1 手紙

文字数 1,163文字


拝啓
東京日月新聞記者様
 
 寒気いよいよ厳しく、お風邪などは召されていらっしゃらないでしょうか。
 皆様方のご活躍の程は、一読者として、毎日、拝見いたしているところでございます。
 外にいた時分は、多忙を理由に、恥かしながら、新聞なんぞろくに読まなかった私ですが、留置場に収監されてからというもの、兎に角、時間が有り余ってしまい、取調べのある時間以外は、複数の新聞の朝刊を一面から三面記事まで、隈なく読み込んで過ごしております。
 新聞なんぞ、どこも同じようなものだろうと思っていたのですが、毎日熟読してみると、同じ事件であっても、各紙全く別の角度から報じ、今後の世間に与える影響や事件解決への見通しについても、果たして本当に同一の事柄について語っているのかと疑いたくなるほどに、個性というものがあって、大変興味深いものだと気づきました。
 殊に社説ともなると、新聞検閲を経ているにも関わらず、各紙の個性や思想が自由奔放に展開されており、長らくこんな愉快なものに触れずにいた己のぼんやり具合に、嫌気がさしてしまいます。
 どの新聞もそれぞれの面白さをお持ちですが、私は、特に御紙、東京日月新聞様のファンになりました。
常に冷静に事象を観察し、ありのままを伝える姿勢を基礎としつつも、社説や事件記事の末尾に、我が国の将来への熱き憂国の志を、理路整然とした筆致で綴り、読者へ問題提起する巧みさは、他紙の追従を許しません。
 きっと、記者様各々が、とても聡明で、高い志をお持ちだからこそ、そのような記事が書けるのでしょう。嗚呼、これこそが真のジャーナリスト魂というものだと、私は、時に涙さえ流し、皆様の真摯な想いに、心揺さぶられるのであります。
 私が、今、あなた方こそ、あの事件の真相をお伝えするのにふさわしいと判断し、筆を執っているのは、以上のような経緯があったからです。
 これから綴る内容は、新聞や雑誌に書かれていることと異なる部分があります。しかし、真実でございます。他ならぬ犯人である私が書くのですから、信用度は高いはずです。鬼のようなお顔の刑事さんに責め立てられることもなく、私自らが進んで書くのです。供述調書なんぞより、ずっとずっと、真実味も生々しさも勝ります。敏いあなた方なら、何が本当なのか、解ってくださりますよね。
 唯一心配なのは、この手紙が、監獄官吏により、記者様のお手元に届けられない、或いは大事な部分を墨塗されてしまうことです。
 けれど、私は挑戦せずに諦めたくありません。
 できることは何でもし、あなた方のお手元に殺人犯の女優神宮寺(じんぐうじ)恭子(きょうこ)が綴った告白文を届けてみせます。
 それでは、手紙が完全な状態で、東京日月新聞記者様の元へ届いたと信じ、本題に入りたい所存です。
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