第8話 春と青
文字数 444文字
透明な花が咲く、と聞いて訪れた公園の片隅には、満月の夜のような青い花を溢れんばかりに咲かせた巨木があった。街路灯の冷ややかな光に照らされて、その一角だけがつくりものめいた青さに包まれている。青という色に窒息させられそうであった。
透明なはずでは、と思いながら近づくと、傍らに立てられた小さな看板が眼についた。
『この樹はたいへんに永く生きたため、自我を持つようになりました。樹が今見ているものが、花の色となります』
と、古めかしい文字で書いてある。
重く暗い曇天の日だったが、それでも古木には夜がこのように青く見えるのだ。ならば快晴の昼や空気が止まる暁の時刻、この花はどれほどの青さを極めるというのか。
もしかしたら、青を突き詰めて人間には認識できなくなったときに、花は透明となって私たちの眼に映るのかもしれない。
そしてそのような樹が、春のころの桜色に紛れて少しずつ増えているのだという。
すべての花がいつか青より青く透きとおる日が、何千年、何万年後に訪れるだろうか。