第10話
文字数 1,559文字
桃の後をついて回らなくても、桃がなにをしているのかという噂がいやと言うほど聞こえてくる。先週の日曜日はケントと二人で駅前のカフェにいただとか、その後、仲良く腕を組んで歩いていただとか、その前の週はあそこで、昨日はどこでと、この学校には何人も探偵がいるのだろうかと思うほど情報が飛び交う。
ケントは桃のわがままをなんでも聞いてやっているようだった。桃のリボンや、文具や、アクセサリーが、小雪が知らないものに変わっている。小雪はそれを見ていることが出来なくて授業中も目を伏せていた。
「須藤さん」
先生から呼ばれてもしばらく気付かなかった。
「須藤さん、どうかしましたか?」
はっとして顔を上げた。黒板に数学の問題が書かれている。どうやら当てられたらしかった。それも、何度も呼ばれていたのだろう。クラス中の視線が小雪に集まっていた。ただ一人、桃だけが頬杖をついて退屈そうにしている。小雪に何の興味も示さない。
「須藤さん?」
「すみません……。聞いていませんでした」
優等生な小雪だ。いつでも真面目に授業に取り組んでいることはみんなが知っている。先生も注意する必要を感じなかったのかもしれない。困った様子で眉を寄せると、もう一度、前に出て問題を解くようにと指示した。
小雪はうつむき加減に前へ歩いて行き、問題を解き終わり、振りかえった。どうしても、桃へと視線が動いてしまう。
桃はそっぽを向いていた。広めに開けた襟元に、小雪が知らないネックレスをつけていた。華奢で淡いピンクの、大人っぽいネックレスは小雪が選ぶようなデザインではなかった。桃の趣味でもない。なのに、とてもよく似合っていた。ケントが桃のためにと選んだデザインが、とてもよく似合っていた。
小雪は唇を噛んで目をそらした。
桃とケントの付き合いも二か月を越えた。最初のうちは桃に振り回されるばかりだったケントも、次第に桃の扱いにも慣れて、わがままも、うまくかわすようになっているようだった。
この頃には桃もケントと一緒にいることに馴染んできたようで、わがままを言うというより、甘えている、じゃれていると言えるような態度に変わっていた。
まるで小雪と一緒にいた時のような姿に、変わっていた。
小雪は、もう桃とケントが一緒にいるところを見ることが出来なくなっていた。二人の姿をしっかりと見つめてしまったら、自分が何をするかわからない。自分で自分を壊してしまうか、それとも桃を壊してしまうかもしれない。
それでも、どうしても二人から離れることが出来ない。桃に引き付けられているようにも、ケントに忍び寄っているようにも感じるような気持ちで、小雪は視線をそらしたまま二人の後をついていく。
いつもの路地でケントが立ち止まり、道を戻ろうとした。すると、桃はケントの腕を取って、右の道へ引っ張って行く。小雪は曲がり角から様子をうかがった。
桃の家の前で二人は話をしている。桃はまっすぐにケントを見つめている。桃のその瞳を、小雪は知っていた。あれは桃が小雪だけにそそぐ視線だった。小雪にしか見せない視線だった。
ああ。
小雪はもう取り返しがつかないのだと思い知った。桃はケントの瞳の中に見つけてしまったのだ。小雪がずっと抱えていたものを。ケントが抱いてきた、小雪と同じ苦悩を。
だからもう、桃には小雪が必要ないのだ。もう小雪は戻れない。
小雪はケントの背中を睨みつけた。桃の前にいることが許せない。
だが、それは八つ当たりだとわかっている。
自分から、その場所を去ったのだ。そこにケントが入り込んだだけ。空いていた席に座っただけ。
ただそれだけなのに、抑えようもなく、ケントを憎む強さが増した。
小雪と同じように桃を失えばいいと呪っていた。
私は、醜い。
小雪はぎゅっと目をつぶった。
ケントは桃のわがままをなんでも聞いてやっているようだった。桃のリボンや、文具や、アクセサリーが、小雪が知らないものに変わっている。小雪はそれを見ていることが出来なくて授業中も目を伏せていた。
「須藤さん」
先生から呼ばれてもしばらく気付かなかった。
「須藤さん、どうかしましたか?」
はっとして顔を上げた。黒板に数学の問題が書かれている。どうやら当てられたらしかった。それも、何度も呼ばれていたのだろう。クラス中の視線が小雪に集まっていた。ただ一人、桃だけが頬杖をついて退屈そうにしている。小雪に何の興味も示さない。
「須藤さん?」
「すみません……。聞いていませんでした」
優等生な小雪だ。いつでも真面目に授業に取り組んでいることはみんなが知っている。先生も注意する必要を感じなかったのかもしれない。困った様子で眉を寄せると、もう一度、前に出て問題を解くようにと指示した。
小雪はうつむき加減に前へ歩いて行き、問題を解き終わり、振りかえった。どうしても、桃へと視線が動いてしまう。
桃はそっぽを向いていた。広めに開けた襟元に、小雪が知らないネックレスをつけていた。華奢で淡いピンクの、大人っぽいネックレスは小雪が選ぶようなデザインではなかった。桃の趣味でもない。なのに、とてもよく似合っていた。ケントが桃のためにと選んだデザインが、とてもよく似合っていた。
小雪は唇を噛んで目をそらした。
桃とケントの付き合いも二か月を越えた。最初のうちは桃に振り回されるばかりだったケントも、次第に桃の扱いにも慣れて、わがままも、うまくかわすようになっているようだった。
この頃には桃もケントと一緒にいることに馴染んできたようで、わがままを言うというより、甘えている、じゃれていると言えるような態度に変わっていた。
まるで小雪と一緒にいた時のような姿に、変わっていた。
小雪は、もう桃とケントが一緒にいるところを見ることが出来なくなっていた。二人の姿をしっかりと見つめてしまったら、自分が何をするかわからない。自分で自分を壊してしまうか、それとも桃を壊してしまうかもしれない。
それでも、どうしても二人から離れることが出来ない。桃に引き付けられているようにも、ケントに忍び寄っているようにも感じるような気持ちで、小雪は視線をそらしたまま二人の後をついていく。
いつもの路地でケントが立ち止まり、道を戻ろうとした。すると、桃はケントの腕を取って、右の道へ引っ張って行く。小雪は曲がり角から様子をうかがった。
桃の家の前で二人は話をしている。桃はまっすぐにケントを見つめている。桃のその瞳を、小雪は知っていた。あれは桃が小雪だけにそそぐ視線だった。小雪にしか見せない視線だった。
ああ。
小雪はもう取り返しがつかないのだと思い知った。桃はケントの瞳の中に見つけてしまったのだ。小雪がずっと抱えていたものを。ケントが抱いてきた、小雪と同じ苦悩を。
だからもう、桃には小雪が必要ないのだ。もう小雪は戻れない。
小雪はケントの背中を睨みつけた。桃の前にいることが許せない。
だが、それは八つ当たりだとわかっている。
自分から、その場所を去ったのだ。そこにケントが入り込んだだけ。空いていた席に座っただけ。
ただそれだけなのに、抑えようもなく、ケントを憎む強さが増した。
小雪と同じように桃を失えばいいと呪っていた。
私は、醜い。
小雪はぎゅっと目をつぶった。