第7話 修羅場

文字数 1,496文字

「入れて」
智は突然、穿いていたズボンと下着をおろし、四つん這いになったかと思うと剥き出しの尻を仁に向けた。右頬と両肘は床につけ、尻だけ高く上げた格好だった。
「おまえ…みっともない真似するなよ」
仁が呆れ顔で言うと、
「あの人がしてくれなくて、欲求不満なんでしょ? 僕はお兄ちゃんのものだから、お兄ちゃんのためなら恥ずかしいことでもなんでもする。前はすんなり入れてくれたじゃない」
微かに震える泣き声で訴えた。
「もうやめろ」
「あんな奴、強引に犯してやればいいんだよ! シャワーを浴びてる時、風呂場に入って無理矢理ヤってやればいいんだ!」
仁が姿勢を正して向き合うと同時に、智が涙を浮かべた顔を見せた。
「あの人はいま、傷ついているんだよ。余計に傷つけたくないし、大切な人を汚したくはない」
「僕だって、傷ついてるよ!」
仁は(あら)わになった智の尻を音をたて叩いた後、膝立ちにさせズボンと下着を穿かせた。
「どうしてあんなつまんない男のことが好きなの? ノンケの男なんて、さんざん気を持たせて遊んでおいて、ある日突然「結婚することになった」「子供が産まれた」とかなんとか言って、勝手に強制終了するんだよ? ゲイと付き合うのはただの気まぐれで、最後にポイ捨てするんだから!」
仁は寡黙(かもく)な背中を見せ、部屋を出ようとした。背後から、
「お兄ちゃん…お兄ちゃん」
そう呼ぶ智のすすり泣く声が聞こえた。部屋を出てすぐ、スマホのアプリにメッセージが届いた。

『これだけは忘れないで。僕はお兄ちゃんのものだよ。いつでもお兄ちゃんの言いなりになるから』

そう書かれてあった。


「まさかあいつがあそこまで執着してくるとは思っていなかったもので…一日考えて、あいつと距離を置くためにも、やっぱり店は今年いっぱいで辞めようと思っています。アプリのメッセージも、もうブロックするつもりです。どうもそのほうがいいみたいです」
「智くんは、それで大丈夫なの?」
お椀を下げて、ちらりと仁の顔を見る。
「大丈夫も何も、それで納得してもらうしかありません。あいつとは、今後なるべく接触しないよう気をつけていくつもりです。棚橋さんに、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
智のことが心配になると同時に、仁が店を辞めると決めてくれ、ひそかに安堵(あんど)している自分がいる。感情的になっている智がこのまま落ち着いてくれるかなど、先のことは、まだどうなるかわからないが。

「揉めごとに巻き込んでしまったおわびに、今夜は久しぶりにマッサージさせてください。僕も来年から本格的に学ぶことを決めたら、練習したくなったんです」
仁がそう言ってくれたので、疲れも溜まっていたことだし甘えて風呂上がりにマッサージしてもらうことにした。寝室のベッドで横になっていると、風呂を終えてパジャマ姿になった仁が入ってきた。
「やや強めに、九十分コースでいきますよぉ」
仁はそう言ってパジャマの上にタオルをかけ、背中からマッサージを始めた。毎日筋トレしているだけあって、体に心地よい腕力を感じる。
「実は今日は、温人の誕生日なんだ」
黙っていようと思っていたが、体の筋肉がほぐれたせいか気持ちも緩んで、つい言葉がこぼれた。仁の指が一瞬だけ止まった気がしたが、気のせいかも知れなかった。
「結局何も出来なかったけど、温人の誕生日だったんだ」
仁は終始無言で、マッサージに専念していた。もしかして、心の中ではかける言葉を探して迷っていたのかも知れなかった。
「はい。九十分コースこれで終了です。お疲れ様でした」
最後に全身を揉みほぐす作業を終えると、仁はベッドから離れ、タオルを持ち寝室から出ようとした。

「仁、待って」

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