第8話 絶対に、後を振り返ったりはしない 3

文字数 1,981文字

 中学受験に失敗してから、ずっと考えていました。うちの親にとって、子供は自分たちの人生のアクセサリーだったのでしょう。
 だから、失敗した僕のことは、もう要らないわけです。そんなアクセサリーを飾ったところで、自慢もできませんからね。
 奏音(かのん)琉斗(りゅうと)と再会したときから、あいつらのように、親から離れて生きていく方法はないものかと考えていました。
 琉斗に先輩のアパートに連れていってもらったとき、もしも居心地が良ければ、ずっとそこに入りびたりになっていたと思います。残念ながら、あんまり僕には向いていなかったですけど。
 家を燃やす夢は爽快でしたけど、さすがに現実的ではありません。
 一番参考になったのは、奏音のやり方でした。ただ、残念なことに僕には学費を出してくれるような優しいおばあちゃんはいません。
 そこで、親の無知を利用することにしました。
 詰めが甘いって、さっき言いましたよね。予防接種のことだけじゃなく、引っ越した場所もなんです。親としては文教地区に家を建てたつもりなんですけどね。札幌の中学校って、学力の高い公立中と付属中の頭文字で「3K2F」って言いますよね。それ、隣の学区なんですよね。そんなこと、調べればすぐにわかるじゃないですか。まあ、私立に通わせるつもりだったので、公立の中学校のことは考えてもいなかったんでしょうけど。
 そんな調子で、高校のことも「公立はレベルが低い」といまだに思い込んでいるみたいなんですよ。札幌は東西南北の公立高校がレベルも高くて人気もあるのに。何年住んでるんだ、ってツッコミ入れたくなります。どうせ子供の意思や適性はどうでも良くて、東京の友達や親せきに自慢できるような学校に進学できないくらいなら学費の無駄くらいに思っているんです。
 だから、その考え方を利用することにしました。学校から進路調査のプリントをもらったのをきっかけに、久しぶりに両親ときちんと話をしました。
 僕は進路の第一希望を、函館R高校にしたいと告げました。
 私立信者の両親ですが、札幌の私立は東京の知人にはいまいち知名度が低いことに不満を持っていました。それが、タレントのおかげもあってR高校なら知名度抜群です。まあ、あのタレントは鹿児島のR高校出身なんですが、両親にとってはどうでもいいことです。
 親が乗り気になったのを見て、僕は塾にいかせてもらえるように頼み、快諾されました。中学受験も学力で失敗したわけではなかったので、無駄な投資にはならないと思ったのでしょう。
 それ以来、勉強漬けの毎日です。もちろん、親を喜ばせるためではありません。R高校に入学できれば必然的に寮生活ですから、円満に親から離れて生活できることになるわけです。僕の願いも叶い、親の虚栄心も満たされるんだから、Win Winですよね。

 奏音には、花蓮(かれん)として文通しています。男子名を強要したわけではないのですが、奏音は(そう)と署名し、寮の名前も書いてないので、親は小学校の友達の奏音からだとは気づいていないようです。もっとも、親にとっての期待の本命は弟なので、僕に対しては模試の順位以外の興味はなさそうです。
 奏音は僕の計画に賛成してくれています。寮生活の先輩として、新入生の心得みたいなことをつらつら書いてきますが、女子校の寮生活はたぶん参考にはならない(笑)。でも、嬉しいんです。
 琉斗は、今は札幌の施設に一時入所しているらしいです。手紙を出したら、返事をもらえました。釧路のお母さんは、身元引受人にはなってくれないそうです。既に再婚していて子供もいるとか。「こっちが昔拒否ったんだから、今更しゃーないな」って、琉斗は割り切っています。そのうちどこかの児童自立支援施設に入所することになるらしいですが、決まったら教えてもらうことになっています。

 で、どうしてここで勉強してるかってことですか?
 とりあえず、内申書のためには登校しないといけないですからね。受験勉強は塾で効率よく教えてもらっていますから、二年生のうちに三年生までの範囲を全部終わらせる予定です。そのためには、教室でみんなのペースに合わせていたら間に合わないんですよね。
 担任の先生には、理解してもらっています。三者面談で、うちの親のとんでもなさがわかってもらえたみたいなんですね。先生にしても、親に反抗して不良少年になるよりは、その反抗心を昇華して私立進学校で寮生活を送れるようになるほうが、僕のためになるって思ってくれているようです。
 友だちは……中学生の間は、まあいいかなって。僕には、奏音と琉斗がいますし。今のクラスメートからも、別にいじめられてるわけじゃないですよ。同じ塾の子とは、普通に絡みますし。
 とにかく、今は受験に合格して、早く寮生活を始めたいです。親から離れて、やっと僕は自分を生きられるようになるんです。
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