第16話 私の彼氏になる為のアルゴリズム

文字数 2,915文字

 今年の夏は暑かった。この猛暑の中、建築現場の職人さん達は大変だったろうと思う。私が大学の研究室の助手として取り組んでいる素材は、企業で実用化され建築用資材として使われているので、現場の負担を減らす意味でも、軽量化や断熱性向上の為の基礎研究にやりがいを感じている。

 水曜日は週1回の定時退勤日。この日は飲み会のお誘いが多く、お断りするのが申し訳ないけどできるだけ真っすぐ帰宅することにしている。自分ではそうは思わないけど、美人でスタイルが良く頭もいいけど、お高くとまらず気配りができる女性と言われているらしい。現在、28歳で独身、彼氏なしで実家暮らし。早く30歳を超えたい。そうすれば、このモテモテ状態も落ち着くだろう。
 今日の夕食はなんだろうと考えながら歩いていると、近所の公園のベンチにアイツがしょぼくれて座っている。

「おう。レイ。いま帰りか」

「うん。今日も日中は暑かったでしょ。大丈夫だった?」

「この猛暑は俺みたいなデブにはこたえるね。それより、またふられたぜ。中学1年で初告白してから今回で99回目」

「そうなんだ。それは辛いわね」

「聞いてくれるか?」

 ガテン系の作業着を着た、ガタイがいいを通り越し100kg超の巨体の背中を丸め、しょんぼりしているのは実家がお隣さんのジュンヤ。
 いつものパターンでこの後、近所の居酒屋で今回の告白相手との顛末を、たっぷり聞かされることになる。実は、この時点で私も告白をお断りしたのが99回目になっていた。

 ◇◇◇

 ジュンヤとは同い年で保育園、小学校、中学校まで同じ幼馴染だ。
 小学校2年生ぐらいまでは一緒によく遊んだのだが、それからは女子は女子、男子は男子で遊ぶようになり、ジュンヤとの距離も離れていった。
 中学生になると私は告白責めに悩まされる。登校すると靴入れにお手紙が入っていて、放課後に呼び出されるのが定番。

「僕とお付き合いしてください。最初はお友達からでも」

「ごめんなさい」

 とのお決まりのやりとりに男子は涙を滲ませる。私はそれを見て胸を痛めていた。口の悪い女友達からは、

「あんたは魔性の女。男をふるたびに胸にためこんで巨乳になるんじゃないの」

 とからかわれたものだ。実は、いつも最初からお断りするつもりはなく、彼氏になる為の条件のアルゴリズムははっきりしていた。そのアルゴリズムの中には、100項目の条件があり、ほとんどが1項目目の『ラブレターに誤字脱字がない事』でアウトとなった。

 一方、ジュンヤは逆に月1回ペースで女子に告白していた。

「アイツ、頭おかしいんじゃない。おでぶちゃんで、顔も成績もぱっとしないのに、毎回告白相手と自分を登場させたラブコメを書いて渡すんだって。キモイを通り越してる」

 と女性陣の評価は手厳しい。

 或る日登校すると、教室の黒板にジュンヤの似顔絵が描かれていた。胸には破れたハートマークと回数を表す正の字が示されている。私は、消そうと前に出るが、

「まあまあ」

 と男子生徒数人に制される。そこへ、ジュンヤが登校して、男子生徒達から拍手で迎えられる。

「みんな、応援ありがとう。また次をがんばるよ」

 ジュンヤは、その大きな体と明るい性格から、クラスの男子からは人気があった。
 一方、女子達からは、2~3歩ひかれていた。

 高校は、私が都立の進学校、ジュンヤが工業高校と別になり、お隣同士だが通学時間が異なる為、ほとんど顔を合わせることがなくなった。その後、ジュンヤは父親が営む小さな建築工務店に入社し、私は地元の大学で博士課程を終え、そのまま助手として大学に勤務した。お互いに社会人になってからは、今日みたいに顔を合わせれば、気軽に2人で飲みに行ったりするようになった。

 ◇◇◇

 翌月、ジュンヤから初めてメールが送られてきた。文面は、誤字脱字だらけで何が言いたいのかよくわからなかったが、今度の水曜日に食事しようということは読み取れた。指定してきたのは、いつもの居酒屋ではなく、駅前に古くからある洋食店だ。

 私が約束の5分前に入店すると、個室に案内される。
 ジュンヤは、いつもと違いスーツを着ていた。体格のいい父親から借りたのが1目で分かる。一回り大きいジュンヤが着ると、ワイシャツの生地がはちきれそうで、緊張の面持ちで座っている本人を前にして、必死で笑うのをこらえた。

「100人目の告白は、レイにすると決めていたんだ。これを受け取ってくれ」

 片膝をついて、大きなバラの花束を差し出す。

「100本のバラだぜ。花言葉は知ってるよな」

「うん、『100%の愛』ね。あれ、これって99本しかないよ」

 私には、ちょっとした能力があり、大きさにもよるが、物の数を数えなくても、視覚でいくつか判るのだ。この能力は実験でのサンプルカウント等で、役立っている。

「嘘だろ!」

 ジュンヤは花束をバラして、本数を数え始めた。

「95本、96本、97本、98本、99本!ホントだ、1本足んねえや」

 彼はがっくり肩を落とし、その場で身動きできないでいた。私はたまたま同じ種類のバラが店の入り口に飾られていたのを思い出し、オーナーに1本譲ってもらいジュンヤに差し出した。

「はい。1本。これで100本ね」

 ジュンヤは、目を白黒させている。私は、その様子があまりに可愛いので、思わず抱き付いてしまった。

「もうっ、遅いよ。中学生の時から待ってたのよ」

「あの、その、ゴメン」

 彼は先に抱きついた私の背中に遠慮がちに手を回し、最初はそっと、そしてだんだんぎゅっと抱きしめてくれる。


 私の彼氏になる為のアルゴリズムは、実はこうなっていた。

 第一条件:告白者の愛が100%の場合は、第二条件へ。それ以外は『ごめんなさい』

 第二条件:告白者 = ジュンヤ の場合は、『YES』それ以外は第三条件へ。

 第三条件:100項目の条件をクリアしたら『YES』それ以外は、『ごめんなさい』

◇◇◇◇

後日談 2人の会話

「ねえジュンヤ、どうして私が100回目なの?」

「ホントは1回目に、レイに告白しようとしたんだ。だけど、レイと俺じゃぁ月とすっぽんの差があって、断られるに決まってる。断られたら、隣同士でお互いに気まずいだろうと諦めた」

「うん、それで?」

「95回目を断られた後に、オヤジから縁談の話が来て、しかも婿養子なんだよ。俺としては、自分が好きになった人と、結婚したいけど、いつまでもふられ続けなので、100回で区切りをつけることにしたんだ」

「じゃあ、96回目に私にすればよかったのに」

「本人に断られたら、居酒屋で誰にその話を聞いてもらうんだ。レイとのいい友達関係も、なるべく引っ張りたかったので、最後の100回目にフラれる決心をしたんだよ。よくよく考えたら俺って悪い奴だった」

「どうして?」

「1人目から99人目まで、いつも自分の2番目に好きな人に告白してたんだ」

「相手にも失礼ね」

「100%の告白は、初めてだったんだよ」

「もうっ、さんざんやきもきした、私の気持ちを考えてよ!さっきっからなににやけてんの」

「まさか、レイが俺ひとすじだったとはね。このニヤニヤは、一生とまらんかも」

「バカ!もう、知らない!」

 おしまい
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