第6話 青の都

文字数 1,300文字

 老朽化に伴う大規模な再開発を前に、その廃墟には青い照明が導入された。元々は巨大な団地であったその一帯が、深夜になると遠くからでも分かるほど鮮やかな青い光に包まれる。侵入者の飛び降り防止のため、全棟の屋上と街灯部分にくまなく設置してあるのだそうだ。
 それが功を奏したのかどうかは不明だが、自殺だけでなく、後を絶たなかった犯罪もぴたりと止んだらしい。
「危険性がない、というのは歓迎すべきことなんだが」
 だが、久し振りに会った役所勤めの友人は、歯切れの悪い様子でそう言うと何枚かの写真をこちらに差し出した。
 昼間に撮られたと思われる団地の光景だが、閉鎖された廃墟にしては妙な違和感がある。最近建てられたとしか思えない石碑が、そこここに林立しているのだ。大きさはまちまちで必ずしも石ばかりではなかったが、その佇まいには、自分でなくとも誰にでも見覚えがあるはずだった。
「……これは墓標か」
「わかるか。どうも体のいい墓地にされているようなんだ」
 鎮静効果を狙っての青色照明だったが、一部からは鎮魂と解釈されたらしく、近年枯渇が深刻な墓地の代わりとして使われている、というのが友人の話だった。せめてもの救いは、遺骨がそこに埋まっているのではなく、あくまで墓標のみが建っていることだとか。どちらにせよ、笑えない話である。
「確かに墓地になってしまえば犯罪も減るだろうさ。だがこれではいつまでも再開発に着手できないどころか、このまま亡霊の都になってしまう」
 一息に吐き出した彼の言葉を見計らってか、眼の前に酒が置かれる。
 甘党で下戸の友人が注文したのは、異国の果実が入った青い酒だった。掌に収まるほどの小さな杯を一息にあおっただけで、彼の頬は朱に染まる。「もう一杯」と店の主人に声をかけ、友人は空になった硝子杯を卓上に置いた。
「まあ、そういうところがひとつ位あってもいいんじゃないのか」
「他人事だと思って適当なことを言わないでくれ」
 自分の言葉に友人は苦々しげに呟いたが、やがて俯くと長い溜息をついた。
「……みんな薄々わかってはいるんだ。もはや生きている人間より死んだ人間のほうがはるかに多い。死者に敬意を払うなら、生きている自分たちが差し出さねばならないものがある」
「それがあの土地だと」
「まあな。しかし一度俺らがそれを認めれば、あとはなし崩しに増えるばかりだ」
 そうやって地表は青い光に埋め尽くされていくんだろう。
 友人の口調は諦めに満ちていたが、実際にはそこから逃げられないことをよく理解してもいるようだった。戸籍係として死者の追跡を担う彼の苦悩は、おそらく自身が死ぬまで終わらない。
「おまえ、照明技術者だったよな。実際、あの光は何年もつんだ」
 あの光、が、廃墟を照らす青い照明を指しているのは明白だった。

 が、友人は知らない。
「……人の手が入らなくても千年はもつ」
 あの照明が、もともと墓地のために開発されたことを。

「千年か……千年経ったら地表はさぞかし真っ青になるんだろうな」
「だと思うよ」

 そしてあの青色が、人間の遺骨をもとに造られていることを。 
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