第四話【魔界からの来訪者(らいほうしゃ)】 

文字数 22,218文字

「――ゲーティア〘火炎―ヴァルム―〙」
壮大な喧騒(けんそう)を発し鳴り響く、炎の轟音。
燃え盛る火炎弾(かえんだん)は俺に向かい刻一刻と迫り続けていた。手を前に伸ばし、神経を集中。手中に現れた金色の刀――〘魔力武装(ヴァイス)〙で俺は炎の塊をたたっ切る。  
スパンッ! と聞こえの良い音を発し、二つに分かれた火炎弾は後方で地面に衝突すると、ドォン! と爆発音を発した。 ヴァイスを前方に構え、俺は吠えるように声を張り上げる。
「どうしたよ、ベリー! いつもより、カルマの威力がよえーんじゃねえかっ!」
「ハッ、流石の切れ味ね! 私の『ヴァルム』をたたっ切るなんて……ねぇ!」
続いて繰り出されるベリーからの連撃(れんげき)。俺は連撃への策を思考(しこう)する。打撃をヴァイスで受け流すのは無理だ。ヴァイスは切れ味はあるが、如何せん打撃からの脆さに欠ける。
だったら――気合と目いっぱいの反射神経で躱すしかない。
まず拳。右の手で受け流す。次は左手の手刀だ。これは逆の手で受け止める。最後の回し蹴りは宙に躱し、そのまま着地点をベリーの後方に。ここで再びヴァイスを形成する。
「――とっ、これでどうだ」
ベリーの背中ギリギリにヴァイスの切っ先を近づけた俺は、ニッと頬を上げる。
だが、俺の背中からは、別の感触が感じられていた。
軽い羽毛のような感触。
「――では、これでどうですかね? あずきさん」
俺はナイフの形状をしたヴァイスを手放し、降参のポーズを取る。
「……はい、俺の負けだ。これでお前らとの組手は三勝七敗で俺の負け越しだな」
ピピピピッ! 俺の敗北と共に、ちょうど修業終了のベルが鳴った。
最近は筋トレ以外にもようやくルシファ達との対人戦が出来るようになった。それに伴い裏山という最適な対人戦の場所も見つかる。これで俺の勝率も良しとすれば言う事はないんだが残念なことに、俺の勝率はまだまだ三対七ってとこだ。
けど、またいつ前のような化け物が現れるか分からないんだ。弱音を吐いている暇はない。
休憩を終え、腕時計を見ると、指針は五時の方角を指していた。
そろそろバイトに行く時間か。「よっこらしょ」と俺は老人のように立ち上がる。
「じゃあ、俺はそろそろバイトに行ってくるから。お前らはちゃんと寄り道せずに家に帰れよ」
「えー、もっと一緒に居てもいいじゃない。バイトなんか放っておいてさぁ」
ベリーが面白くなさそうに頬を膨らます。俺は手でマネーのポーズを作り。
「お前達が来てから俺の貯金だけじゃ生活費を補えなくなってるんだよ。特に食費の面でな……それにシフトに穴をあけるわけにもいかねーしな」
呆れる俺を見つめつつ、ルシファは人差し指を唇につけると。
「あずきさんの働いているバイト先って確か、潰れた病院の裏道のところでしたよね?」
「? ああ。そうだけど」
「へぇ……ルシファちゃんはあずきのバイト先を知ってるのね」
と、急にコソコソと話しだす二人。
ん? どうしたんだろ。
「よく分からんが……。とりあえず俺はバイトに行ってくるからな」
手を振る二人を見納めつつ、俺は山道を降り、バイト先へ自転車を漕いで行った。

「さっき山道を出たのが五時くらいだから……バイトまではまだまだ時間に余裕はあるな」
腕時計に目をやり、俺は自転車の速度を緩める。このままの速度で行けば五時三十分くらいには着くか。仮に遅刻をしたとしても今日は御手洗(みたらい)が一緒だから、少しの遅刻くらいは大目に見てくれるはずだろう。
「えっと、ライズがゲーティアでシェルがゴーティアだっけ。ちゃんと覚えとかなくちゃな」
また修業をする上で俺はカルマやグリモア(魔界)に関する知識をルシファ達に色々教わった。
まず『カルマ』について。ルシファ曰く、カルマはクラス同様基本的に四つの系統(けいとう)に分けられていて、能力や効果によってその四つの内のどれかに分類されるらしい。
一つ目が『シェル』や『キュア』などの回復や守りの力を根源(こんげん)とする『ゴーティア』
二つ目が『ヴァルム』や『ライズ』などの森羅万象(しんらばんしょう)の力を利用する『ゲーティア』
三つ目が『カグツチ』や『ベンケイ』といった特定の武具を具現化する『ギルティア』
またそれ以外の解明されていないカルマは『アンノウン』と称(しょう)され、とても珍しいらしい。
それ以外にもカルマは使用する悪魔により同じカルマでも力の差に大きく違いが現れるらしい。ルシファの説明によると『人間は同じ道具を使ってスポーツをしても初心者と経験者とではお互いに大きく力の差が出るでしょう? それと同じです』ということらしいが。うーむ。分かりやすいような、分かりにくいような。
次にグリモア(魔界)についてだが、これはベリーのシンプルな説明をそのまま引用(いんよう)しよう。
『グリモア(魔界)では八人の悪魔達が法律を作っている。その悪魔達は『八柱(はちばしら)』と呼ばれているわ』
ハハッ。シンプルすぎて意味分かんねえ。
表情をキリッとさせ、シリアスモードに入る。
「けど……まさかルシファが親に捨てられていたなんて、思いもしなかったな」
カルマやグリモア(魔界)の説明以上に驚かされた、ルシファの真実。
そして真実を聞いたが為に、俺の心中に表れた幾つかの疑問。
何故ルシファの父親は、ルシファのことを見捨てたんだろうか。
それにルシファの父親が死神だというのなら、何故あいつは死神ではないんだ。
そして何故アンティの巻物はルシファに渡されず、倉庫の奥で眠っていた?
前者については様々な理由が推測(すいそく)できる。人間でさえ我が子をエゴや身勝手な理由で玩具(おもちゃ)のように捨てる人間もいるのだ。悪魔や死神でだって、そういう奴がいる可能性も0じゃない。
次に二つ目の疑問は……ルシファがハーフだからとか? ルシファに直接聞けば一発で分かるんだろうけど、でも、こんなの、ルシファには聞きにくいしなぁ。
だが、三つ目。この謎だけがどうしても分からない。
巻物の文面を見たところ予想ではあるが、アンティというのはルシファの家系(かけい)にとって家業(かぎょう)のようなものなんだろう。家業であるからには自分の子供に継がせたいと思う親の気持ちは万国(ばんこく)共通(きょうつう)のはず。
ならば、何故――アンティの巻物は倉庫の奥深くに眠っていたんだ?
「とりあえず……ルシファの事については、今度べリーにでも詳しく聞いてみることにするか」
バイト先に辿り着いた俺は駐輪場(ちゅうりんじょう)に自転車を停め、裏口から控室に入っていく。
それから店の制服を羽織り、カウンターへ。
「おはよ、御手洗(みたらい)」
「あ、先輩。おはようございます」
カウンターへ入った俺はポニテ少女に挨拶をし、周囲を見渡す。
御手洗が一人で作業しているのを見る限り、店長はもう帰ってしまったのだろうか。
「なぁ。店長ってもう帰ったの?」
「『見たいDVDがあるから帰る』って言って帰りましたよ」
「相変わらず軽いな、店長。じゃあ、御手洗。俺はウォークインチェックしてくるから」
身だしなみを確認し、俺はウオークインの在庫を確認するためにカウンターから抜け出そうとした――だが、踏み出そうとした俺の右足が地を踏むことはないようで、靴のつま先は宙で止まってしまう。
あー、まいったな。
「……何だよ。御手洗。服掴まれてちゃ、進めないんだけど」
「先輩。前にも言ったでしょう?」
制服の腰部(ようぶ)を指先で掴み、御手洗は早く仕事を終えよう。という俺の目論見(もくろみ)を阻止しようとする。
理由は多分、笑顔の練習を怠ったからだな。
「あー、はいはい。あーいーうー。これでいいだろ?」
「誰も笑顔の練習のこと何か注意してません。それより、何で私を御手洗って呼ぶんですか」
御手洗は子供のように頬を膨らませ、如何にも不満といった表情で割りばしのチェックを行っていた。別に理由は無いんだけど「しい」って呼ぶのも何か恥ずかしいし……。
この子は俺のバイト先の後輩。御手洗(みたらい)しい。
べリーよりは大きいが小柄な体型であり、黒髪のポニーテールをいつもぶら下げている。
胸元は控えめでもないし主張しすぎというわけでもない。つぶらなアヒル口が特徴的で、世間一般的に。いや世間一般的に言わずとも、可愛い部類に入るだろう。
性格については基本的に優しいんだけど、たまに頑固なんだよなぁ。
「あー。いや、何つーか。名前で呼ぶのはちょっと恥ずかしというか照れくさいというか」
「何ですかそれ。嫌です。私先輩に名前で呼んでもらえなきゃ、今日からスパイスチキンは一切揚げませんから。まあ、お客さんが来たら揚げますけど」
「なんだかんだ言って、揚げてはくれるのな」
先程も言ったが御手洗は普段すごく優しくて素直なのだが、何故かごくたまーに強情(ごうじょう)になる時がある。今がちょうどその時だ。
なので、そういう場合は、素直に従っておいた方が身の為なのを俺は十分理解していた。
仕方がないので、俺は御手洗の名を照れくさそうに呼ぶ。
「え、えっと……じゃあ、しい。俺、ウォークイン行ってくるから」
「はい。頑張ってくださいね」
俺の制服を持っていたしいの手がパッと離れる。俺はそそくさとカウンターの入り口から出てパンコーナーを横切り、ウォークインへ向かう。しいはああいうところが可愛げがあって良いと思うし、モテそうだとも思うのだが、何故か彼氏はいない。
世の中の男は本当に見る目がないよな。
俺もしいみたいな良い子に、モテてみたいもんだ。
「うっー、さみぃ……」
ウォークインの中は凍えるような寒さであり、暖房着を着ていなければ冬場には耐え切れない温度だろう。数十分かけて、俺はドリンクの補給を行い続ける。
「痛っ……! 腰が痛い……クソ。修業はいいとして何で二対一なんだよ。あいつ等」
ルシファとべリーは今頃疲れて、二人仲良く布団にくるまり昼寝でもしている頃だろうか。まったく無邪気なもんだ。せめて掃除くらいは、やるように伝えておくんだった。
……まあ。 ルシファに関しては少しくらいは大目に見てやるか。今まで甘えられなかった分のご褒美ってやつだ。
俺らしからぬ考えに、少しだけ背中が痒くなる。
「よし……こんなもんだな。そろそろお客さんも来始(きはじ)める頃だろうし、戻るか」
俺は最後の段落のボトルを埋め尽くし、ウォークインの扉を開く。
カウンターからはガヤガヤと賑(にぎ)やかな会話が聞こえてくるので、馴染(なじみ)のお客さんでも入店して来たんだろう。
俺は倉庫の扉を開け、カウンターへ視線を向ける。
ああ、視線を向けなければ、良かった。
「――へー! ルシファさんとべリーさんって言うんですね? 二人は」
「はい! 私達はあずきさんの親戚で、今は一緒に暮らしているんですよ。ね、ベリー?」
「そうね。あずきにどうしても一緒に住んでほしいって頼まれたから、仕方なくね」
「もうベリーは照れ屋ですねぇ。そういえばしいさん。あずきさんはどこに行かれたんです?」
「今はウォークインでドリンクの補充をしているから、もうそろそろ戻ってくるかと……あっ。あそこに居ますよ。多分、ちょうど終わったばかりなんだと思います」
「あ、本当ですね。あずきさーん! お疲れ様ですー!」
「お疲れーあずきー」
コンビニの制服を着たルシファとべリーが俺目がけてトテトテと走ってくる。
おいおい、はしゃぐなよ。危ないだろ? ほら、こけたら危ないから早くこっちに来い。
俺はそんな二人を優しく受け止めてから――倉庫に思いっ切りブチ込んだ。
「――わ、悪い! しい。ちょっとだけレジ任せてもいいか?」
「? 別に構いませんけど……」
サンキューしい。しいにレジを任せた俺は倉庫の扉を開き中に入り、勢いよく閉める。
二人は「何するんですか」とか「最低」とか怒ってるようだが、そりゃ俺の台詞だよ。
傍にあるパイプ椅子を二つ分組立て、俺は目の前にガシャンと荒く置く。
「――お前ら椅子に座れ」
「な、何よ。偉そうに……あずきのくせに」
「いいから座れ。しばくぞ」
俺の半ギレを察したのか、今回ばかりはべリーもブツブツと文句を言いながらパイプ椅子に座る。
ルシファはと言うと俺が言い出す前からすでに座っていた。
まるで中堅ハチ公みたいな態度である
「俺がお前等を倉庫に閉じ込めて、椅子に座らせた理由が分かるか?」
「私達が立ったままで足が痛いのを察してくれたからですか……?」
控えめに手を上げたルシファがおずおずと答える。
お前等より俺の方が色々と痛いわ。
「違えよ。じゃあ、もっと分かりやすく質問してやる。お前等は何で家に帰れって言ったのに、俺の働いているバイト先に来て、制服を着て、当たり前のようにレジに立ってた?」
質問に対し二人は黙考(もっこう)すると、まず一人目、ルシファがテカテカの手を自信満々に挙手。
「あずきさんのお役に立ちたかったはらでふ!」
「そっかぁ。なら、勝手に在庫のお菓子食ってんじゃねえよ」
俺はルシファから店の商品のスナック菓子を強引に取り上げる。
今度は憎たらしい笑みを浮かべたべリーが「簡単よ」と椅子を揺らしながら挙手。
「たんに面白そうだったから」
「どうしよう。俺、全く面白くないんだけど」
自己中すぎる二人の答えに呆れ、俺は枯れかけの枝(えだ)木(ぎ)のように壁に寄りかかる。
というか何でお前等は平然とカウンター居てしいに何も言われないんだよ。
俺なら全然知らない女がカウンターに居たら警察に通報するか、セコム呼ぶわ。
……どうせ、こいつ等のことだ。カルマを使ったんだろうけど。
「お前等さ、カウンターにいた女の子に何も注意されなかったの?」
質問に対しルシファは自身満々といったように、べリーを強く指差す。
「私も出来損ないとはいえ悪魔ですからね。人間一人を騙すくらいわけないんですよ……」
「――べリーならですねっ!」
お前じゃねーのかよ。
ちなみにべリーが使ったのは〘虚言―アンゴ―〙と言うカルマらしく、効果は『対象の脳に偽りの記憶を一つ埋めつける事が出来る』というものだ。ちなみに対象から三メートルも離れるとその効果は消えてしまう。今回は『新人のアルバイトとして入った二人のかわいこちゃんは実はあずきの親戚⁉ ドキッドキッ(ルシファ案)』という記憶をしいに埋めつけたと言っていたが、ちゃんと後で解けるんだろうな?
それについても心配だが、とにかく今は二人を帰らせる方が先決(せんけつ)か。
「どうでもいいけどとりあえずお前等は家に帰れ。それと、バイトの制服を返せ」
「えー……嫌です。まだ帰りたくないですよ」
「そうよ。せっかくここまでわざわざ来たのに帰らせるなんて、あんたモラルってもんがないんじゃないの?」
「お前等に言われたら世の中の大半のモラルが消え失せるわ。いいから、帰れや」
俺は二人の襟(えり)裏(うら)を掴み、ズルズルと入り口まで引きずっていく。
それから制服を無理やり脱がし、店外(てんがい)へ投げだした。
またのご来店をー。
「あ、おかえりなさい先輩。さっきまた倉庫に行ってましたけど、どうしたんですか?」
確かにべリーが離れると『アンゴ』の効果は切れるようで、しいは平然とした態度。
「在庫のドリンクが合ってるかもう一回確認してたんだよ。悪いな。急に居なくなって」
「そうでしたか。あ、それじゃあ、ちょっとレジ任せていいですか? 今からコーヒーメーカーの掃除をしなくちゃいけなくて……」
そう言い入り口とは逆方向にあるコーヒーメーカーに急ぎ足で向かうしい。
俺は軽く会釈をし、レジの前に立つ。
「こ……これ。ください」
レジの向かいにはジャージを着てサングラスをかけた銀髪の少女と帽子を逆被りにしてBボーイみたいな恰好をした少――もう、めんどくせえ。ルシファとべリーが居やがった。
変装をしてるつもりなんだろうが、バレバレ過ぎて逆に反応に困るレベルだ。
㋸「こ、このチョコくれよ。です」
「いらっしゃいませー。こちら一点で108円になりまーす」
㋸「ぽ、Pカード使うんだよ。です」
「はい。ありがとうごさいまーす」
㋸「お、おしぼり入れろよ。です」
「はい。お入れしときますねー。ありがとうございまーす」
㋸「……あ、あの。あずきさん。そろそろツッコんでくれません?」
「ありがとうございまーす」
㋸「……」
「ありがとうございまーす。レジが込みますのでお会計がお済みでしたら早く出てけ」
半泣きになったルシファはべリーに慰められながら、店の外にようやく出て行った。
ふー、これでやっと一安心出来る。
そう思ったのも、束の間だった。
「――こっ、これ美味しくないですよ! 毒! 犬には毒ですから! べリー! 助けてください!」
「――ダメダメダメ! 私、犬だけはダメなのよ! 来ないで! お願いだから、来ないで!」
駐車場では犬に追いかけられているルシ&ベリとルシファの持っているチョコを食いたいがために追いかけている柴犬が見える。
フフ。微笑ましいなぁ。
食われろ。
 二人は「あずきさぁぁん!」とか「あずきいぃぃい!」とか助けを求めてるようだが、俺は気にせず業務(ぎょうむ)に集中。
フンフンフーン♪
「あの……外に居るお客さんさっきから先輩の名前呼んでるようみたいけど、知り合いですか?」
戻ってきたしいがチラチラと心配そうに外を見やり、俺の肩を持つ。
知り合いだけど、今は知り合いじゃない方がいい。
「いや、知り合いというか何というか……」
 どちらかといえば迷惑客?
「と、とりあえず助けてあげましょうよ、先輩。何か可哀想ですし……」
隣に居るしいが不安そうに俺を見上げる。
えー……。
「どうしても?」
「どうしても、です」
しいの助言により俺は二人を嫌々犬から助けだし、仕方がないのでコンビニの中に入れてやった。
店長すみません。制服、もう一回だけお借りします。

「改めまして、私はルシファと申します。よろしくお願いしますね。しいさん」
「私はべリーよ。改めてよろしくね。しいちゃん」
「はい、こちらこそ。でも、こんな可愛い子達が先輩の親戚だなんてほんと驚きですねぇ。しかも一緒に暮らしてるとは……先輩も毎日幸せなんじゃないですかー?」
「いや、別にっ……」
再度制服を着たルシファとべリーはしいに二度目の自己紹介を行っていた。
べリーがしいの近くに戻るとアンゴの効果は復元(ふくげん)するようで、しいは二人に何の違和感もなく接している。いや、もう言い方悪いけどさ、これってある意味洗脳なんじゃないの?
「じゃあ、さっそくルシファにはレジの打ち方を教えるから。ちゃんと覚えろよ」
ちなみにべリーはしいにおでんの作り方を教えてもらっています。
流石に控室で何もしないで待ってろってのもあれだしな。
「はい! 私にかかれば余裕シャキシャキです!」
「サラダか。まず、このボタンを押してこうしてみろ」
「了解です! えーと。このボタンを押してー……」
ルシファは余裕の笑みを浮かべながらレジのボタンをポチポチ、ポチ。
結果的に言えば、レジから白い液体が漏れ出てきた。
「あずきさん。壊れてますよ、これ」
「お前が壊したんだよ……」
土下座して店長に謝ろう。そう誓った今日この頃。
つか、どうやって壊したんだよ。
「お前、逆に何したの? 普通に押してたよね?」
「普通に押しましたね。ふつーに」
だよな。と言うことは本当に機械が壊れていたのか? 俺は機械から流れ出てくる白い液体を拭い、匂いを嗅いで舐めてみる。うん。牛乳だ。これ。
とりあえずルシファが壊したんだとは思うが、ルシファ本人がカルマを使った様子も無いし、反省しているので仕方なく許してやる事にした。
多分元から故障していたんだ。そうそう(ヤケクソ)
ルシファには続いて袋詰めを任せてみることにした。
これなら先程のように機械が故障することは無いだろうし、何より被害が出る可能性も少ないはずだ。俺は一レジに故障中と書いた紙を置き、二レジに来たお客さんの会計を始める。
ルシファは商品が渡されるのを袋を握りしめて待っているもよう。ソワソワしている。
「いらっしゃいませ。こちら百八円が一点。二百十円が二点」
「冷凍炒飯を袋に入れます。チーズちくわを袋に入れます」
いちいち言わんでいい。
「……百四十円が一点で合計八百円です。袋にお入れしますので、少々お待ちください」
ルシファはミスも無く順調に袋に商品を詰め込んでいるもよう。
ホッ。これは大丈夫だったな。
「アイス最中(もなか)を袋に――ハウッ。パリバッカリッサクサクサクサク……ゴクッ」
「入れます」
「入れんな。つーか、何で今最中食った」
俺はルシファのうなじに空手チョップを食らわせる。止めろよ。マジで。お客さんも驚きすぎてポカンじゃん。必至にお客さんに謝った俺は新しいアイス最中を袋に詰め直し、もう一度頭を下げて謝り続けた。舌打ちされた。ごめんよ。お客さん……。
張本人のルシファはというと平然と最中を食べ続けているもよう。
何なの、この娘。
「お前さ。ちゃんと働く気あんの?」
「あ――サクサク――り――サク――ます」
「なら、アイス置いてから言え。いつまでも食ってんじゃねえよ」
俺はルシファからアイス最中を奪い取る。次いでべリーの様子を見に行く為にめちゃくちゃ不安だけどルシファにレジを任せ、ウォークインに向かった。
べリーに関してはしいが見てくれているから幾分安心だけど、やはり不安と言う気持ちが完全に途絶えることは無い。
「入るぞー……しい。べリーの様子はどうだ?」
「なるほど。これががんもどきっていうのね」
「そうですね。で、こっちの三角形のがこんにゃくです」
 おぉ。良かった。案外ちゃんと仕事してた。
「なんか硬くて、こんにゃくはあまり美味しくないわね」もっちゃもっちゃ。
 だから、何でお前等は店の商品を食うんだ。
 食べかけのこんにゃくを奪い、ガミガミと説教を食らわすこと十分。
そういやルシファにレジを任せて来たんだったっけ……。
おでん数種を持たしたべリーとしいを連れて、俺は小走りでレジに戻る。
レジではルシファがちょうど接客をしているところ――にしてはおかしい。
おい。ルシファ。何故カウンターの中を、こんなにレシートが埋め尽くしている。
「あっ……あずぎざぁぁぁぁぁぁあん!」
 すぐさま俺に抱き着いてくるルシファ。えぐえぐと鼻水と涙を垂らし、叫び続ける。
「止まらないんでずぅ……こいつが! こいつがレジードを、どめでくれないんでずぅっ!」
 近づいてレジを見てみる。レシート印字ボタンは――連続になっていた。
 ああ、もう。良い。もう分かった。
悪魔がアルバイトをするのは、無理だ。
これ以上店に損害(そんがい)を出すと俺のクビと売り上げがいかついことになるので、俺はルシファとべリーの耳たぶを引っ張り倉庫に連れていき、モップとバケツを運ばせた。
二人共掃除や皿洗いなどの雑用は家でもよく手伝っているので、これは慣れているはずだろう。俺の考えは見事に的中し、二人は黙々とミスも無くモップがけを始めていた。
ふと、コンビニの外を見やると、短い針は七時の方角を指していた。
もう、こんな時間なのか。
「悪いな。しい。今日は俺の親戚のせいで迷惑もかけたし、騒がしくもなって」
「気にしないでください。たまにはこういうのも新鮮で楽しいですから。……でも、ルシファさんと先輩を見ていると親戚と言うよりは、何だか親子みたいに思えてきますね」   
丸めた指を唇に当て、しいはフフッと微笑ましく笑う。
そういや以前明音にも、似たようなことを言われたっけ。
俺は懸命にモップ掛けを行うルシファを眺めながら、自身の胸元を見下ろす。
そういえば親子と言えばルシファは俺の命を奪った後、グリモア(魔界)に帰るのだろうか。
出来るなら死ぬ前に、ルシファの父親に一度会ってみたかったな。
そして一発、ぶん殴ってやりたかった。
あいつの為というわけでもあるが、何より俺自身が純粋にムカついているからだ。
どんな理由があるにしろ親が自分の子供を捨てるなんて、腹立たしい事この上ない。
俺が物思いにふけっていると、しいがいつの間にか作業を終えて、俺の隣に並んでいた。
「それに最近思ったんですけど。変わりましたよね、先輩」
突然の一言に俺は戸惑う。
変わった、か。
「まぁ、前よりかはな」
確かにしいの言う通り変わったと言えば変わったと思う。死んでしまうという条件付きではあるが、俺が変わるきっかけを作ってくれたのは他の誰でもない、ルシファなんだ。
そういう点では、俺はルシファに感謝すべきなんだろう。
「そうですよ。変わりました。以前の先輩は何というか毎日が楽しくない! みたいな捻くれた感じでしたけど、最近は何だか毎日が楽しいって感じですもん」
「……それにたくましくなった気もしますし」
最後に小さく呟いた言葉は、残念ながらうまく聞き取れなかった。
確かに俺自身しいの意見に同意だ。俺も今がとても楽しいと思っている。
でも、よく考えたら。こんな毎日もあとちょっとしか味わえないんだよなぁ。俺。
あんま気にしないようにしてはいたけど、やっぱり死への実感が湧いてくると辛辣な気分になってくるな……。
「先輩……?」
と、ボンヤリとしていた俺を心配してか、しいは俺の頬を叩いてきた。
俺はハッと我に返り、作り笑いを浮かべる。
「……ああ、楽しいよ。これからもずっと続いて行くんだろうな。こんな楽しい毎日が」
「……? 当たり前ですよ。先輩が百歳になって亡くなるまで、ずっとです」
どうやらしいの中で俺はあと八十四年は生きる予定らしい。
そりゃ、頑張らないとな。
それから少しの時間が経ち。
「裏口に行ってきますね」
しいは七時から行う予定であったゴミ捨てを行うため、店を出て行った。
「さて、俺はあいつらの様子でも見に行くか」
俺は一通りの仕事を終え、ルシファ達の元へ顔を出しに向かった。
しかし、俺はこの時、想像もしていなかった。
しいが裏口に向かった為に、思いもよらぬ出来事に遭遇することになると。

☸☸☸

「ふう……けど本当に先輩、変わっちゃったなぁ」
「何だか遠くに行っちゃったみたい。……なんてね」
「……ん?」
『さて、私の見立てでは確かにこの周辺からルシファ様の魔力が感知されていたはずなのだが……この建物の中か』
(誰だろう……もしかして、お客さんかな)
「あ、あの……当店に何か御用ですか?」
『? ……フフッ。ちょうどいい。こいつに聞くとするか』
『――ないか』
「……? あ……あの」
『……聞こえなかったのか』
『私は貴様に――桜葉あずきという男を知らないかと言ったのだ』

☸☸☸

「それよりさ。お前らは何でここに来るかなぁ」
通路を掃除するルシファ達を見守りながら、俺は大きく溜息をつく。
「だから言ったじゃないですか。あずきさんのお手伝いをするためだって」
モップを壁に置き、ルシファが胸に手を当てふんぞり返る。
まあ、気持ちは嬉しいけど。
「何の役にも立たなかったけどなっ……」
「うっ。そ、それはさておきです……そういえばしいさんは、どこに行かれたんですか?」
「あいつは裏口にゴミを捨てに行ってるけど……そういえばやけに遅いな」
「そうですね。裏口にゴミを捨てに行くだけなら、五分もかからないと思いますが」
ルシファの言う通りしいはいつもなら五分とかからずにゴミ出しを終えるはずなのだが、今日に限って何で遅いんだろう。
そこで俺は確認のため、裏口を見に行くことにした。
「それじゃあ。ちゃんと掃除してろよ」
着ていた制服を脱ぎ、コンビニの外に出る。
裏口に回ると、そこにはしいが居た。
「はっ……?」
だが――しいのいつもの笑顔は、そこには無かったんだ。
『……どうやら聞く手間が省けたようだ。助かったよ。この少女は何分(なにぶん)、口が堅くてな』
「せ、せんぱ……にげ……てっ……!」
自身の目に移る数多の現状。突然の出来事に、俺の身体は動けずにいた。
――スーツを着た男。
――しいが首に手をかけられている。
――助けなきゃ。
――早く。
続けて脳内に無数の情報が巡る。しいを助けるため、咄嗟に駆け出そうとしたその時。
俺の身体に刹那――衝撃が走った。
「んなっ……!」
気がつくと俺は宙に浮いていた。いや、投げ飛ばされていたというべきか。
宙を舞う俺の身体は裏口に置いてある看板にぶつかり、看板は音を立てて粉々に砕け散る。そうして駐車場へ弾き飛ばされた俺はあまりの唐突な出来事に、ただ唖然とするばかりだ。 
――何だ。――一体、何が起きた。
「つっ……腕がっ……!」
コンクリートへ打ち付けた鈍痛は痛みとなり俺の左腕に襲いかかる。修業で習った受け身。そう、咄嗟に受け身を取ったのが幸いした。
もし受け身を取らずに頭から地面に落ちていれば、俺の身体は今頃痛みを感じることさえ出来ずにいただろう。
「い、いきなり何しやがるっ……てめえっ……!」
『死んでいないのか。案外丈夫なのだな。……流石は“彼女”の契約者といったところか』
目前に立っていたのは、スーツを着た長身の男だった。
目元はサングラスで覆われており、顔全体を把握することは不可能だがおそらく年齢は二十五~三十代前半と言ったところだろう。
男は俺の傍に近づいてくると、冷めた目つきで俺を見下ろす。
『悪いな。私は貴様自信に恨みはない。……だが、あのお方の命令なのだ』
ポツリと呟いた男の声色は目つき同様冷たかった。これ以上こいつに近づかれるとヤバい。 咄嗟にそう感じた俺は右腕を伸ばし、フラフラと身体を起き上がらせる。
ヴァイスを出さなきゃ……早くっ!
「〘ヴァイ――〙」
『おっと。それを使わせはしない。――ゲーティア〘重力圧―グラビルド―〙』
「っ!」
グンッ! 身体全体に重圧が降りかかり、俺の身体は再び地面へと叩きつけられる。
「んだっ、これ……身体がっ……!」
『これは『グラビルド』という重量系統のカルマだ。動けないのも無理はない。何せ貴様の身体には今、数百キロの重みが降りかかっているのだからな。……そして貴様にヴァイスを使わせるわけにはいかぬ。何せ想定外の力だ。用心に越したことは無い』
地を這う俺を見下すよう、男は腕を斜に向けたまま言葉を紡いでいく。
薄れていく意識の中、男が伸ばしていた手を強く握るのが見えた。
途端に重力圧は増し、ベキベキとコンクリートにヒビが伝っていく。
「ぐっ……⁉ づぁっ……ああああぁぁぁあっ……‼」
『……? おかしい。何故死なないのだ。いかに“彼女”と契約を結び身体能力が向上しているとはいえ、流石に丈夫すぎるぞ。普通の人間ならとっくの昔に重力圧により潰れているはずなのだが……まあ、いい。ならばさらに“上級の重圧を食らわせるのみ”』
『今度こそ息絶えろ。――ゲーティア〘上重力圧―ディス・グラビルド―〙』
俺がまだ死んでないことを不思議がるように、男は再度カルマの詠唱を繰り返す。
メキメキと骨が軋む音が聞こえる。悲鳴を上げようにも、最早声帯(せいたい)は動かすことすらままならない。
ああ。こいつは俺を殺そうとしてるのか。
こいつもルシファ達と同じ、悪魔だったのか。
それを理解した時には、もう既に遅かった。
逃げ出そうにもさっき投げられた際の衝撃で、足は動かすことすらままならない。
眠りにつく直前のように俺の意識が遠のいていく。
意識が。生命(いのち)が。うっすらと消えていく。
だが、俺の朦朧(もうろう)とした意識は突如、消失を諦めた。
『なんっ……⁉』
そしてその代償とでも言うように、今度は男が頭部から流血を流し、その場に崩れ落ちたのだ。
それは勇気ある一人の少女の行動によって、起きた出来事。
「――はぁっ……はっ……先輩……先輩っ……!」
「し……いっ」
何と鉄パイプを握ったしいが、男の後頭部を殴打(おうだ)したのだ。
奴自信、まさかこんな少女に反撃されるとは思ってもみなかったのだろう。
そのおかげか俺に降りかかる重圧も、いつの間にか消えていた。
しいは鉄パイプをその場に落とすと、俺の傍に駆け寄ってくる。
――来るな。駄目だ。逃げろ。
「……ろっ」
重圧を長く浴びていたせいか、声を出そうにも上手く伝えることが出来ない。
少しでもいい。叫べ。伝えろ。俺は枯れた喉を、必死に震わせる。
「逃……げろ。まだっ……まだ、そいつはっ……!」
「え……? あっ……! 離、しっ……!」
『たかが人間如きにダメージを負わされるとは油断した。……よくもやってくれたな』
打撃が浅かったのか。それとも元から然程(さほど)ダメージが無かったのだろうか。
男はしいの喉元を掴むと、再び持ち上げる。しいの華奢な身体は軽々と持ち上げられ、男の手首に力が込められていく。ミシミシとしいの細い首が、締め上げられていく。
「かはっ……あぅっ……!」
『苦しいか? 苦しいだろうなぁ……。だが、安心しろ。すぐに楽にしてやる』
俺は地を這いずりながら、男を鋭い眼光で睨みつける。
――やめろ。
「やめろっ……! やめろぉっ……‼」
俺の叫び声が静かな世界で無情にこだまする。
だが、しいを掴む男の腕力が、弱まることは決して無い。
地に付した身体を起き上がらせようとするが、その場を這いずるのが限界だ。
それでも俺は足先に力を込め、立ち上がろうとする。
――頼む。動いてくれ。
動け。離せ。やめろ。離せ。動け。離せ。やめろ。動け。やめろ。止めろ。ヤメロ。
ヤ メ ロ。
『“……ろっ”』
そして男がしいの首を締めあげようとしたその時――何かが俺を支配する感覚に襲われた。

『“やめろっつってんのが……聞こえねえのかっ”』

『っ‼ なにっ……⁉』
 次いで男の身体に飛びかかる、一つの小さな影。
「――おりゃぁぁぁぁぁあっ‼」  
突如俺の身体を支配しようとしていた感覚が、プツリと途絶える。
その理由は男が先程の俺同様、身体を宙に浮かせ、向かいにある駐車場へ吹っ飛んだからだ。俺は男を数秒ほど凝視してから、すぐに男の居た場所に視線を戻す。
そこにはしいを抱えたルシファと、右脚を突き上げたべリーが立っていたんだ。
「お前……等っ……!」
我に返った俺は二人の名を呼ぶ。安堵のあまり、頬を緩ませる。
しいを抱えたルシファは俺の傍に寄ると、しいをコンクリートに優しく寝かせつけた。
それから俺を見下(みおろ)すと、ルシファは深々と頭を下げてくる。
「大丈夫ですか。あずきさん。……すみません、遅れてしまって」
「お、俺は大丈夫だっ……それより、しいは」
「大丈夫ですよ。しいさんは、気を失ってるだけですから」
そう言いルシファは前方へ身を乗り出すと、右腕を胸元へ持っていく。
「とりあえずあずきさん達は私の後ろに。――ゴーティア〘上結界―シェルド―〙」
目前に現れる、いつものシェルとは違う正方形の盾。
この『シェルド』というカルマは防御力が通常のシェルより高く、また治癒能力も僅かではあるが備わっているとルシファは言う。どうりでさっきより身体が楽になっているわけだ。
伏していた身体を起こし、俺は男が吹っ飛んだ駐車場を渋い顔で見つめる。
「……一体、あの男は何者なんだよ。あいつもお前達と同じ、悪魔なのか?」
「違うわっ」
ルシファが答えようとした刹那、いつの間にかルシファの傍に立っていたべリーが躊躇なく答える。
べリーは俺を一瞥だけすると、それからは後ろを振り返らずに説明を続ける。
「あの人自体は普通の人間よ。ただ、とても強力な洗脳系統のカルマで操られているだけ」
「洗脳系統のカルマって……お前がさっきしいにかけていた、アンゴってやつか?」
「――それ以外にも、ね。でも、普通洗脳系のカルマっていうのは近くにいる相手にしか効果はないはずなの。けど、あの男を操っている悪魔の魔力はこの一帯には感じられない。今この場に私達以外の人間が一人も見えないのを見る限り、この場の空間を支配する別のカルマも使ってるわね……たくっ、人間は、私達悪魔の玩具じゃないってのよ」
べリーは舌打ちをすると、荒々しく地団太を踏んでいた。バキバキと地団駄(じたんだ)を踏むたびにコンクリートに亀裂(きれつ)が入っていく。
べリーの怒りも分かるが、とりあえず今は……。
俺は無数の車が駐在してある駐車場に再び視線を向ける。
車に叩きつけられた男はよろよろと身体をよろめかすと、一歩。また一歩とこちらに歩み寄って来ようとしていた。
……逃げなきゃヤバいよな。
「――まっ、文句を言っても仕方ないし。私はあの人の意識を取り戻させてくるから、皆はここで待ってて。このまま放っておくわけにもいかないしね」
「わ、私が手を貸さなくても大丈夫ですか? 手伝いますよ?」
「んっ、多分へーき。それに以前のバジュラとの戦いで私は良いところ見せられなかったんだし、たまには良いとこ見せなくちゃね」
そう言いベリーはルシファの申し出を断ると、パキパキと指を鳴らしながら男との距離を詰めていく。あれだけの自信なんだ。べリーには何か策があるんだろう。   
ただ、俺には一つだけ疑問があったんだ。
「……カルマを使った本人が周りに居ない場合、カルマを解く方法は一つしかないんです」
口に出したつもりはないが、ルシファが俺の気持ちを察してくれたんだろう。
渋い顔をしたルシファは俺に説明をしながら、べリーに手を合わせ何度も謝っていた。
――が、違う。ベリーにではない。
あの男に。あの見知らぬ人間に謝っていたのだ。
「それって……まさか」
「……ええっ」
そこで俺は気がついてしまった。これからベリーがしようとしたことに。ルシファが謝った意味に。ルシファが手伝おうとしていたのはベリーの為ではない。あの男性の為だったのだと。
俺の瞳を見つめながら、ルシファはバツが悪そうに口を開く。
「カルマを解く方法……“それは死なない程度に、相手の意識を失わせることです”」

「――どうも、初めまして。私の名前はベリー・リリネット。いきなりの質問で悪いんだけど、何であんたはあずきを襲ったの? ……見たところ、人間ではなさそうに見えるけど」
『……リリネット家の娘か。噂には聞いている。とても優秀だとな』
「あら。私の事を知ってるなんて光栄ね。それはそれで良いとして、無視かしら?」
――そして、俺はこの日思い知ることになる。
『……お前に一つ聞きたい。どうやらお前はあの桜葉あずきという人間と、親しい関係にあるらしいからな』
「……何かしら」
『あの人間。……桜葉あずきという男は』
『――本当に、人間か?』
――ベリーが一人で立ち向かっていった理由(わけ)を。
「……私の見た限りでは人間だと思うわよ。まあ、人間のくせにヴァイスなんて人間離れした力も使えるし、バカではあるけどね」
――ベリーが怒っていた理由(わけ)を。
『……ならばいい。それでは、先程の質問に答えてやろう』
『――答えは黙秘(もくひ)だ。そしてお前に用は無い……消えろ。さもなくば殺すぞ』
――ベリーが優秀だと言われている理由(わけ)を。
「……そう。じゃあ、別の質問にしてあげる。――あんたは一体何者なの? 対象の脳内に虚像の真実を植えつける〘虚言―アンゴ―〙。相手の身体に精神を憑依して操る事が出来る〘憑依―ホライズン―〙。極めつけは特定の生き物を一定の間別次元に移動する〘空間移動―リヴァイル―〙……これだけの多彩なカルマを楽に使えているのを見る限り、クラスは『マギー』ってところだろうけど」
『……くどいぞ。聞こえなかったのか。お前に用は無い。消えろ。さもなくば――』
そしてベリーの――ガチギレの怖さを。
「だ か ら 無 視 す ん な っ つ っ て ん の よ」
べリーの手に灯る閃光が弾けたと同時に、べリーは男の腹部に飛び蹴りを食らわせていた。ドムッ! という聞き覚えの悪い音を立てながら、男はベリーの前方数十メートルまで吹っ飛ばされる。
「こんなもんで済むと……思ってんじゃないでしょうねぇっ!」
――ダンッ! それでもまだべリーの猛攻(もうこう)は止まらない。
地が爆(は)ぜる勢いでコンクリートを蹴り上げたべリーは男の元へ脱兎(だっと)のごとく駆け寄ると、一発。二発。三発と更に追い討ちをかけるように男の腹部へ蹴りや殴打を食らわしていく。
対する男は反撃する間もなく、更に数メートル奥へ。
だが、男も負けじと血反吐を吐きながら、腕を斜に下ろすと。
『ぐっ、なめるな! 小娘がっ……! ――ゲーティア〘灼炎渦―ヴァルムド―〙!』
ボウッ! 焔(ほむら)を覆った巨大な炎の渦が、男の手の平から繰り出される。轟轟(ごうごう)と燃える炎(えん)渦(か)は空中で身動きが取れないべリーへと、食らいつくように接近していく。
途端にべリーも男と呼応(こおう)したように、自身の左腕を頭上に挙げ、カルマを詠唱する。
「フン! そんなちんけな炎、食らうかっ! ――ゲーティア〘電光弾―アライズ―〙!」
べリーの手の平から飛び出した雷電(らいでん)を帯びた電光弾(でんこうだん)。雷光弾は炎渦へ接近すると互いにぶつかりあい、無残にも相殺しあう。
男は再び腕を斜に下ろすと、不敵な笑みを頬に浮かべる。
『さすがの腕前だな。私のカルマをこうも容易く相殺するとは……――なら、次はこれだっ』
『――ゲーティア〘起爆―ラスト―〙』
地を伝う爆発の連鎖(れんさ)。起爆の鎖(くさり)は蛇のように地を這い被爆すると、ベリーの元に距離を詰めていく。
一方のベリーも負けじと空に手を掲げていた。次いで地を突き破り現れる、巨大な氷の塊。
「――ゲーティア〘氷結―プリズン―〙! 私とカルマで勝負するなんて……いい度胸ねっ!」
ドオオオォォンッ! 耐え難い騒音を発した二人のカルマ。俺は咄嗟に耳を塞ぎ、思わず目を閉じてしまう。遅れて耳にキーンと響き渡る不協和音(ふきょうわおん)。
「うるさっ……!」
だが、その瞬間にも、俺は二人が次の行動に移していることが現状を見ずとも予測することが出来た。
喧騒(けんそう)の中で微かに聞こえてくる、二人のカルマの詠唱音。
『次はこれだ。――ゲーティア〘真空―ルフ―〙』
「まだまだぁっ! ――ゲーティア〘濁流波―アルーラ―〙!」
――大災害(だいさいがい)の方がまだマシだ。
濁流(だくりゅう)と嵐が二人の中央で混じりあい、正に混沌(こんとん)としか言いようがない現象がその場を覆う。コンクリートは粉砕し傍に合った車のガラスは割れ、店の装飾はとうの昔に吹き飛ばされていた。俺自身、気を抜けば吹き飛ばされそうな勢いでもある。
この勝負……見た感じ五分(ごぶ)五分(ごぶ)にも見えるが、正直人間の俺じゃ詳しくは判断出来ない。
「お、おい。ルシファ。この勝負お前から見れば……どっちが有利だ」
俺は堪らず傍にいたルシファに戦況を聞く。
ルシファは二人の戦いを眺めつつ、口元を覆うと。
「……今の現状を見れば正直な話、六対四です。相手が六で。ベリーが四ですね。あの人間を操っている悪魔は相当優秀な悪魔なんでしょう。あれだけのカルマを使っても全く息を荒げていない。それに比べてベリーの表情。また息遣いを見る限り、ベリーは大分体力を消耗しています。……つまり相手の方が勝率は上とみてもいいでしょう」
「! お、おいそれじゃ。ベリーは負――」
と、苦言を発しようとした俺の口元が、ルシファの手により覆い塞がれる。
それから勝ち誇ったような表情を浮かべると、ルシファは笑っていた。
「――けど。けど、ベリーは勝ちますよ。……だってあの子は、私の親友ですからね」
「もがっ……」
何も言うことが出来ない状態の俺は間抜けな声を零し、ルシファを見つめる。
何だその自信は。と言ってやりたいが、俺だってベリーを信じていないわけじゃない。
ベリーが負けるわけがないと、心の奥底では信じているはずだ。
……そうだよな。俺が諦めちゃ、それこそ大バカじゃねえか。
手の平を眺め、俺は自分の頬に平手打ちを食らわす。
そして視線をベリーに戻し、大きく息を吸った。
準備は万全だ。

「――くっ……はぁっ……はっ……!」
『どうした。息が荒いぞ? ……貴様の力はそんなものか。とんだ期待外れだな』
「ハッ……! ほざいてなさいっ……!」
(けど……実際こいつの言う通り私の魔力はもう残り少ない。カルマを使おうにも、最低あと二回が限度だと思う。いや、威力を抑えれば三回はいけるか)
(だからと言って体術で攻めようにも、相手のカルマの連撃を躱して懐(ふところ)に入れる可能性は、それこそ0に近い。けど、このまま今まで通り戦い続ければ、私は確実に負ける……)
(悔しいけど……万事休す、か――)

「――ベリィィィィィーーーッッ‼」

「‼ あ……あずきっ……⁉」
唐突な叫び声に驚いたのか、ベリーが勢いよく振り返る。
それは他の二人。ルシファや男もベリー同様、俺に対して怪訝な視線を向けていた。
こんな言葉、ベリーにとっては何の足しにもならないのかもしれない。
けど、俺はどうしても伝えたかったんだ。この言葉を。そして俺の率直な想いを。
強く拳を握り、俺は轟くように吠える。
「お前の……お前の力はそんなもんじゃねえだろっ! 弱気になってんじゃねえぞっ!」
「お前はエリートなんだろっ! だったら! だったら、いつも俺をバカにする時みたいに強気でいろっ! いつもみたいに、偉そうにふんぞり返ってろっ!」
「……だからっ」
「――だから、そんな奴! 早くぶっとばしちまえっ‼」
そう言い終えると、ベリーはキョトンとした表情で俺を見つめていた。
「……そっかっ」
それから小さく笑みを溢し、肩を揺らす。
「そう……そうよね……ククッ……アハ……アハハッ……!」
俯いたまま、ベリーは堪えるように笑い続けていたんだ。
男は気味が悪いものを見るようにベリーに視点を変えると、燻かし気に目を細め。
『ふん、急に何を言い出すかと思えば……気狂(きぐる)いめ』
『……どうした。ベリー・リリネット。お前もあの男同様、気でも狂ったか』
「いや……なんか私、難しく考えすぎてたなって。……そうよね、私は」
ベリーは空を見上げると、頭上に手をかざす。それからニッと頬を和(やわ)らげた。
先程の暗い表情が嘘のように思えるほど、ベリーは意気揚々(いきようよう)と笑っていたのだ。
空に。世界に。ベリーの凛(りん)とした声が響く。
「ただ、私は――あんたをぶっ倒せばいいだけなのよ! ――ゲーティア〘雷―ライズ―〙!」 いつもとは違い空からではなく、ベリーの手から直線状に放たれるカルマ(ライズ)。男は雷撃を空に跳んで躱すと、宙で余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に笑みを浮かべていた。
次いで手を斜に向けると、男は目を見開く。
『ふん。そんな単純な攻撃が最後の策とはな……だが、これで終わりだ。貴様は今のカルマで魔力が尽きたはず。次に私がカルマを使い、これで私の勝――』
「……いーや」

「――あんたの、負けよ」

宙に浮かび男が身動きが取れない中、先に行動を起こしたのはベリーだった。
そして何を思ったのか、べリーは傍にある電柱を引き千切(ちぎ)るように掴んだ。
――まさか。いや、まさかとは思ったが、べリーはそのまさかを実行に仕立てあげたのだ。
ボゴォッ! コンクリートの破片を空に舞い上がらせ、電柱が引き抜かれる。
『⁉ そんっ……!』
そしてその引き抜いた電柱をべリーは宙に浮かぶ男へと案の定――振り下ろした。
「うっ――らああぁぁぁぁああッッ‼」
――ゴギィッ‼ 何とも聞き覚えの悪い衝突音(しょうとつおん)を放ち、男へと電柱が振り下ろされる。
そうしてコンビニの屋根に落下した男は呻(うめ)き声を上げると、ピクリとも動かなくなった。
無事に着地したベリーは電柱を放り投げると、俺達の元に緩(かん)徐(じょ)な足取りで近づいてくる。
たまらずベリーの傍に駆け寄ると、ベリーは俺の胸元に身を預けてきた、
どこかやつれた表情のベリーを抱き、差し出された手を握ると、ベリーは何も言わずに頷く。
「あんたの言うとおり……勝ったわよ」
「よくやった。よくやったな、ベリー……! お前、すげえよ……!」
続いて傍に来たルシファは俺から奪うようにベリーを抱くと、優しく頬を撫でる。
「お疲れ様です。ベリー……。本当に、よく頑張りましたね」
「ありがとね。ルシファちゃん。……けど、本当に今回は参ったわ。まあ、流石にもうあいつも立ち上がっては来れないだろうけ――」
ベリーの耳が、不意にピクリと震える。
「……ごめん。撤回する」
「……撤回?」
俺は不思議に思い、首を傾げる。その理由はべリーが先程の険しい表情に戻り、男の弾き飛ばされた方向に首をひねっていたからだ。
その行動に疑問を覚えた俺はベリーに続き、視線を横に。
「嘘……だろっ」
そこにはあの男が居た。
先程ベリーの攻撃により重症を負ったはずの男が、俺達の元へ近づいてきていたのだ。
男は首を鳴らしながらネクタイを解(ほど)くと、俺達の前で立ち止まる。
『まさかだ。……人間の身体を借りているとはいえ、この私がまさかここまで手こずるとはな』
「……まだやる気? 今なら見逃してあげるから、早く決めなさいっ……!」
ベリーは男の前に立つと、鋭い眼光で男を睨みつけていた。
よく見るとベリーの膝は震えている。強がってはいるが、最早ベリーの体力も限界に近いんだろう。
男はベリーを少しの間見つめると、首を左右に振る。
『……いや、やめておこう。やはり人間の身体で悪魔と戦うのは少し無理があるようだ。戦おうにも、この身体に受けたダメージは想像以上に大きい……お前と同じようにな』
「……言ってなさい」
『フンッ……――さて。私のカルマもあと数秒足らずで効果が切れる。その前に桜葉あずき。
貴様にとある、言伝(ことづて)を伝えておこう』
冷静な物言いだ。続いて男はべリーから俺へと視線を移し替える。
それから踵を返し、俺の傍に近寄って来ると。
『桜葉あずき……“貴様はいつか必ず、あのお方に殺される”』
「! 殺される……だって……」
そう嘲りを浮かべると、男は魂を抜き取られたように、その場に崩れ落ちていった。
どうやら男性にかけられていたカルマが、解けてしまったらしい。
それから数分が経ち場の空気が落ち着いた頃を見計らい、俺はしいを背に抱え、辺りを見渡す。あの悪魔が言っていたことや正体についても気になるが、まずは現実問題の方が先だよな。 
この惨劇を一体、どうやって店長に説明すればいいんだろう。
「とりあえず一段落ついたのは良いとして……どうする?」
「そりゃあ、放っておくわけにもいきませんし、直すしかないでしょうね……べリー。お疲れのところ悪いのですが、壊れた駐車場や屋根を直しますから、手伝ってください」
「ん、分かった。……全く、病み上がりにはきつい作業ね」
 キュアで自身の傷を治し終えたベリーは立ちあがる。二人は修復(しゅうふく)系統(けいとう)のカルマを使い、壊れたコンビニや道路などを直すそうだ。
俺も手伝わなきゃいけないけど……その前に。
「脈があるのを見るところ、確かに死んではなさそうだな……ん?」
俺は男性の安否を確認するため、手首を握り脈拍を確認していた。
トクトクと鼓動が指先に伝わってくるので、この人については一安心だ。
そうして俺が立ち上がろうとしたその時、男性の首元が光っていることに俺は気がついた。
おそるおそる首元の襟をめくると、その輝きの正体は刻印に似た何かだった。
丸く囲まれた円にSの文字が刻まれたこの刻印を、俺はどこかで見た記憶がある。
「どこだったっけ、確か……えーと」
駄目だ、どうしても思い出せない。でも、確かにどこかで見た記憶があるんだよなぁ。
俺が思い悩んでいると、頭にコツンと小さな痛みが走る。小石だ。
どうやらルシファ達から修復の催促がきたらしい。面倒であるが催促を無視するわけにもいかないので、俺はしい達をコンビニの控室に寝かせ、二人の元へ向かっていった。



……ピ――
――認証完了。オルバ・メルバ様の帰還(きかん)。すぐに扉が開きます。
『……――くっ……まさかこの私がここまで不覚(ふかく)を取るとはな。リリネット家の娘にあれほどの力があるとは、思いもしなかった』
『だが、やはりあの時感じた魔力……あれは絶対にリリネット家のものではない』
『なら、誰だ。まさか。まさか本当に、あの男が……』
『……ふんっ。それはないか』
『まあいい。……ルシファ様の無事を確認出来たのだ。それだけでも大きな収穫だろう。――さて、今度はどんな手を使おうか』
『次こそは死へと追いやってみせるぞ……桜葉あずき』
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