第6話 絶対に、後を振り返ったりはしない 1

文字数 2,512文字

 僕? うん、大丈夫ですよ。ちょうど古文が一段落しましたから。
 でも、たいして面白い話でもないですよ。

*  *  *

 うち、転勤族だったんですよ。
 僕が小一の時に、ここに親の転勤で引っ越してきたんです。それまでは東京に住んでいたはずなんだけど、あんまり記憶はないですね。スイミングスクールと、お受験用の塾? 幼稚園? みたいなところでひらがなとかアルファベットとか教えられたのは、かすかに覚えているんですけど。
 うん。小学校受験する予定だったんですよ。でも受験時期に、父の転勤の内示が出たからやめたんだって。目指していた学校の校風が、親と子は一緒に住んでいることが暗黙の了解で、単身赴任じゃダメだったみたいで。
 まあ、その頃の僕は受験なんてよくわかってなかったんですよね。両親は社宅の近くの公立の小学校にがっかりしてたみたいだけど、僕は楽しかった。校庭が広くて、隣接してる公園には小川も流れていて、秋になるとサクラマスが戻ってくるんですよ。地下鉄駅に近い学校だったんですけどね。札幌すげーって思いました。
 友達もできて、毎日一緒に遊んでました。同じクラスの琉斗(りゅうと)奏音(かのん)。公園で走り回ったり、琉斗の家でゲームしたり。
 あの頃が、今までの人生で一番楽しかったです。

 両親は、僕の友達にいい顔はしなかったです。理由は、彼らが片親だから。
 琉斗の家はお母さんが、奏音の家はお父さんがいない。僕たちには、なんの関係もないことなんですけどね。
 いろいろ変わり始めたのは、小三の頃です。
 まず、奏音のお母さんが再婚して引っ越しました。札幌の隣の市です。今なら電車で一時間って思えますけど、小三ですからねえ。もう今迄みたいに会えないんだと、三人で泣きました。
 次に僕の家が引っ越しました。父が転職して、札幌に永住することになったんです。それで、どうせなら文教地区に住むことにしようって。両親、お受験の夢を捨ててなかったんですよね。僕と、三つ下の弟は中学受験することになりました。
 しばらくの間は、琉斗が自転車で遊びに来てくれたんだけど、家に入れると親が嫌な顔するんです。僕も塾通いが忙しくなって、だんだん会わなくなりました。
 たまにゲーム内で三人で会話することもあったけど、ゲームにも飽きると、もうそれっきりでした。

 中学受験は失敗しました。まあ、だから今ここにいるんですけど(笑)。
 塾の模試では合格圏内だったんですけどね。試験日の二日前にインフルエンザになってしまって。
 うち、予防接種ってあんまり受けない家庭だったんです。両親とも、今まで罹ったことなかったから、油断してたようです。詰めが甘いんですよね。弟のクラスが学級閉鎖になって、やばいかもと思った時には家族全滅でした。
 まあ別に、そんなに行きたい学校でもなかったので僕は構わなかったのですが、親のダメージが酷くてですね。両親の全期待が、弟に向けられることになりました。僕のことは「失敗した長男」扱いで、もう空気ですね。
 今まで過干渉で息苦しいくらいだったのに、いきなり放任ですよ。家に居づらくて、放課後は本屋とかぶらついていました。
 そんな頃、奏音と再会したんですよ。ちょっと少女マンガみたいなんだけど、同じ本に手を伸ばして、手が触れてハッと気づく感じで。
 四年ぶりに会った奏音は、一見すごく大人びて見えました。由緒あるキリスト教系女子校の、クラシカルなセーラー服を清楚に着こなしていて。身長も僕と同じくらいあるんです。
(れん)くん? 久しぶりー。やだ、全然変わってなーい!」
 話し出すと、小学生の頃の奏音のままでした。
 その場で立ち話して、奏音が女子校に進学して寮生活を送っていること、僕が引っ越ししていたため連絡できなかったこと、琉斗の家にも行ってみたけど会えなかったことを知りました。
「寮の門限が厳しくて大変なんだ。今度また、ゆっくり会ってよ」
 この次の自由外出日が日曜日の一時からだと言うので、その日にまたここで会う約束をすると、奏音は会計を済ましてあわただしく帰っていきました。

 奏音に会った翌日、僕も琉斗の家に行ってみました。
 全然変わっていない友達の家と思ったけど、じっくり見ると、若干記憶の中の家よりも荒んで見えました。庭に大型ごみが無造作に置いてあったり、割れた窓をガムテープと段ボールで補修していたり。
 しばらく会っていない気まずさもあって、どうしようかとドアの前で逡巡していた時に、怒鳴り声が響いていきなりドアが開きました。金髪の男が家の中に向かって怒鳴り、家の中からも大人の男の怒鳴り声と何かが割れる音が聞こえました。金髪の男は叩きつけるようにドアを閉めると、そこで初めてドアの前で固まっている僕に気づきました。
「蓮? 久しぶりじゃん! てか、お前、全然変わってねーな」
 しかめ面していた男が、僕を見てクシャっと笑いました。その笑顔は、昔の琉斗のままでした。
「俺、今から先輩んとこ行くんだよ。お前も来いよ。紹介しちゃるわ」
 先輩の家は歩いて十分ほどのアパートでした。歩きながら琉斗は、父親が作業現場で怪我をして以来働かなくなったこと、家で酒を飲んでいるばかりなので喧嘩が絶えないことなどを話してくれました。
「だから俺、今じゃほとんど先輩んちにいるんだわ。奏音来てたの? 会いたかったー」
 先輩の家には、他にも四人の男女がいました。多分、みんな未成年。僕たちと同じ年くらいの子もいました。みんな気さくを通りこして馴れ馴れしい感じで、琉斗は楽しそうだったけど、僕はそこにいるのが苦痛でした。酒とタバコも勧められましたが、においをかいだだけで吐きそうで、断るとウザ絡みされたので、琉斗に断って帰ることにしました。
「今度、奏音も誘って三人で遊ぼうな」
 琉斗は気を悪くすることもなく、僕を見送ってくれました。

 家に帰りついたのは、夜の十一時過ぎでした。塾に通っていた頃でもこんなに遅くなったことはありません。
 両親は怒りもしませんでしたが、夕食は残っていませんでした。食べ物を探して冷蔵庫を開けていると、「遊んでいるのに、おなかは空くんだ」とだけ、母親に言われました。

 
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