第12話

文字数 919文字


「須藤さん」

 放課後、美術室へ向かおうと足を引きずるように歩いていると、カスミから声をかけられた。

「桜井くんのこと、聞いた?」

 ケントのこと? 小雪には何も思い当たることはない。小さく首を振った。

「ここのところ、桜井くんに避けられてるみたいだって、相沢さんから相談されたんだけど」

「避けられてる?」

 そんなはずはない。現に、今日も二人は一緒に帰っていくはずだ。桃が足早にケントの教室に向かうのを見てしまっていた。

「話しかけても返事をしてくれないとか、教室に行っても、相沢さんが来るのを待っていてくれないとか」

 そんなはずはない。ケントは桃のことが好きなのだ。

「須藤さん、最近、相沢さんと話さなくなったじゃない。それって、やっぱり、桜井くんのせいなの?」

 小雪はなんとも返事が出来ない。そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える。桃が小雪に近づかなくなったのは小雪自身のせいだ。けれど、桃が小雪を必要としなくなったのはケントのせいだ。

「相沢さんが桜井くんを取ったからなの?」

 カスミは心配そうに聞いているけれど、その眼の奥にある好奇心を、小雪は見逃さなかった。

「私は桜井くんとはなんでもなかったから」

「でも」

 カスミは今度は、はっきりと面白がっているのがわかる、意地悪な顔で笑った。

「須藤さんは、いつも桜井くんを見ているじゃない。やっぱり、相沢さんのこと、ゆるせないんじゃない?」

 腹が立った。他人が自分のことを、どう思ってもかまわないと思っていたけれど、小雪を見下すことで、桃にまで好機の目を向けることが許せなかった。

 小雪がカスミを見る目に、力がこもった。カスミはまるで大声で叱られたかのように、びくっと身をすくめた。

「私が桃のことをどう思っても、あなたには関係ないでしょう。もう、桃にかかわらないで」

「私は、相沢さんから相談されたから、心配して……」

「心配」

 小雪の声は凍るように冷たい。

「人のことを面白がって、あちらこちらで話して回ることを、心配しているとは言わないわ」

「わ、私はそんなこと、してない……」

 反論しようとしたカスミは小雪の迫力を恐れて、それ以上なにも言えなくなってしまった。
 小雪はカスミを無視して美術室に向かった。

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