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文字数 1,985文字
時はわずか遡る。
「……高天は、部室棟にいる」
文字通り腕も上がらず、泣きべそをかいて、志摩は告げた。
「部室棟?」
「旧校舎の裏に、男子が更衣室がわりに使っているプレハブの建物があるでしょう? 一年生は教室から遠いし更衣室も近いから、あんまり使っていないみたいだけど。一応、あれは部室なのよ」
校舎の最上階に教室があり、同じ階に共用の男子更衣室がある一年生の巽にはピンとこなかったらしく、首を傾げていると加奈が助け船を出した。
「ああ、あれ、先輩たちが更衣室に使っているところ、部室だったんですね。物置だと思ってました」
ま、実質、物置小屋みたいなものだけどね。
引き続き詳細な位置を聞き出そうとする巽を見つめながら、加奈は疲労感を覚えて、本日何度目になるかわからない溜息を吐いた。
変わり者の兄・斎と違い、人懐こい、でもどこにでもいる少年だと思っていた巽が、美術部に押し入ってきた無頼の輩……といっても、せいぜい二十歳くらいだろう……を次々とのしてしまい、志摩に至っては、訳の分からない技で、身動きできなくしてしまった。
驚いたのは、自分と美矢くらいで、山口部長達三年生は、全く動じてないし、珠美は驚きもせず『行け! いいぞ!』と声援を送っていた。
「武術と名のつくものは、何でもござれなんです」
訳知り顔で珠美は、彼が実は有名な武術家の跡取りだと、そっと耳打ちしてくれた。
「よく知ってるわね」
加奈が感心すると、えへ、っと赤くなった。
どうやら加奈が知らないうちに、密かに思いを通じ合わせていたらしい。
「で、今回裏で仕切っていたのは、結局誰なんですか?」
「……それは……」
「まあ、今はいいでしょう。三上先輩、これで和矢先輩に連絡して、場所教えて下さい。プレハブ棟の北寄り三番目の部室です」
そう言って加奈にスマホを手渡すと、巽は縛り上げた男達の所持品を点検し始めた。
全員分のスマホを探し出し、片っぱしからチェックしていく。
加奈が場所を打ち込んでメール送信していると、巽がスマホを見比べて、頷いていた。
「わかったの?」
巽の手が複数のスマホで埋まっていたので、借りていた斎のスマホは紛れないよう珠美に預け、巽のそばに寄り、男たちのスマホをのぞき込む。
「はい、たぶん。同じ未登録の番号が、リダイヤルで、しかもほぼ同じ時間に入ってますから。全部数秒でワン切りしてますし。着信歴もない」
仲間内で同じ番号を控えるなら、一人が登録してメールで一斉送信し回した方が手早い。
一見無駄な手順に、なるべく記録を残さない意図を感じた。
間違って消してしまってもいいように、何人かのスマホに打ち込んだのであろう。
言われれば分かるが、それをパッと見ただけで探り当てる巽の情報分析力というか、推理力に加奈は感心した。
巽が、スマホの一つを操作し、発信する、と。
「加奈先輩……!」
キャアッと珠美が小さく悲鳴を上げる。
突然、雷に打たれたように、加奈はのぞけっていた。
『…………ってえ、何す……』
巽の手にしたスマホから、声が漏れ聞こえていたが、今は誰も気に留めていなかった。
床にへたり込んだ加奈を、美矢が介抱する。
「先輩……!」
震える加奈の肩を、美矢は両手で支える。
すがるように、加奈が美矢に抱きついた。
「……さま、……が……」
かすかに、美矢の耳に届く、声。
そのまま美矢の腕の中で、すうっと、加奈は崩れ落ちた。
『…………っ! …………っぎゃあぁぁ!』
時同じくして、巽の手の中のスマホの、向こうから響いてくる、叫び声。ぎょっとして、その場にいた面々が、加奈とスマホに何度も視線を往復させる。
余韻もなく、打ち切られた悲鳴の後には、通話が途切れたことを示す、電子音が鳴る。
巽はすぐさまリダイヤルしたが、『おかけになった番号は……』と無機質なアナウンスが、電波が届かない旨を知らせるのみ。
「何が起きたんだ……?」
珠美から奪うように兄のスマホを操作し、巽は和矢に連絡を取る。
『今、部室に着いた! 悲鳴が聞こえて……いた? 高天君!?』
俊!という正彦の叫び声が、後ろから聞こえる。
『……無事、とは言い難いけど、とりあえず保護完了だよ』
「そこに、他には……須賀野って人がいるらしいんですけど」
『いない。扉が開けっ放しになっていたから、出て行ったのかもしれない。あの悲鳴が、スガヤってやつの、かな? ……あ、高天君? ……大丈夫、気が付いたみたいだ』
「……俊先輩、確保です。ケガしているみたいですが、意識は大丈夫そうです」
巽の言葉に、美矢はひとまず胸をなでおろし……意識を失った加奈の体をしっかりと抱きしめる。その青ざめた顔を、じっと見つめ。
美矢は、先ほどの加奈の残した言葉を、頭の中で反芻した。
『ヒメサマ、ワガキミガ』
……あなたは……誰?
…………星が、またひとつ、流れ落ちた。
「……高天は、部室棟にいる」
文字通り腕も上がらず、泣きべそをかいて、志摩は告げた。
「部室棟?」
「旧校舎の裏に、男子が更衣室がわりに使っているプレハブの建物があるでしょう? 一年生は教室から遠いし更衣室も近いから、あんまり使っていないみたいだけど。一応、あれは部室なのよ」
校舎の最上階に教室があり、同じ階に共用の男子更衣室がある一年生の巽にはピンとこなかったらしく、首を傾げていると加奈が助け船を出した。
「ああ、あれ、先輩たちが更衣室に使っているところ、部室だったんですね。物置だと思ってました」
ま、実質、物置小屋みたいなものだけどね。
引き続き詳細な位置を聞き出そうとする巽を見つめながら、加奈は疲労感を覚えて、本日何度目になるかわからない溜息を吐いた。
変わり者の兄・斎と違い、人懐こい、でもどこにでもいる少年だと思っていた巽が、美術部に押し入ってきた無頼の輩……といっても、せいぜい二十歳くらいだろう……を次々とのしてしまい、志摩に至っては、訳の分からない技で、身動きできなくしてしまった。
驚いたのは、自分と美矢くらいで、山口部長達三年生は、全く動じてないし、珠美は驚きもせず『行け! いいぞ!』と声援を送っていた。
「武術と名のつくものは、何でもござれなんです」
訳知り顔で珠美は、彼が実は有名な武術家の跡取りだと、そっと耳打ちしてくれた。
「よく知ってるわね」
加奈が感心すると、えへ、っと赤くなった。
どうやら加奈が知らないうちに、密かに思いを通じ合わせていたらしい。
「で、今回裏で仕切っていたのは、結局誰なんですか?」
「……それは……」
「まあ、今はいいでしょう。三上先輩、これで和矢先輩に連絡して、場所教えて下さい。プレハブ棟の北寄り三番目の部室です」
そう言って加奈にスマホを手渡すと、巽は縛り上げた男達の所持品を点検し始めた。
全員分のスマホを探し出し、片っぱしからチェックしていく。
加奈が場所を打ち込んでメール送信していると、巽がスマホを見比べて、頷いていた。
「わかったの?」
巽の手が複数のスマホで埋まっていたので、借りていた斎のスマホは紛れないよう珠美に預け、巽のそばに寄り、男たちのスマホをのぞき込む。
「はい、たぶん。同じ未登録の番号が、リダイヤルで、しかもほぼ同じ時間に入ってますから。全部数秒でワン切りしてますし。着信歴もない」
仲間内で同じ番号を控えるなら、一人が登録してメールで一斉送信し回した方が手早い。
一見無駄な手順に、なるべく記録を残さない意図を感じた。
間違って消してしまってもいいように、何人かのスマホに打ち込んだのであろう。
言われれば分かるが、それをパッと見ただけで探り当てる巽の情報分析力というか、推理力に加奈は感心した。
巽が、スマホの一つを操作し、発信する、と。
「加奈先輩……!」
キャアッと珠美が小さく悲鳴を上げる。
突然、雷に打たれたように、加奈はのぞけっていた。
『…………ってえ、何す……』
巽の手にしたスマホから、声が漏れ聞こえていたが、今は誰も気に留めていなかった。
床にへたり込んだ加奈を、美矢が介抱する。
「先輩……!」
震える加奈の肩を、美矢は両手で支える。
すがるように、加奈が美矢に抱きついた。
「……さま、……が……」
かすかに、美矢の耳に届く、声。
そのまま美矢の腕の中で、すうっと、加奈は崩れ落ちた。
『…………っ! …………っぎゃあぁぁ!』
時同じくして、巽の手の中のスマホの、向こうから響いてくる、叫び声。ぎょっとして、その場にいた面々が、加奈とスマホに何度も視線を往復させる。
余韻もなく、打ち切られた悲鳴の後には、通話が途切れたことを示す、電子音が鳴る。
巽はすぐさまリダイヤルしたが、『おかけになった番号は……』と無機質なアナウンスが、電波が届かない旨を知らせるのみ。
「何が起きたんだ……?」
珠美から奪うように兄のスマホを操作し、巽は和矢に連絡を取る。
『今、部室に着いた! 悲鳴が聞こえて……いた? 高天君!?』
俊!という正彦の叫び声が、後ろから聞こえる。
『……無事、とは言い難いけど、とりあえず保護完了だよ』
「そこに、他には……須賀野って人がいるらしいんですけど」
『いない。扉が開けっ放しになっていたから、出て行ったのかもしれない。あの悲鳴が、スガヤってやつの、かな? ……あ、高天君? ……大丈夫、気が付いたみたいだ』
「……俊先輩、確保です。ケガしているみたいですが、意識は大丈夫そうです」
巽の言葉に、美矢はひとまず胸をなでおろし……意識を失った加奈の体をしっかりと抱きしめる。その青ざめた顔を、じっと見つめ。
美矢は、先ほどの加奈の残した言葉を、頭の中で反芻した。
『ヒメサマ、ワガキミガ』
……あなたは……誰?
…………星が、またひとつ、流れ落ちた。