第7話  綾姉の居場所

文字数 2,424文字

久ぶりに、少し早く帰れた日、部屋に入ると綾姉が、リビングでテレビを見ていた。
「只今、」
「おお、珍しく早いな。夕食は、今作った所だ。」綾姉は、テレビを見たまま言った。
「何見てるの?」
「うん、雪人が、撮ったDVDだ。」
「雪人さん?最近良く外泊すると思ったたら雪人さんの所に行ってるの?」
「それで、もしかして結婚する相手て、雪人さんの事。」
「ああ、そうだ。」綾姉は、あっさり答えた。僕はちょっと拍子抜けがして
「もう一寸、詳しく話してよ。」夕食を食べながら、綾姉に尋ねた。
「それに、その映像は?」
「私が、雪人のモデルをやっている時の映像だ。何だか、その絵が、秋の美術展で賞を貰ったらしい。」綾姉は素っ気無く言い放っていたが、それは後から解った事であったが、
とんでも無い大きな賞であった。後日、その絵は、画壇の巨匠達と肩を並べる事になったのだけれど。
雪人さんは、本来絵画(油絵)が本職で、美大でも其方を専攻していたが、南米、中米を旅する中で、日本の書と絵を組み合わせた書画に傾倒していった。都内にアトリエと、大阪にも在る様な、NPOの施設を立ち上げていた。主に、親に虐待された子供や、自閉症の子供達を預かっていた。彼等の、心の闇や、閉ざされた気持ちを解き放つ方法として
書画や絵画を使っている。言葉、文字が解る子供達には、自分の気持ちを、自由に絵の様に書かせる。まだ文字が解らない子供には、絵を描かせる。少し後に成ってからの事ではあったけど、雪人さんのアトリエを訪ねた時、それらの作品を見せてもらった。彼等から解き放たれた、文字や絵は、大きな紙の上で空間を突き抜けるかの様に飛び回っていた。
「えね、綾姉はそこでモデルをやっているの?」
「モデルは、序ついでだ。」
「はあ、・・じゃあ何しての」
「あそこに居ると、何だか癒される。夜這いを掛けて来る様な、ませた高校のガキと違ってあそこの子供たちは、純真なんだ。」
「じゃ、高校の教師以外に、幼稚園の先生もやってるって事?」
「いや別に、先生はやってないぞ。何も教えてないからな。」
「要するに、そこで適当に遊んでいる訳ね。」
僕は、要領を得ない、綾姉の答えに苛つきながらぶっきらぼうに言った。
施設には、NPOの職員が数人居て、子供達の世話をして、確かに、綾姉が、特に先生をする事も無かった。どうも始めは、雪人さんの個展に行ったとき、雪人さんに気に入られて、後日アトリエに招待されたらしい。
アトリエの隣りに、NPOの施設があり、綾姉はそちらの方が主体で、通い出したようだ。綾姉としては、本当に序でで、モデルをしているうち、雪人さんに見初められた?
「雪人さんに、プロポーズされたんでしょう。」
「ああ、・・その前に寝たが。」思わず僕は、飲みかけのお茶を吹き出した。
「癒されるて、そっちの事?」
「寝たのは、一回だけだ。おまえ達の様に、しょっちゅう寝てないぞ。それに、癒されてるのは、子供達からだ。」
綾姉は、今でこそ高校の教師をしているが、本当は、小学校の教員志望だった。しかし、武道を続ける関係上、高校を選んだ。

「僕らだって、しょっちゅう寝てないよ、お互いに、忙しいだから。」僕は、一寸ムキになって、反論した。
「雪人の奴、モデルの衣装に託けて、変な物ばかり着せたがるんだ。何だか少女趣味ぽい物とか、SFで出てくるような、変なコスチュームとか。」
「それてロリコンか、変態?」
「私も初めは、そう思ったが、彼の絵を見て考えを変えたんだ。まあ、和也もこのDVD見て見ろ。」それは、まだ編集途中の物では有ったが、一部静止画もあり、一寸した画集に成っていた。
「確かに、良い絵だ。」
「その、変なコスチュームを着てモデルをしていた時、彼奴が私の胸に抱きついて来たんだ。」
「いきなり?素面(しらふ)の時に?」
「ああいや、その前に一寸飲んでいたがな。」
「酔っぱらってたの?」
「多少な。」
「綾姉、よく投げ飛ばさなかったね。」
「始めはそうしようと思ったが、ふと和也の事を思い出して。」
「何を思いだしたんだよ。僕は綾姉の胸に抱きついたりなんてしてないよ。」
「良く叔母、和也の母親に抱いて貰っていただろう。」
「其れって、子供の頃の話だろう。」
「そうかぁ、中学位でも有った様な気がしたが。」
「それは、母さんが病気に成った時の話だろう。」
「まあ、そんな思いに駆られたら、雪人が急に愛しく感じて。」
「それで・・どうしたの?」
「後は、大人の話だ。」
「大人の話て何だよぅ。綾姉は、何だかんだと、美紀と僕との関係を聞き出そうとするくせに。」
「だから、良く覚えていないのだ。気がついたら、雪人が、鼻血をだして転がって居たのだ。」
「綾姉やっぱり、投げ飛ばしたんだ。」
「そうじゃない。だって裸だったんだから。」
「ふーんそう・・・綾姉準備も無くて大丈夫だったの。」
「雪人は、お前みたいなガキじゃ無いぞ。其れくらいの嗜みは心得ている大人だぞ。ちゃんと処置してくれた筈だが・・・覚えて無いのだ。それに、生理が一寸遅れているが。」
「綾姉、確りしてよ。」此処まで来て、僕はようやく核心に触れた気がしたが、其れ何処ではないと思い、美紀に電話を入れた。美紀に事情を話し、妊娠検査薬を買って来て貰う様頼んだ。何時もの様に、美紀は段取り良く僕の依頼を処理して、僕らの元へやって来てくれた。綾姉に、薬の使い方を教えた後小声で
「一寸恥ずかしかった、薬局のおばさん、顔見知りだったの。」
「ごめん、急に無理言って。全くどっちが保護者なんだか分かんないね。」
綾姉が、風呂に入ったので、二人で雪人さんのDVDを見ながら、話込んでいた。そんな美紀を見て、この間までの、綾姉への、変な確執が解けた様だった。
 結局、妊娠騒動は、綾姉の思い過ごしだった。その間、美紀は、其れなりに、雪人さんに探りを入れてくれていた。そんな事も有ったためか、暫くして、雪人さんから僕らに、アトリエへの招待状(絵はがき)が届く事になった。
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