第4話 ルームメイト

文字数 2,674文字

それから、早くも二回目の休日を迎えた。
仁は相変わらず、ほぼ毎朝、白菜、大根、なめこなどの具と真心のこもった味噌汁を作ってくれた。冷蔵庫には、調理がしやすいようにと鰹と昆布の合わせ出汁が冷水ポットに入れられ保存されていた。自分もそれを使って、時間がある時には煮物を作ったり玉子焼きを作ったりした。

この日も仁が不在の午後、慣れない手つきで肉じゃがを作っていると、インターホンが鳴った。モニターを覗くと、見知らぬ若い男の子が立っている。
「どちら様ですか?」
尋ねると、少し()があいたあと、
「突然、すみません。僕、仁くんの友達で(とも)っていいます。白石智(しらいし とも)
一旦、肉じゃがを煮込んでいた火を止めた。
「ごめん。今日仁は、バイトでいないんだ。悪いけど、出直してくれるかな」
モニターごしに、大きめの声でそう答えると、
「そうじゃないんです。棚橋さんですよね? 今日は棚橋さんにお話があって来たんです。少しでいいので、お時間いただけないでしょうか」
言葉と共に張り詰めた空気が伝わってきて、やむなくエプロンを外し、玄関に向かった。

ドアを開けると、茶髪に全身白ずくめの格好をした美少年と目が合った。
「…どうぞ」
そう言わざるを得ない迫力ある空気に()されて、部屋に招き入れた。突然の来客に、調理中だったこともあり、部屋は散らかっている。服も汚れてはいないが黒い部屋着のままだった。
「コーヒーでいいかな?」
ダイニングテーブルの椅子に座ってもらい、買っていたドリップコーヒーを用意する。
「お構いなく。すぐに帰りますから」
長いこと食器棚に仕舞っていた来客用のコーヒーカップを二つテーブルの上に置き、コーヒーの湯気を挟み向き合って座った。

モニター画面ではよくわからなかったが、改めて少年を見ると端整な顔立ちで、美しさが際立っている。真ん中から分けられた長めの髪は金髪に近い色で、時折陽光に反射し繊細な輝きを見せる。色白で艶のある肌を、丸襟のゆったりとした白いシャツが引き立てるように包む。芸能人としてテレビに出ていてもおかしくないような雰囲気と美貌。

「もしかして…仁と同じお店で働いている人なのかな?」
なんとなく、そう感じた。
「仁くんと同じお部屋で暮らしていた人です」
少女のような可愛らしさの中に、少年らしい凛とした精悍な顔つきを見せた。
あ、この子か。仁が話していた、「店だけは辞めないでくれ」と泣きついてきたルームメイトってのは。
「棚橋さん、以前はうちのお店、利用されていましたよね? 仁くんと暮らし始めてからは、用がなくなったのか利用されていないようですけど。実は仁くんに黙って、顧客リストを見て今日ここに来たんです」
そう言われれば、店はもう一切利用していない。この子の言う通り、用がなくなったためだ。
「僕のこと、見たことありませんか? とも、という本名を源氏名に使っています。指名ナンバーワンです」
智は、誇らしげに言った。聞けばまだ十九歳の大学生で、バイトを始めて一年でナンバーワンにまで上り詰めたと言う。それも納得の美しさだった。色気も、仁とは格段に違う。美男には多少の反発心や嫉妬心を持ってしまう自分でも、なぜかこの子を前にすると美女と同じようににやけてしまう。絵画を眺める眼差しで、話を聞きつつ見つめていた。

「仁くんから、急に寮を出て彼氏と一緒に暮らすことになった、と聞いた時は本当にショックでした。でも、確かにかっこいいですね。声もいい」
品定めをするように、視線を上下に動かし自分を見た。どんな男か偵察も兼ねて、ここに来たというわけか。しかし…
「ちょっと待って。仁は、俺のこときみに『彼氏』って言ってるの?」
「違うんですか?」
智は硬い表情を崩し、目を丸くして前のめりになった。あいつ…見栄を張りやがったな。俯いてそう思いながら、コーヒーをごくりと飲む。
「この前話した時、彼氏が一緒に暮らしているのに全然抱いてくれないと、ぼやいていたんです。よく聞くと、棚橋さんがシャワーを浴びたり入浴したりしている時の音を聞くのも辛くって、そういう時はヘッドフォンをつけて音楽を聴いているって言うんです。僕はそれを聞いてもうたまらなくなって…勢いで今日ついに、仁くんが出勤している隙を見て乗り込んじゃいました」
そうだったのか。明るく振舞っているように見えて、仁がそんなことを考えていたなんて知らなかった。

「あなたが彼氏のつもりじゃなくっても、僕らの世界では一緒に暮らすということは、そういうことなんです。浴室の音を聞くのも辛いなんて、あなた方には死んでもわからないんでしょうね。抱く気もないのに一緒に暮らして、仁くんをペット代わりにするのはやめてもらえませんか?」
智の言う『あなた方』とは、おそらく異性愛者のことなのだろう。
「いや。別にそんなつもりじゃ…」
「どんなにセクシーな格好でうろうろしても、駄目だとも言っていました」
セクシーな格好って? まさか、裸にエプロンのことを言ってるんじゃないだろうな。そう考えるとおかしくて、こらえきれずについ吹き出してしまった。
「何がおかしいんですか?」
智が、ムッとした表情になる。
「ごめん、ごめん。きみのことを笑ったわけじゃあないんだよ。ちょっとあることを思い出してしまって」
だとしたら、どこまでも可愛いヤツ。
「きみは、きっと仁のことが好きなんだね」
やさしく、智にそう伝えた。智は長い睫毛を見せ下を向くと、初めてコーヒーに口をつけ、話し始めた。

半年ほど前、店内出入口辺りで同年代の常連客と揉めたことがあったのだという。
「店はもう辞めて二人で一緒に暮らす約束だっただろ。いつまで待てばいいんだよ! 」
そう声を荒らげる客に対し、他の同僚である男の子たちは黙って見て見ぬふりをする中、
「お客さん、もうやめましょう」
仁だけはあいだに入って、危険を承知で立ちはだかってくれたのだという。
「なんだ、おまえ。これは俺と智だけの問題だ。引っ込んでろ! 」
「智は、僕の大切な仲間です。仲間が困っているのに、黙って見過ごしておけませんよ。少し落ち着きましょう」
その時、たまたま不在だった店員が戻ってきてトラブルに気づき、仲裁に入って事なきを得たのだとか。

「前から好意は持っていたんですけど…僕はその時、本気で仁くんのことが好きになってしまいました。それまで二段ベッドで別々に寝ていたんですけど、一つのベッドで寝たこともあります」
体の関係があることも、打ち明けてくれた。
「棚橋さんも、きっと気づいていらっしゃるはずです。仁くんの心が美しいことを」

ああ…。そうだな。()に落ちる。

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