第17話 ふたりの旅行

文字数 5,683文字

第一章 ふたりの仕事
第一節 在宅勤務

「アダン、コーヒーだ。少し休憩挟みながら仕事しないとバテるぞ」

椎名がコーヒーを淹れてくれた。

在宅勤務は、休憩が適宜取れるのと、仕事後にすぐご飯の準備が出来るところ、何より好きな人と一日中一緒にいられるのが良いところだ。

その反面、仕事はエンドレスにあるので、どこかで線引きしないと2、3時間端末にかじりついて仕事してしまう。

今日こそは6時には上がると俺は決めている。

たまには恋人に美味しい夜ご飯を作って、ゆっくり食後にお酒でも飲みたい。

「晴一、コーヒーありがとう。今日何時に上がれそう?俺は6時には上がれるから、ご飯作るよ」

椎名は俺も同じくらいに上がるよ、と言って、俺の頬にキスを落とした。

俺たちは残り2時間で仕事を片付ける勢いで、仕事を進めた。


「ふう、在宅勤務も、コツを掴まないとなかなかキツイな」

椎名は俺より1時間遅れて仕事を終えた。
そして夜ご飯の支度に合流して、サラダを作ってくれている。

平日の2人のささやかな夜の時間が始まった。

イチコは終日俺たちが一階の作業スペースに篭って仕事するため、近頃は一階に降りてきて、2人の机の近くで昼寝をするようになった。

そのため、イチコ用のハンモックを一階に設置すると、嬉々として一緒に仕事時間に降りてきて、水やトイレに行く時だけ2階にか上がるようになった。

ただ、イチコのイビキがうるさい。

熟睡している時、高齢のためいびきをかく。それはそれで癒されるが、オンライン会議の時にイビキの音が入り込むので、最近はヘッドセットを常備している。

それにたまに一人で階段を登れない時がある。
そんな時は大声でニャーと鳴くので、どちらかが仕事を中断して介抱している。

色々あるが、俺の在宅勤務は順調だ。


夕食を用意しながら、椎名が言った。

「アダン、来週末は三連休だから、連休明けの火曜日休みをとって、四連休にして2人で旅行に行かないか?ここ最近、お互い新規業務で忙しくて、デートらしいことしてないだろ?

アダンとゆっくり旅に出たくなってさ。イチコは、調べたんだけど、ペットシッターに家に来てもらって面倒見てもらうのはどうだろう?1日2000円くらいで面倒見てもらえるそうだよ」

椎名が提案してきた。
俺は目をぱちくりとした。

考えたら、俺は社会人になってから誰かと旅行したことなんてなかった。
夏の休暇なんかも、家で本を読んだり買い物に一人で行くくらいだった。

「火曜日は休み取れるけど、どこに行こうか?俺、考えたら旅行ってあまり行ったことなくてさ」

そうだなと、椎名は考えて、西の方は?と言った。
俺たちは3階の窓辺からよく西日を見てくつろぐ。西の方面の夜空を眺めたり、西には何があるかなど、会話を良くする。

「アダン、沖縄行ったことある?一緒にいかないか?うんと西の方になるけど。
少しリゾートでリラックスしよう。海見て、魚見て、美味しいものを食べて、2人でゆっくり過ごそう。どうかな?」

沖縄か、行ったことないな。20代は旅行どころではなかったし、考えたらリゾート自体、考えたこともなかった。

「うん、行こう、晴一!夕食後、旅行の手配考えよう。楽しみだな!一緒に旅行だけでも楽しみなのに、沖縄リゾートなんて嬉しい。
イチコはペットシッターにあとで連絡いれておくよ。今までも何度か出張で利用しているんだ。良い方がいるんだ」

そんな訳で、俺たちのミニ旅行の計画が決まった。


第二節 同僚の告白

花本との飲みは火曜日になった。
お互い出勤日も限られているし、気兼ねなく退社できる日は火曜日しかなかった。

俺は産業医業務のため、20名のオペレータと面談し、各々の業務負荷や課題をヒアリングし、体調について医師的な面談を定時内で行い、昼食以外はほぼ働き詰めの一日となった。

「花本、お待たせ。定時ギリギリまで面談があって、待たせて悪かった」

俺たちは、本庁の近くのイタリアンバルで待ち合わせた。本庁の人間は、イタリアンはあまり使わないため、意外とバッティングすることがない。

「奈木、飲むの久しぶりだな。出向前だから、3年ぶりか?
しかしお前、変わらないな。俺なんて少し腹が出ておっさん化が進んでいるよ。で、異動先どうだ?順調か?」

花本は相変わらずの飄々とした顔を崩さず、先に一人で始めていたビールを飲みながらニコリと笑った。
俺は店員に生一つと頼んで、花本の向かいの席に腰をかけた。

「お誘いありがとな。帰任して飲みに誘ってくれたのはお前が初めてだよ。皆んな冷たいものさ。
歓迎会も今は縮小か?随分とお役所は断捨離が進んでいるようだな。で、お前の仕事はどうなんだよ」

俺はまず花本の近況を聞いた。

花本はああ・・とあまり気乗りしない返事をして、ま、国のご指示を粛々とこなしているよ、と自虐的に答えた。

本庁にいると、結局は内部調整毎が多い。その割に期限がタイトな仕事を押し付けられる。
できる男だけに、あまり達成感ややりがいを感じない仕事だと、容易に想像できる。

「俺のことは良いよ。想像の通りですよ。最近はすっかり牙を抜かれたっていうか、仕事は淡々とこなしているんだ。
俺も出向しようかと本気で思っているよ。本庁にいても、社内調整に長けただけの汚いオッサンになりそうでさ。俺の方向性と違うっていうか、忖度に疲れてきたよ」

俺は花本の背中をポンポンと叩いた。気持ちが手に取るように分かる。

「花本、大変だったんだな。出向は悪くない選択だ。俺は3年間で随分学んだし、良い出会いも沢山あった。世界は広いぞ。一旦、外に出てみろよ、視野が広がるぞ」

花本はそうだな、と言ってビールを飲み干した。
そして、赤ワインを1本注文し、一緒に飲もうと言った。

「そういえば、アダン、良い人できたのか?最近幸せそうな顔しているし、もともと可愛い顔してたけど、最近特に磨きがかかっているぞ。

言いたくなければ良いけど、良い恋はやっぱり人生で一番大切だよな。。離婚した今、つくづく思うわ。やっぱ、打算や将来の不安で家族作ることも意味あることだけど、俺には無理だったよ。心がついていかなくてさ。

子供もいなかったから良かったけど、別れてほっとしている。
相手も打算の結婚だったのかな、俺の見た目とか年収とか職業で選んだけど、あんたは外面だけで失格だって最後に言われたよ」

社内で人気な男が、こんなに家では言われていただなんて、少し驚きだ。どれだけ家でダメ男だったんだ。
とはいえ、お互い打算だったのだから、早く気づいて良かったとも言える。

「花本さ、まだ31歳だろ?また再婚もできるだろうし、落ち込むのは分かるけど、未来はないなんて思うことないぞ。離婚して2年だっけ?良い人いないのか?」

俺は佐伯さんのことを意識しつつ、聞いてみた。

「うーん、それがさ、、お前になら話しても良いかな。俺さ、自分で言うのもなんだけど、モテるだろ?それで今回の離婚もあって、正直女性の強引さや我欲にはつくづく嫌気が差してさ。このまま独身でもいいやって思ってたんだ。
でもさ、この前実はすごく気になる人ができて戸惑っている。男、、なんだけどさ」

俺はあまり驚かなかった。俺もそうだけど、恋愛に性別なんてない。

俺は一旦自分のことは置いておいて、花本の意中の相手を聞いてみた。

「それがさ、アメリカから調査で来た人なんだけど、ほら、アメリカの大手のノートンスケラー社。サイバーセキュリティ会社の。

そこの白人のイケメンで、仕事の延長で何度か飲んでいるうちに、告白されて。俺が可愛いいんだとさ。
そりゃ、外国の男はガタイいいし、俺なんて20歳くらいにしか見えないみたいなんだけど、なんだかホッとするというか、自然体でいられるんだよな。こんなこと始めてでさ。

今はアメリカに一時帰国しているんだけど、毎日ビデオ電話していて、愛情表現もマメなんだよな。俺の中身みていてくれてさ、、どう思う?」

俺は良かったな、と正直に答えた。

花本は恋愛に真面目だ。
女性陣に群がられて、愛想笑いをしているのを何度も目撃していた。
彼にとってはもしかしたら、初めての本気の恋なのかもしれない。

「花本、いいんじゃないか。キチンと交際して向き合ってみろよ。
海外だから、もしかしたら転勤とか仕事で不都合あるかもしれないけど、お前なら海外で仕事するのも問題ないスキルだし、忖度する文化より、最新のセキュリティの方が性に合っているだろ。
それに、男性が恋愛対象で全く問題ないだろ。実は、俺もそうだし」

花本は赤ワイン2杯目をグラスに注ぎながら、そっか、お前もか、と呟いた。

そして、お互いノンケだったのに人生わからないものだよな、と考え深げに言った。

「奈木はさ、その彼氏、本気なんだろ?お前は入社したての頃からモテたけど、本当に好きな子にしか手を出さないタイプだったし、結構誘いを断ってたもんな。
ま、安西はちょっと置いておいてだな。あれはシツコくて大変だったろ。親父の威光を借りてまでお前を手に入れたいなんて、本当バカだよな。
その彼氏はお前のこと、大切にしてくれるんだろうな。結婚は考えているの?」

俺は頷いた。適切な時期にプロポーズすると言われていること、今度旅行に行くことも伝えた。
ただ、どの人が彼氏かは、仕事の影響もあり伝えなかった。

花本は嬉しそうに、そっか。と言って3杯目のワインを飲んでいる。そして、自分も頑張ろうと言った。

「奈木の話聞いて、勇気出たわ。今度日本に来たら、正式に付き合ってみる。
こんなに惹かれることないし、やっぱり人生でこいつだって思える人と出逢える機会はあるかないかだと最近思ってさ。まずはぶつかってみるよ」

俺たちは、お互い微笑みあって、頑張ろうと手を合わせた。

仕事の悩みが、いつしかお互いの人生のパートナーの話になっていた。

でも、仕事も人生も、良いパートナーがいてこそ輝く部分もある。そのパートナーと別れることがあっても、その輝く時間は自分の人生に大きな影響を与えるはずだし。

佐伯さんのことを紹介できなかったのは残念だけど、また他の人を紹介しようと俺は独りごちた。

その日俺たちは、ワインを1本空けて、また飲もうと約束して別れた。


第二章 ふたりの旅
第一節 出発前

アダンは初めての沖縄旅行で、準備がなかなか進まない。
俺はアダンの荷物を手早く揃えて、確認だけお願いした。

「アダン、荷物は最低限のでいいぞ。俺のボストンバッグに入り切る程度で。
ホテルのクリーニングもあるし、服も2日分くらいでいいぞ。
それと、イチコのご飯と薬類、遊び道具とトイレのグッズはこの袋にまとめた。シッターさんにメモを書いたから確認しておいてくれ」

アダンはほっとした表情で、サンキュと言って、イチコのグッズを確認して、イチコにお留守番を改めて頼んだ。

「イチコ、3日位留守にするから、シッターさんの言うことをキチンと聞くんだぞ。
良いか、3回夜が来たら、俺たちは帰って来るから、キチンとご飯食べて、トイレするんだぞ、いいか?」

イチコを抱き上げて、頭頂にチュッとキスをしている。
イチコは意外と冷静で、まるでゆっくりしてこいと言うような目線を送って、ナーンと鳴いてベットに入ってしまった。

俺たちはまとめた荷物を最終チェックした。
在宅勤務が終わったらすぐに、沖縄行きの19時の便に乗ることになっている。

遅くに沖縄入りとなり、今日は沖縄市内のビジネスホテル泊まりになるが、1日でも早く着いて翌日から行動したかった。

準備の終わったアダンが、17時の仕事終わりに向けて最終業務を進める中、嬉しそうに俺に言った。

「晴一、旅行ありがとうな。俺、こんなにワクワクすること久しぶりだよ。
8月の沖縄はベストシーズンだな。俺、行きたいお店をいくつかピックアップしたんだ。一緒に美味しいもの食べよう」

ガイドブック片手に、仕事もそつなく対応するアダンの頭のキレに改めて関心すると共に、初めての旅行が俺と一緒だということに俺の気持ちは浮き立っていた。

俺たちは定時の業務終了と共に、荷物を片手にイチコに挨拶して家を出た。

今から、2人だけの自宅以外のプライベート時間が始まる。
空はまだ西日がうっすらとさす程度だった。


第二節 沖縄へ

羽田空港は夏休みと言うこともあり、そこそこ混んでいた。

アダンは地元の札幌や仕事での出張以外は空港を使わないため、旅行での羽田利用は初めてだ。俺はラウンジに早めに入って、コーヒーでも飲もうとアダンと早めにチェックインを済ませた。

「羽田空港にカード利用者向けのラウンジがあるんだな。始めて知ったよ。広くて快適だな!今日の飛行機、あれかな?」

アダンは空港のラウンジのラグジュアリな椅子に荷物を置き、夕日に染まった滑走路を眺めている。

俺としても、沖縄旅行は恋人と行くのはこれが始めてだ。学生時代に、空手部の合宿で俺の流派の発祥と言われる沖縄に行ったことはあるが、旅行では始めてだ。

今回の旅行は、アダンと意見の一致した恩納村のホテルにした。
初日の今日は国際通りのビジネスホテルだ。今夜は観光地の国際通りで夕飯を楽しむ予定だ。

カジュアルにジーンズにTシャツ、その上にリネンの白いシャツを羽織ったアダンは、俺から見ても可愛いイケメンの大学生にしか見えない。
俺は年相応に、同じくジーンズにアイボリーのシャツを羽織っているが、どう見ても年上に見えるだろう。

程なくして、飛行機の搭乗案内が始まった。アダンを機内の窓際に座らせ、俺たちは西日の沈む方に向かって飛行機が飛ぶのを窓辺から眺めた。

いつも、自宅の3階から眺める景色が、今日は飛行機からまた違う形で目に映る。

俺はアダンの腰に手を回し引き寄せた。そして、周囲に気付かれないようにそっと髪にキスをして、耳元で沖縄が楽しみだと囁いた。

アダンは頬を赤らめて、うんと頷き、俺の手をギュッと握り返して、目線を窓辺に戻した。

その西日を反射した金色の瞳には、今まで見たことのない希望と楽しみに期待を膨らました、子供のような輝きが映り込んでいた。

俺たちは暮れゆく空の夜間飛行を、そっと寄り添って楽しんだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

⑴椎名 晴一  しいな せいいち

年齢;31歳

身長;181センチ

特徴;切長の目、黒髪ショート

職業;エンジニアリンング部

会社;大手AI企業のミソトラルの社員

性格;正義感が強く優しい、真面目

特技;運動全般、特にマラソン

外見;細身の筋肉質、薄めイケメン

その他;腹違いの弟

⑵奈木 アダン  ないき あだん

年齢;31歳

身長;174センチ

特徴;ヘーゼルカラー瞳、栗毛の癖毛

職業;精神科医 兼 データアナリスト

会社;公務員 セキュリティ庁情報部

性格;おっとり、少しコミュ障

特技;頭脳明晰、得意分野に能力発揮

外見;ボサボサ髪で無頓着、唇が厚め

その他;曽祖父がフランス人、姉1人

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み