べ終え紅茶を飲みながらシンジが言った。
「もうそろそろ帰らないと、終電に間に合わないぞ」
「今日は帰らない。部屋を取ってあるのよ」
ケイコは顔を真っ赤にし、ルームキーを握りしめる。
部屋に入った2人は共に初体験なので、スマホで人気沸騰中の動画『初体験の2人が失敗せず、同時に絶頂を迎え忘れられない夜にする方法』を真剣に学習してから行為に及んだ。
多少まごついたが、シンジはしっかり避妊具を装着し、心のこもったキスから、優しい前戯を決して急がずに行う。ケイコも最初はすこし痛みを感じたが、それはほどなく快楽へと変わっていった。シンジは先に果てる寸前で天敵の担任女教諭の怒り顔を思い出して何度も我慢し、めでたく2人同時にフィニッシュした。
ケンジに腕枕してもらっていたケイコは、余韻に浸りながらも涙が溢れてきた。
「ケイコ、どうしたんだ?」
「シンジとこうしていられるのも、あと30分なの」
ベッドサイドの時計は11時30分を表示している。
「そうか。あの噂って本当なんだ。地球上の食料、エネルギーがどんどん枯渇していく為、毎年8月31日に全人類から無作為に選択された3%の人が抹消され、関わった人々からの記憶からも消え、存在しなかったことになるって」
ケイコはこくりとうなずく。
「一般市民は、抹消者リストの存在は知らないんだけど、ワタシのパパがこのプランの日本の責任者で、今年のリストを見てしまったの」
シンジは、無言でケイコを抱き寄せ、何度も何度も唇を重ねた後、
「ケイコ、愛している。あと20分だけど、その時は2人夢の中にいよう」
そして、3分もしないうちに寝息を立て始める。
間もなく抹消されるのが、2人のうちどちらなのか、問わないシンジがさらに愛おしくなった。
ほどなくケイコも眠りに落ちた。
◇◇◇◇
目覚めると、ベッドサイドの時計は9月1日6時19分を表示している。
(えっ、ワタシ、何でこんなところにいるの?)
8月31日の記憶がまったの欠落しているのだ。
ケイコは、急いで身支度して、ホテルをチェックアウトした。
朝帰りは初めてであるが、両親はなにも言わず、ケイコは大急ぎで着替えて高校に向かった。
「ケイコおはよう」
「おはよう」
「ケイコ、なんかあったの? いままでと雰囲気が違う」
勘の鋭い親友のミキの追及を適当にはぐらかしたが、退屈な漢文の授業中にケイコはまったく記憶がない昨日で、唯一うっすらと体が覚えているあのなんともいえない灼熱感を反芻して、人知れず身悶えした。
ホームルームの時に担任の教諭が言った。
「おかしいわね。机と椅子が1組余っているワ。学級委員長、悪いけど誰かに手伝ってもらって、備品室に片付けて」
「はい。わかりました」
「ワタシ手伝いま~す」
さっそくミキが手を挙げる。
備品室に机と椅子を運んでいる途中、ケイコは何故かとめどなく涙がこぼれ落ち、止まらなくなってしまった。
「やっぱり、なにかあったのね。よしよし」
ミキは、ケイコを抱きしめた。
おしまい