2 告白

文字数 1,170文字

 御存知のとおり、私は、さる昭和十五年十一月二十九日の深夜、池袋の帝都オペラ劇場で、劇団黄色い家の座付き脚本家、一ノ(いちのたに)(かん)三郎(ざぶろう)先生を殺害しました。
 殺害方法については、散々報道されているとおりです。
 私は、夜の公演が終了し、俳優もスタッフも引き上げた舞台上に趣味の悪い派手な背広姿の男を呼び出し、自分はキャットウォークのステージ中央辺りに隠れておりました。
 そして、成金趣味な背広を纏った背中が、舞台中央に吊るされたシャンデリアの真下に来たのを見計らい、シャンデリアを吊るしていたロープをナイフで切断し、ステージ上にいた男の脳天に、重さ数百キロはあるフランス製のシャンデリアを落下させ、圧死させました。
 狙い通り、シャンデリアが耳障りな轟音を立て、彼を押し潰す様を見届けた時は、全身が激しく震えていたものの、殺人計画は一番の山を無事に越えたとほっとしました。
 けれども、キャットウォークを離れ、鮮血と色とりどりの硝子の破片が飛び散り、地獄絵図さながらのステージに上り、死体を間近で見下ろし、私は言葉を失いました。
 キャットウォークから確認した男は、一度見たら見まごうはずもない、悪趣味な茶色の格子柄の背広を着ており、シャンデリアの下から覗く、血まみれのジャケットも確かにあの特徴的な柄でした。しかし、助けを求めるように伸ばした左手の手首には、金色の舶来品の腕時計ではなく、使い古した服部時計店製の革バンド式の腕時計がはまっていたのです。私は、その時計のことも、持ち主のこともよく知っていました。
 また、死体の足は、踵を履きつぶしたくたびれた革靴を履き、ちらりと覗いている灰色の毛玉がついた靴下の踵は擦り切れていました。無精な性格の彼が、しばしば見えないところで手抜きをするのは、劇団内では公知の事実でした。
「先生……。嘘でしょう? 何で?」
 顔を見ずとも、シャンデリアの下で絶命している男が誰なのか、私には分かりました。脚本家の一ノ谷先生に間違いありません。
 しでかしてしまった罪の重大さ、取り返しのつかなさに愕然とし、私は涙も流さず、誰もいない劇場の舞台上で、豪勢なロココ調の照明器具に潰された哀れな男の死体を前に、立ち尽くしました。
 事前に殺人計画を練り、実行しておきながら、何故私が呆然としてしまったのか、記者様はお分かりになりましたか。分からなかったら、芸能部のお仲間に尋ねてみるのも良いと思いますが、話が進みませんので、答えを書いてしまいます。
 私は殺す相手を間違えてしまったのです。
私が殺そうとしたのは、一ノ谷先生ではなく、劇団黄色い家の看板俳優、南條(なんじょう)幹雄(みきお)でした。大戦成金みたいな、悪趣味な服装を好む、見た目だけしか取り柄のない、頭の軽い男です。
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