第27話 reset

文字数 932文字

無名の偉人たちの名言27
 一旦、すべて元に戻して最初からやり直すか
      ホテル総務課長 斎田弘毅

「どうしたの」

『うん、よく眠れなくてな』

「最近多いね。仕事のことでしょ」

『退職勧奨、受けようかと思ってる』

「・・・パパに従うわ」

『ホテルスタッフの半分近くは外国人スタッフだ。彼らを国に返すわけにはいかない。支配人としてやりたいこともやったし、経営不振のホテルを何棟か立て直すっていう難しい仕事も経験し、やり残した思いはない。ただ・・」

「ただ、どうしたの」

『一つだけ、残された若いスタッフにホテルっていう仕事は最高の職業だということを、もっともっと伝えたかった。ただ今は余りにも人員過剰だ。これ以上会社は持たない』

「わかった。ねえ、明日代々木公園に行こう」

『代々木公園、久しぶりに聞いたな』

「私たちがよくデートした場所」

『そうだな、ママが大学生で俺がホテル一年生の頃。よく行ったな。ただ芝生で寝転んで、二人してぼんやりしていたことだけよく覚えている。代々木公園で、あの頃思い出して一旦、すべて元に戻して最初からやり直すか。芝生にただぼんやりと寝転んでさ。公園なら所々マスクも着けなくてもいいだろう』

「あの頃はまだ携帯電話なんてなくて、家電だったわね」

『雅美さんいらっしゃいますか、なんてな、最初お母さん冷たい感じだった』

「あの頃よく言ってたね、結婚も反対されたしね、まだ早いって」

『お母さんもお父さんも、天国で今の世の中どう思ってるんだろうな』

「どう思ってるんだろうな」

『孫を見てすぐだったからな』

「結婚したころは家には何にもなかったね」

『そうだな。健太と美夏もまだいないし』

「代々木公園が私たち二人の故郷だね」

『実は今だからいうけどさ、怒らないで聞いて』

「なに」

『確か夜勤明けだったと思う。代々木公園でママの膝枕で寝たことあって、眠くて眠くて起きたときによだれがママのストッキングに、だらーっと、かかってて慌てて拭いたことあったのさ。あの時、ママが気がつかなくてよかったって思った』

「実はさー、それ今まで言わなかったけど、ちゃんと覚えてるんだよ。コイツ汚ねえなーって思ってたけど、鼾してて疲れてるんだなあって、可哀そうだったから黙っていたんだよ」

『優しい人だね』


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