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「今日は制服の子が多いけど、なんか学校行事でもあったの?」
「振り替え授業だったんです。この間、台風が来た時に休校になって。二、三年生だけなんですけど。でも、理系の人たちと三年生は、午後もあるんで、ここら辺にいるのは二年文系の子たちだけかな」
「へえ。じゃ、森本さんは二年生なんだ」
「はい」

 ひょんなことから連れ立っておしゃれなカフェでランチを共にすることになった健太と真実だったが、初対面の二人が思いのほか話が弾んだ。

 ころころよく笑う子だな。

 今日は土曜日登校だと和矢に聞いて、何となく気になった健太は、昼頃に高校の近くまでやってきた。健太が通っていた私立高校は土曜日も隔週で半日授業だったので、何となく昼に終わる気でいた。しかし、和矢も俊も見当たらなかった。その理由は今真実に聞いて分かったが。和矢は文系っぽいけど理系だったのか、俊は、確かに杓子定規なところが理系な感じがする。自分があまり理系が得意ではないので、意味もなく二人を尊敬してしまう。それはおいといて。

 二人の代わりに見つけたのは、高校を出てすぐの小さな公園のベンチに座っていた『シバ』の姿だった。小春日和のあたたかな日差しの下で、物思いにふける様子は、先日の見かけた時のような荒々しさはみじんもなく、穏やかな空気を纏っていた。
 俊の肩に手をかけていた姿の、わずかな時間の記憶しかないし、もしかした人違いかも、と思ったが、あの一瞬に目に焼き付いた美貌は、今でもはっきり思い出せた。

 声をかけてみようか躊躇していると、小走りに駆け寄ってきた女子高生の姿が目に入った。華やいだ二人の雰囲気を物陰から眺めていると、連れ立って歩き始めたため、そのまま健太は後をつけていった。

 俊を苦しめていた時とはあまりにも違う男の様子に不信感を抱きながら、距離を保ってついていくと、二人は瀟洒な喫茶店に入った。いかにも若い恋人同士が好みそうな、逆に言うと男性一人では入りにくいおしゃれな店構えに困惑し、しばらく道端から様子を眺めていた。向かいの洋品店のウィンドウを眺める風を装いながら見張っていると、さっきまでの健太と同じように喫茶店を入り口周辺をうろうろしている女子高生が目についた。

 『シバ』と一緒にいた少女と同じ制服(と言っても、今日は他にも周囲に沢山いたが)の少女の挙動が気になって、健太は近づいてみた。窓をのぞき込もうとしてバランスを崩した少女を受け止め、とんとん拍子に話が進み、不自然なく店内に入ることができた。

「そういえば、さっき知り合いがいるって言ってたけど、あの子? 奥の席にいるカップルの制服の女の子」
「あ、はい。知ってるんですか?」
「いや、女の子の方は分からないけど。男の方が……」
「ああ、イガワさんのお友達なんですか?」
「え、ああ、そう、イガワ……の、ちょっとした知り合い」

 嘘ではない。初対面ではない。名前は初めて聞いたが。

「あの二人って、もう付き合って長いの?」
「長……くはないかな。まだ三ヶ月くらい……お友達なのに知らないんですか?」
 真実の目に不審の火が灯り、やや警戒した表情になる。

「いや……あいつ秘密主義でさ。なかなか本当のこと言わないから。女の子と歩いているところを見かけて、つい追いかけちゃたんだよ」

 嘘ではない、嘘では。謎が多いことは本当だ。

 なんでも顔に出ちゃう、と真実は言っていたが、実は健太もあまり嘘がうまくない。
 当たり障りない「真実」で取り繕い、ごまかそうとするが、真実は変わらず警戒しているのか、表情は硬いままだ。

「イガワさんと、仲がいいんですか? 大学が一緒、とか?」
「え、あ、うん……いや、仲がいいってのは、あんまり。俺は高卒なんで、大学つながりとかではない。小さな頃に知り合って、再会したんだけど。でも、謎だらけだし。ただ、すごく気になるんだ」
 取り繕うことをあきらめ、理由はぼかしたまま、本音を告げる。
「やっぱり。謎ですよね、あの人」
 ごまかすのをやめたのがよかったのか、真実の表情から不信感は消えた。
 織り混ぜた多少の嘘ごと信じて貰えたらしい。

「どういうところが、そう思うの?」
「本音が見えないっていうか……ううん、ちょっと違うなあ。人間って、好きな人の前だったら、いい所見せたいし、だからあの人が加奈さん……ああ、彼女の名前です……、彼女に対していい顔したいっていうのは、まあ理解できるし、アリだと思うんですけど。でも、なんか違うんですよね。なんて言うか……恋に落ちてない? って」

 彼氏なし十七年の私が偉そうなこと言えないですけど、と真実は苦笑する。

「でも、加奈さんがあの人に初めて出会って恋に落ちた瞬間に、ぶわっと空気が変わったように感じたんですよ。『あ、今好きになっちゃったんだ』って、すごい伝わってきて。実は私、こっそり物陰から見ちゃっていて。で、その後、彼の方と、ちょっと話したんですけど……何だか、彼女が好きでたまらない、っていう熱みたいなのが、私には伝わってこなくて。って言っても、イガワさんに直接会ったのは、その一度きりなんですけど。だから、すごく不安だったんです。だけど……」

 ちらっと、二人の方を見て、真実は言葉を続ける。

「今見ると、感じるんですよね、その熱。二人がお互いを好きで好きでしょうがないって、この距離でも分かりますもん」
「今は?」
「まるで、別人みたい。影が消えたみたいに、嬉しそうな顔しちゃって。……私の取り越し苦労だったみたいです」

「別人みたい、だよね。確かに。

は、あんなに冷たい顔していたのに」

 健太の同意に、「やっぱりそうなんですか? 恋って偉大だわ」と納得したように真実がつぶやいた。

 前は……この前は。

 苦しむ俊を押さえつけて、冷酷な笑みさえ浮かべていたのに。
 場所や相手が違うとはいえ、あんなにも豹変できるものなのだろうか。
 まるで、別人……人格すら変わってしまったかのように。

「お待たせしました」
 店員がパングラタンとエビピラフ、付け合わせのスープとサラダを運んできた。
 半斤の食パンを半分に割ってくりぬいた入れ物に、マカロニグラタンを詰めてたっぷり載せたチーズがこんがりと焼けた、見るからに美味しそうな一品だった。手が込んでいて、数量限定なのもわかる。
「すみません、小皿もらえますか?」
 真実が店員に頼むと、すぐに小皿が二枚運ばれてきた。

 真実は、パングラタンを真ん中から4つにナイフで切り分けると、そのひとかたまりを小皿に乗せて、健太に差し出した。
「おすそ分けです。せっかくなので、味見してください」
「……ありがとう。でも、こんなに悪いよ」
 実はチーズやホワイトソースが好物の健太だったので、パングラタンを食べそこなったことを、ちょっと残念に思っていた。
 ……もしかして顔に出ていたかな?
 しかし、真実がすぐに小皿を頼んだことを考えれば、最初からそのつもりだったことは分かる。とはいえ、メインの四分の一を取り上げてしまうことに申し訳なさを感じて困っていると、真実は苦笑して、もう一枚の小皿を差し出し。
「じゃあ、せっかくなので、ピラフをちょっとください。シェア、ということで」
「ありがたく、頂戴します……」
 エビを多めに乗せながら、小皿にピラフを取り分け真実に小皿を返す。
「いただきまーす。……あ、ホント、ここのピラフおいしい! 得しちゃった」

 本当に、すぐ顔に出るんだな。

 満面の笑顔でおいしそうにピラフとパングラタンを交互に頬張る真実を見て、健太もグラタンを口する。熱いホワイトソースと、香ばしく焼けたチーズの濃厚なうまみが、口いっぱいに広がる。
「うん、うまいね」
「はい、お店に入れてよかったです」

 ここ最近で、一番おいしく……楽しい食卓だった。

 満たされたのは食欲だけでなく、胸の奥……真矢を失ってからぽっかり空いていた健太の心の(うろ)を満たすように、年下の少女の存在が入り込んできたことを感じた。
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  • 序章

  • 兆し
  • 第一章 麗しき転校生

  • 2
  • 3
  • 4
  • 第二章 甦る悪夢

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第三章 黄昏の魔性

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 凍てつく瞳

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第五章 疾風の帰還者

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第六章 忘れられた守り手

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第七章 嵐呼ぶ遭遇

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第八章 蔦絡まる紅葉

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第九章 消しえない絆

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第十章 交錯する狂気

  • 2
  • 3
  • 4
  • 第十一章 見えない虹

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第十二章 哀哭の二重奏

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第十三章 冬空を貫く雷光

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第十四章 蒼き氷雪の曙光

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 終章

  • 火種

登場人物紹介

高天 俊(たかま しゅん) 17歳 県立石町原高校2年生。美術部所属。

 黙っていても威圧感があり、目を合わせると人をフリーズさせることから、ついたあだ名は「氷の視線を持つ男」。でも、本人には威圧する気も凍らせる気も全くなし。コミュニケーションは苦手で周囲と壁をつくりがち。

 親友の正彦に冷淡に接しているように見えるが、言葉が少ないだけで、ちゃんと大切に思っている。

 転校してきた遠野和矢の妹、美矢に対し、他とは違う関心を寄せ始めているが……。

遠野 和矢(とおの かずや) 17歳 県立石町原高校2年生 美術部所属。

 俊のクラスの転校生 父が日本人、母がインド人のハーフ 1歳下の妹の美矢とともに美術部に入部した。

 白薔薇や蓮に例えられる華やかで超然とした美貌の持ち主。

 両親と離れ叔母の家に居候している。

 常に笑顔を絶やさないため、あらぬ誤解を(主に女子に)受けがちだが、性格は生真面目。意外とミーハーなところもある……らしい。

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