第19話 俺の髪の毛は紅葉する

文字数 3,365文字

 某大学の経済学部に通う俺は、11月末頃に、大学内で注目の的となる。

「あの頭みろよ。噂には聞いてたけど、凄い色だな」

「ホントに、モミジ色の見事なグラデーション!」

「経済学部の2年生で、ケンジっていうらしい。だけど、見頃は今週いっぱいで、あとは…やべえ、睨まれた。いこうぜ」

 俺は学食で大盛メンチカツ定食を食べていたが、俺の真っ赤に色づいた髪をチラチラ見ながらヒソヒソ話してる奴らにイラついた。まあ、いつものことだが。

 俺は6月生まれだが、生まれた年の10月下旬に髪の毛が赤くなり、両親はビックリして小児科に駆け込むと、皮膚科に行くよう言われ、皮膚科の医師も首をひねるばかり。
 そこで、都内の大きな病院にも行ったが原因不明と言われたらしい。そうこうしているうちに、12月に入ると赤毛は全部抜けスキンヘッドになり、その後3月の終わり頃黒い産毛が生えてきた。次の年も同様になったことで、両親はこれは特異体質であり、病気ではないと信じることにした。
 そう、俺の毛髪は紅葉する落葉樹のモミジの葉と同じ1年をたどるのだ。
 小・中・高と、俺の頭の毛が紅葉し抜け落ちる様子は、当然からかいの的となった。ケンジという名前がありながら、いつも、「コーヨー」と呼ばれる。
 事情を知らない教員にも、「真っ赤に染めるとは怪しからん」と勘違いされ、面倒くさかった。
 さすがに大学になると赤毛に染める奴もいるので、それほど目立たなくはなったが、この色合いが良いらしく、じっと見られたり、声を掛けられたりすることがある。
 今日も、めんどくさそうな奴がきた。白衣を着た黒縁眼鏡・黒髪・ポニーテールの女子だ。

「コーヨー先輩。私は理学部1年のミナです。お話があります」

「ヒュー、ヒュー、コーヨーとうとう告られるのか!」

 周りの連中にからかわれ、俺はミナを屋外の席に連れ出した。よく見ると俺好みの可愛い顔じゃないか。これって、やっぱり告白だよな。
 ミナは、頬を赤らめながらも、俺の目を真っすぐ見て言った。

「先輩の髪の毛を研究させてください」

「えっ? どういう事?」

「先輩の髪の毛は、モミジと同じように、赤くなり抜け落ちて生え変わるそうですね。それを科学的に究明したいんです」

「なんだよ。モルモットか? で、どうすりゃいいの?」

「すでに紅葉まっさかりですから、週2回頭髪と頭皮の状態を観察・測定させてください」

 期待しただけに、ガックリきた俺は、ぞんざいな口調になった。

「めんどくせえなあ」

「そのかわり、お弁当を作って来ますんで」

「モルモットの餌づけか。わかったよ」

 俺は、半ば投げやりにオーケーした。

 その後、ミナとは週2回昼飯を一緒に食べ、そのあとモルモットになった。
 幸いミナのお弁当は美味かった。それを褒めると、

「実は、まだお母さんに手伝ってもらってるんです。一人で作れるようにがんばります」

 とモジモジしながら正直に言うところは好感が持てた。ちなみにミナの母親は、知る人ぞ知る天才科学者だそうだ。俺は知らんけど。
 週2回会ううちに俺とミナは、すっかり打ち解けて話せる友人関係になっていった。
 観察は、俺の髪が抜け落ちた12月から中断し、黒い産毛が出てくる3月頃から再開し、黒髪となる4月で終了した。俺も、3年の5月から就活が始まるタイミングた。

「コーヨー先輩、いいデーターがとれました。ありがとうございます」

「それはよかったな…」

「じゃあ、先輩、就活がんばってください」

「うん」

 2人の間には微妙な空気感があったが、俺は1歩踏み出せなかった。
 去ってゆくミナの背中を見ながら意気地なしの自分が、情けなくなった。


 ◇◇◇◇


 それから学内でミナとすれ違っても、挨拶する程度で、すっかり距離が離れてしまった。
 一度夏頃、メールで俺には意味不明な質問をされた。俺が産まれる前に両親が神社仏閣に行った事があるかという問いだった。母親に確認したところ、結婚8年目にして、いっこうに授からず、それから一時期熱心に秦野山中の子宝神社にお参りに行って、俺を授かったと言うので、その事をメールで回答すると、お礼の返信が来てそれっきりである。

 その後俺は就活に没頭し11月の上旬、髪の毛が赤くなる前に内々定をもらった。(もちろん、俺の特異体質は説明していた)

 内々定をもらった日に、ミナからスマホに電話がかかってきた。電話なんて初めてだ。

「コーヨー先輩、明日1日私につきあってくれませんか?」

 これは、どういうことだろう。野外観察をしようというのか?それでも、久しぶりにミナに会えると思うと、心が躍った。ただ、ミナの様子が緊張して何か切迫した感じなのが気がかりだった。

 翌朝、駅の改札口で待っていると、知らない女の子から声をかけられた。

「コーヨー先輩!」

 いつもお決まりの黒髪・ポニーテール・黒縁眼鏡・白衣とは全く異なるキュートな装いに、ミナだと気が付かなかった。そのセンスを褒めると、

「お母さんの親友がこういうのが得意で、全部コーディーネートしてくれたんです。お節介すぎてうるさいんですけど」

 俺の心臓はバクバクしてきた。そんな俺に対してミナは、何故か最初に注意事項として、2人で道路を歩くときミナは車が通る側と言った。普通のカップルは逆じゃね?
 まず行った事がないと言うミナの為に、江ノ島水族館で展示コーナーとイルカのショーを見てから、湘南海岸を歩いて江ノ島まで行き、海に沈む夕日を見てから、江ノ島電鉄に乗って藤沢に行き、ちょっと贅沢なディナーを食べて、ショットバーで飲んだら、あっという間に終電の時間になっていた。

「先輩、今日は1日つきあってもらってありがとうございました」

「ミナちゃん、なにか理由があったの?」

「いえ、私の取り越し苦労というか、予測が外れたというか。あっ、危ない!」

 その時、軽トラックが駅前に猛スピードで突っ込んできた。ミナが俺に体当たりしてよけようとするが、2人共跳ね飛ばされ、意識を失った。

 目覚めると病院で、涙目のミナが俺の顔を見ている。

「先輩、よかった。意識が戻って」

 俺は、どうやら頭を強打し、脳内出血で緊急手術をしたらしい。ミナは左足骨折だ。
 この後、ミナから驚くべき真実を聞かされる。

 ミナは俺の髪の毛とモミジが同じ1年の周期をたどることを、俺から採取したデータを元に、最新のAIも駆使して科学的に解析したが、まったくそのメカニズムは解明できなかった。そこで、世の中にはあまり知られていないが、AIの解析モードの『非科学的、超常現象も含む』にチェックを入れてリランしたところ、神社仏閣の御神木が俺の毛髪とシンクロしているという結果が出た。そこで俺にメールで回答をもらい、その御神木は両親が訪れた秦野山中の子宝神社にあると確信し、Gアースで目視すると、見事なモミジの大樹が存在していた。ミナは、さっそく子宝神社に赴き、神主に頼み込んで御神木にセンサーを取り付けて監視することにした。それが今年の夏ごろだ。
 ところ一昨日、御神木からのデーターが突然途絶えた。そこで神主に電話で確認すると、神社の改修工事の際にクレーン車が横転する事故があり、御神木が倒木してしまったというのだ。ミナは子宝神社に駆けつけ、御神木の無残な姿にショックを受けると共に、これが俺にシンクロしないようにと、必死で祈ってきた。AIの解析では、今日の日中が一番危険で、それを超えればシンクロは消滅すると出たので、ミナは今日1日中俺の傍に張り付いた。別れ際に心配は現実となり、ミナの体当たりで頭の打ちどころがすこしずれて、俺が助かったというわけだ。この話を聞いた時、にわかには信じられなかったが、そういえば、とっくに赤くなっているはずの俺の髪の色は、黒いままだ。ということはミナの言う通り、俺の髪の毛とモミジの御神木のシンクロは消滅したということだ。


 ◇◇◇◇


 退院の日、ミナの病室に行くと、ミナが鏡を見て悲鳴をあげている。
 ミナの髪の毛の色が黄金色になっているのだ。
 どうやら、今度はミナがイチョウの御神木に捕まったようだ。

「先輩、ワタシどうしよう」


「どうもしなくていいよ。ミナちゃんは、変わらないよ」


 そう言って、俺はミナの黄金の前髪をかき分けて、おでこにキスをした。



 おしまい
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