第5話  危険な忘れ物と綾姉(あやねえ)の秘密

文字数 4,040文字

予想した通り、休み明けから忙しく、またすれ違いの生活が始まっていた。綾姉は、火曜日帰ってくる予定だったので、日曜の夜から徹底的に掃除をして、美紀との休日の日々の痕跡を消していった。逢えないのは解っていても、思いは募るもので、美紀は、帰りがけに部屋に寄ってくれていた。夜食の軽食が冷蔵庫に、一言だけ書かれた置き手紙が僕の机の上に置いてあった。
「逢いたいよ!」その言葉に、何もかも放りだして、美紀と二人、無人島へでも逃げ込みたい気分を押さえながら、残りの掃除をした。
「これで大丈夫だろう。明日、綾姉が帰ってきても。」そう思うと、どっと疲れが出て、まだ美紀の残り香があるシーツに包まれて眠っていた。
 火曜の夜も帰宅は深夜を回っていて、何通か美紀とメールをやり取りしながら、部屋に
入った。綾姉は、寝て居るらしく、僕もシャワーを浴びてすぐに寝た。翌朝は、綾姉の方が早い出勤だったので、僕のために、朝食を用意してくれてあった。修学旅行の引率の土産の八つ橋も置いてあった。
また、近くて遠い、三人のすれ違い生活である。相変わらずの日常の中に埋もれた、そんな日々が数日過ぎた日の夜、僕の机の上に小さめの紙袋が置いて有った。その時綾姉は、既に寝ていた。
「何だ、美紀から?」僕は、その紙袋の中身を見て、『しまったと』思った。そこには、パンティーが二つ、たぶん美紀の物と思われるのと、かなりセクシーな、まだタグが付いたやつ、そして短い手紙が入っていた。
「彼女の忘れ物だよ! もう一つは、彼女にやりな!」綾姉からのメモだった。
「ええ、これ美紀の・・・」そう思った途端全ての情況が綾姉にばれている事を理解した。夜中で、返信は期待していなかったが、取りあえずメールをしてから
「美紀、あの時、履いて無かった?」
変な想像をしながらも、あの時の事態が掴めぬまま、眠りに入っていた。
翌朝、綾姉は、今週早番なのか、既に居なかった。その事が解っているかの様に美紀から電話が有った。
「綾姉に、バレてるみたいだ。まあ、ばれても良いけど。所で、あの時は、ノーパンだったの。」僕は、電話越しの美紀の反応を想像しながら聞いた。
「ばーか。またHな事考えてたでしょう。ちゃんと履いてたわよ。和也のパンツ。」
「ええ、僕の・・でも、でかかっただろう。」
「履き心地は良くなかったけど、薫さん達に奇襲されて、慌てて探したんだけど、パンティーだけ見つからなくて、だから一緒に洗濯してあった和也のを借りたの。」美紀の電話越しの声に、あの時の情況が目に浮かぶ様に蘇って来ていた。
 相変わらずのすれ違い生活が続いていると思っていたが、三人の日常に少しづつ変化が現れて来ていた。それは、綾姉が外泊する様に成った事だ。今まで、綾姉が、一人で外泊する事は希で、大達、叔母か僕が一緒であった。綾姉(従妹)も僕も名字は同じだったので、二人で何処かの宿に泊まると、姉弟として扱われ、綾姉は、何時も妹役で、面倒だから大抵はそのままで通していたが、基本的に寂しがり屋の綾姉が、外泊するとせれば、親しい誰かが居るはずなのだが、心当たりが無いのが一寸心配でもあった。でも、そんな綾姉の外泊を内心期待していたのは、僕だけでは無かった。美紀は、例の忘れ物事件依頼、綾姉と顔を合わせるのを避けている風であったが、僕は美紀に逢いたかった。美紀もそのつもりなのだろうが、お互いのタイミングが合わない日々が続いていた。そんな中、それぞれの条件が旨い事一致した週末が来た。
一寸遅くなったが、僕が帰宅すると直ぐに美紀が来てくれた。

「夕食まだでしょう。一緒に食べよ!今日は、一寸豪華だよ。」美紀が用意してくれたのは、ワイン付きの自称フランス風の田舎料理だった。
「最近綾姉が良く外泊するんだ。男でも出来たかな。」僕が何気なく言うと、美紀はワインを飲みながら、ちょっと首を傾げた。
「それに、やたら、服を買い込んでいるみたいで。それも、どうも子供物の。」
「子供物?」
「ベビー服とかじゃ無くて、幼稚園から小学校の低学年て所かな。」
僕がそんな話をすると、美紀がふと何かに気づいた様に、
「そう言えば、雪人さんの個展に行ってから一週間後位に、雪人さんから、綾さんの携帯番号を聞かれた事があったわ。まあ、個展では、誤解はあった見たいだけど、良い雰囲気だったから、教えておいたけど。」
「ほおー、それは初耳。綾姉何にも言わないし。て言うか、顔併せて無いな。修学旅行の引率で、一波乱あったのをぼやいて居た時以来、まともに話してないな。」
「え、一波乱て?」
「男子生徒が、三人ほど綾姉に夜這いを掛けたらしく。綾姉に投げ飛ばされた挙げ句、ホテルの廊下に正坐させられ、翌日強制帰宅、現在停学中て話していた。」それを聞いて、美紀は「ぷー」と吹き出して
「でも、綾さん何とも無かったの。」と聞いた。
「まあ、綾姉は、人を襲う事はあっても、襲われて、たじろぐ人間じゃない。ちなみに、襲われたのは僕だけど。そんな訳で何とも無かったみたいだけど、赴任先、女子校にしておけば良かったてぼやいていた。」と僕が話すと、
「襲われたて、和君の背中の傷の話ね。でも、幾ら武闘家と言っても、男子生徒三人じゃ大変だったでしょう。」美紀が心配そうに言った。
「僕も何度か投げられた事があったけど。」
「ええ、和君も綾さんを襲ったの?」美紀が笑いなが言ったので一寸ムカッとしたが
「病気の後、体を鍛えろとかで、綾姉の鍛錬に駆り出されて・・・綾姉の投げは、一寸した神業で、本当に凄い。技を掛けられた瞬間、投げ飛ばされてるから。あの体の何処からそんな力が出て来るのか不思議だけど。」そう言い終わってから、少し前の事を思い返していた。
 あの忘れ物が、僕の机に置いてあった日から三日後の週末、翌日も午後から、仕事が入ってたので、特に美紀にも連絡せずに、一寸朝寝坊をしようと考えながら、眠りに入っていた。その日の明け方、ふと気が付くと綾姉が横で寝ていた。昔は、と言っても子供の頃の話しだが、良く抱きつかれて寝ていた事があった。僕に取っては、ある種の寝技か、軽い羽交い締めにされている様な感じで、良い迷惑だったが、綾姉は、多分弟分の僕を寝かし付けるつもりでの行為だったのだろう。僕の体が綾姉より大きく成ってくると、寄り添って寝るように成ったが、流石に、中学とも成ると、泊まりに来てもそこまでする事は滅多に無くなった。でも、時折添い寝をする事があり、大体、僕が寝入った後にやって来て、気がつくと隣に居ると言った感じだった。
今思えば、そういう時の綾姉は、何処か淋しそうな感じがしていたが、それも、あの事件が起こって依頼、無くなっていた。僕は、久しぶりに、綾姉の温もりを背中に感じながら朝方の微睡まどろみの中にいた。外も明るくなり、鳥の声が聞こえ始めた頃、
僕は、「綾姉・・」と小声を掛けた。
「ううん、和也か。」と背中越しに声がした。
「和也を殺しかけた女が、こんな事、しちゃあいけ無いのだろうが・・・一寸やるせなくて、淋しくて。」綾姉は、そう言ったきり、黙ったまま僕の背を軽く抱きかかえていた。
『美紀との事がショックだったのかな?』

頭の中で、綾姉の意図を探ろうとしてみたが、どれも情報不足であった。
再び、軽い眠りに入り、目覚めて時は、7時を回っていた。
「綾姉、起きるよ。」そう言うと
「和也、もしかしたら結婚するかもしれないぞ・・・私。」
唐突の言葉に僕は一寸面食らって、
「ええ!誰と、何時!」
「ああ、まだ少し先の話だ。その内ちゃんと話すから。まあ、おまえ達の方も色々有ったみたいだが。・・保護者の留守に彼女連れ込んで、パンティーまで脱がして何やってたんだ。」僕は、やばいと思いながら、
「脱がしたんじゃ無いよ。脱いでいたんだ。」
反射的に応答してしまった。このまま行くと薫さんに尋問されて、洗いざらい聞き出されてしまった、美紀の様な状態に成りそうだったが、綾姉の追及は、以外に素っ気無かった。話題は、修学旅行の話になり、夜這いを掛けきた、男子生徒を投げ飛ばした事や、自分の体のコンプレックスに付いてぼやいていた。まあ、そんな話ができる相手は僕位いなのかなと思いつつも、結婚するかもしれない相手が気になっていた。
 一寸長い物思いに耽っていた僕は、
「和君、どうかした?」美紀の声で、我に帰って
「ああ、ごめん。綾姉が言ってた事が一寸気になって。・・・まだ一寸先の話だけど、綾姉結婚するかもしれないて言ってた。」
「ええ、誰と」
「詳しい話は、その内話すて言って、教えてくれなかったけど。」
「うん、それは、おめでたい事じゃない!」
「ああ、嬉しい。・・まあ、其れは其れとして、僕らも、頑張らないと。一応、4月になれば、正式な、職員になれるから、その辺を目安に、結婚しよう。」 美紀は嬉しそうに
「それってプロポーズ。」とはしゃいで言った。
「何だか、継いでみたいでごめん。正式には、ご両親にちゃんとお話しするつもりだけど。」その言葉に、美紀は一寸顔を曇らせて
「うちの親、離婚するかもしれない。」
「え、そんなに深刻なんだ。まえに一寸旨くいって無いて言ってたけど。」
「もう、駄目かなって、有る程度覚悟してるんだけど。私また、一人に成っちゃう。・・
子供の頃、母は実家の薬局の経営の手伝いで、父は海外だったから、何時も一人だった時があったの、母の方が軌道に乗ったので、家に居る様になって、とても嬉しかった。だから、また一人に成っちゃう様な事になったら和君の所へ、押しかけ女房に成ろうと思っていたの。だから、さっきの和君の言葉が、とっても嬉しい。もう、一人じゃないて。」
美紀の胸の中に有った、淋しさが始めて実感として僕の心に伝わって来た。テーブルの上にあった美紀の手を思わず握りながら、
「二人でいると、楽しい時間ばかり見えていたので、美紀のそんな淋しさに気づかなかった。」
「ううん、大丈夫、今は和君と一緒だから。」
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