第13話 亡き祖母が祖父に明かさなかった嘘

文字数 1,780文字

 今日は、父方の祖母の命日であるが、遠いところわざわざ毎年家族全員で来なくてもいいよという、祖父の言葉に甘えて、父と母、兄、私が順番で墓参りをすることになった。今年は、私の順番である。夜に遺影を囲んで、飲むのも恒例だ。

「おじいちゃん、おばあちゃんとの馴れ初めの話を聞かせてよ」

 祖父がほろ酔いになったころに、話に水を向けると嬉々として語りだすのも、いつものことだ。


 ◇◇◇◇

 祖父マサオが入っていた製造工場の独身寮は、1部屋2人の相部屋であった。マサオは3年入社年次が上のアツシと同室である。あの日は給料支給日で、2人はいきつけのスナック『岬』につけの清算も兼ねて出かけた。
 ママを除くとホステスさんは3人だが、アツシはそのうちの1人のヒロミがお目当てである。彼女はスタイル抜群のうえパッチリお目目の美形で、鼻がもうちょっと高ければ、ミス〇〇に出てもおかしくないレベルである。ヒロミもアツシには特別な感情があるらしく、入店すると他の客そっちのけで、アツシの横にべったりと座るのが恒例である。マサオの相手は、残りのうち1人がしてくれるが、その日はシズエという地味な女の子が隣に座った。

「実は俺、来月滋賀の工場に転勤することになった」

「キャー、そんなぁ、アックン、ワタシも連れてって」

 ヒロミはマジに泣き顔になった。だけど、マサオは知っていた。アツシには社内恋愛の彼女がいて、転勤後まもなく結婚するらしい。それからは、アツシの送別会モードとなり、ヒロミがずっと泣いているのを、アツシが「一緒に行こうか」とか適当な事を言っていた。閉店時間となり、アツシはべろべろなので、タクシーを呼んで帰ることになった。

「それじゃあ、アックン、日曜日約束よ」

「わかった。必ず行くよ」

 マサオは、アツシとヒロミが店が休みの日曜日に店外デートの約束をしているのを、半ば呆れた。

(困った先輩だ。婚約者がいるのに)

◇◇

 ヒロミとの約束の日曜日に、アツシは一向に出かける様子を‎見せずに、テレビのお笑い番組を見て笑っている。

「先輩、もうそろそろ出ないとヒロミさんとの約束の時間に間に合いませんよ」

「なにそれ?」

 マサオはヒロミとの店外デートの約束の事を話すと、アツシは真っ青になった。

「覚えてね~。まずい。もし2人でいるところを、工場の誰かに見られたら、すぐ噂になる」

 ガラケーすらない時代で、ヒロミの自宅の電話番号も判らない。

「マサオ。頼むから、代わりに行って来てくれ」

「えー、勘弁してくださいよ」

「頼む!」

 マサオは渋々、ヒロミとの待ち合わせの喫茶店に出向いた。約5分遅れで店内に飛び込むと、ヒロミらしき女性はいない。

「マサオさん」

 見ず知らずの女の子より声を掛けられた。よく見ると、スナック『岬』のシズエである。服装からして店で着ているのとは雰囲気が全く異なり、清楚な佇まいなので、気が付かなかった。聞けば、ヒロミも急用でこれなくなり、代わりにシズエが来たとのこと。2人はヒロミが料理まで予約していたレストランに、せっかくだからと入り、食事しながら会話を楽しんだ。
 シズエは、昼に専門学校に通っており、その学費の為に夜、働いていたとのこと。その専門学校も、もうすぐ卒業で就職も決まったので、夜の仕事はマサオ達が訪れた日で辞めたことなどを語った。その後、場所を居酒屋に移したが、共通の趣味があると判り2人はすっかり意気投合した。そして、次に会う約束と連絡先を交換して別れた。
 寮の部屋に入ると、アツシはすでにいびきをかいて寝ていた。

(なんて人だ。でも、まあいいか。シズエさん可愛かったなぁ)


 ◇◇◇◇


 祖父はここまで語り終えたころで、もうすっかり眠そうな顔になっているので、布団に寝かしつけた。幸せそうな寝顔である。

 実は、生前祖母から聞いた話は、少し違っていた。家族でも、私にだけ打ち明ける秘密とのこと。

 シズエは、たまに来店するマサオに対して真剣に好意を寄せていることを、先輩ホステスのヒロミに見抜かれてしまう。おせっかいなヒロミはアツシに相談し、2人をくっつけようと、あの日の替え玉デートのお膳立てをしたというわけだ。
 シズエは、この嘘をマサオに白状しないまま旅立った。

 寝息を立てる祖父の傍ら、祖母の遺影を見ながら、私はおせっかいなヒロミさんアツシさんに今年も感謝した。

 おしまい
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