第2話 甘い空間

文字数 2,980文字

一端帰郷し、身の回りの整理をして上京した頃には、外苑の公孫樹も見事な黄金色になっていた。綾姉のわがままも有ったが、何とか住む所も決まり、此方での生活も始まろうとしていた。仕事の引けた美紀と、夕食を取った後、まだ何も無いアパートの部屋に行ってみた。「寝袋は持って来てるから、今日はここで泊まろうと思う。」そう言って、部屋に入った。
「私の家へ泊めて挙げられれば良いのだけれど。」美紀は、済まなそうに言った。
「結構広いわね。」
「それに、割と私の家と近いかもしれないわ・」
ふふと思いだし笑いをしながら美紀は
「和君、あの時、綾佳さんと同居するのに随分抵抗したわね。」
「そりゃーそうさ。せっかく美紀の側に来られたって言うのに。綾姉の監視付きじゃ何もできないし。」僕がぼやく様に言うと
「あら、何かする気!」と美紀は、ふざけた様に受け答えた。お互いに、「はは・・」と笑いながら、体を寄せて一寸長いキスをした。
美紀を送ってから、何もない部屋で寝袋にくるまり、横になってから、美紀から教えられた近くの銭湯やコンビニでの買い物の事を考えながら、そろそろ、美紀の親にも挨拶に行かないとなどと考えていたら寝入っていた。
明け方、気が付くと隣りに誰か居た、
「綾姉」綾姉も僕と同じ事を考えていた。寝袋にすっぽりくるまった綾姉は、まるで何かの縫いぐるみの様であった。綾姉を起こさない様に、部屋をそっと出て近くのコンビニに行き、朝食を買いそろえた。ガスや電気は、まだ使えないため、山用のコンロでお湯を沸かすため、飲料水も買い入れた。途中美紀が言っていた銭湯を見つけたが、僕のイメージとは違って、とんでも無くモダンな施設であった。帰り掛けに、美紀にメールを打っておいた。
「また、邪魔が入った。綾姉登場。」暫くして、美紀から、夕方の予定が入って来た。部屋に帰ると、綾姉も起きていて
「おはよう」
「びっくりしたよ。昨夜は。部屋に入ったら誰か居るし。電気は、付かないし。警察に電話しようかと思ったよ。懐中電灯でよく見たら、和也だったから良かったけど。」
「こっちもビックリした。朝起きたら、隣りに誰か居るんで。綾姉は、何時ごろ来たの。」
「十二時回っていたかな。」
「学校に挨拶に行ったら、大学時代の先輩が居て、なんか盛り上がってしまって。最初から、今晩は此処に泊まろうと考えて準備しておいたけど、和也も同じ事考えていたとは!」
「だって、せっかく部屋が有るのに宿取るのも馬鹿らしいし。今日中に連絡して、ガスと電気は通してもらうよ。ぼくの荷物は、明日じゃないと届かないけど。」
「私のは、明後日だ。」
そんな話をしながら、山用のコンロでお湯を沸かし、朝食の用意をした。
「まるで何処かの山の無人小屋に居るみたいだ。」と、楽しそうに綾姉は言った。
「綾姉は、今日どうするの」
「本当は、今日一度帰って、明後日また来ようかと思っていたけど、和也が居るなら止めるよ。今日は、当面必要な生活道具でも買い行こう!」
「そう言えば、近くに銭湯が有るって聞いたから、見てきたら、やたらモダンな施設だった。15時から入れるって。」
「いいね・まさか混浴じゃないだろうな・・・」綾姉は、冗談ぽく笑いながら言った。
そのアパートは、御苑や外苑にも近く、閑静で都会の中では、自然の多い所であった。
 綾姉より先に、例のモダンな銭湯『何とかスパ』に行ってから、部屋に戻ると、インフラ(電気・ガス・水道)が使える用になっていた。
「これで、何とか下界に降りてきたって感じだ。でも今夜は、まだ寝袋だけどな。」そう言いながら、綾姉も例の銭湯に出かけて行った。
その間に美紀から電話があり、此方に向かっているとの事だったが、夕食の食材の買い出しを兼ねて、美紀を迎えに行った。
「昨夜は、危なかった。」美紀と出会い、近くのスーパによる途中、歩きながら小声で話していた。
「ええ、何が」
「キスだけにしておいて良かった。危うく、綾姉に二人の寝込みを襲われる所だった。」
そう言うと、
「また、Hな事考えていたでしょう。」美紀はそう言って、肘で僕の脇を軽くつついた。「でも私、何時でもいいから。」
美紀が呟く様に言ってくれたのが、とても嬉しくて、繋いだ手を握り直していた。
週末のためか、商店街は活気がある様に見えた。美紀の来訪に、綾姉も喜んでくれて、三人で作った鍋を、食べながら
「何だかあの小屋に居るみたい。今晩此処に泊まっても良いですか?」美紀が切り出した。
「え、でも何も無いよ。」
「寝袋なら、家から持って来るし、今日は、母は留守してるから。」
「美紀ちゃんがそれで良いならかまわないけど。」綾姉が、この部屋の主らしく許可を出した。僕は、美紀を途中まで送るついでに、綾姉から指示された、足りない酒を買いそろえて来た。電気が通じたので、一寸寒かった昨夜とは違い、暖かく過ごせそうであった。程なく、美紀が幾つかの荷物を自転車に載せて帰ってきた。
「これは、明日の朝食用、これは、お摘み、これは、お酒。」例によって段取りの良さは、
美紀の特技である。夕食の後の酒盛りが始まった頃、雨が降り出してきていた。
「そう言えば、雪人さんの個展は、来週だけど・・行く。」僕の言葉に思い出した様に、
「絶対行く。忘れんなよ、和也」かなり酔っぱらっている綾姉が片腕を突き挙げて言った。
「何だか楽しいわ。兄弟が出来たみたいで。」
美紀が嬉しそうに言うと
「あんた達、先の事考えてる?お互いに一人っ子なんだから、先の事、筋を通しておかないともめるよ。」綾姉が唐突に言い出した言葉に、僕らは内心ドキリとしながら、お互いの顔を見合わせた。
綾姉は、そう言うと昨夜から、僕の寝袋の側に置いてあった自分の寝袋一式を抱え、隣りの部屋、部屋と言っても、パーテーションで区切られたそれぞれのブース見たいな区画だが、に移った。
「あんたらの邪魔したくないからな・」
綾姉は、あっさり酔いつぶれて寝てしまった。そんな綾姉を二人で世話しながら、
「縫いぐるみか、人形見たいでしょう。その辺に置いてあったら誰かに持って行かれそう。」美紀は、綾姉の寝姿を見ながら、愛しそうに言った。
「性格は、猛獣並だけど・・」僕は、美紀の耳元で囁いた。それから、綾姉の昔の話をした。綾姉も一人っ子で、学生時代に好きな人が居たが、婿に来る事に抵抗があり別れてしまった。僕も、何度か顔を合わせ、兄貴見たいな感じで親しみ易かった人であった。
その頃から、綾姉は本格的に武道に打ち込み始めたのだと思う。
「ふーん、結構辛い経験をしているのね。」美紀がため息混じりに言った。
「綾姉の言う通り、僕らの事もちゃんとしないと行けないね。」一寸重い話しから、取り留めの無い話題に半ば意図的に変えて行ったのは、二人の意識の中にある、暗部を避けようとする防御対策の様な物であった。暫くして、僕らも寝袋にくるまった。
美紀は、昨晩の綾姉の様に、ぼくの隣りに寄り添って寝た。僕は、冗談ぽっく美紀の耳元で
「する?」
「馬鹿、またやらしいこと考えてるでしょ。」
そう言いながらも、美紀の方から深いキスをしてきた。
「これで我慢しなさい。」
「まあ、焦る事も無いか、こんなに近くに居られるんだから。」僕らは、寝袋の横のジッパーを少し開け、お互いの体に触れながら、雨音を聞いていた。それは、眠りに誘う子守歌の様だった。
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