オーディションの依頼

文字数 2,433文字

そんな生活に転機が訪れたのは、ある日のことだった。
亜優を通してオーディションの依頼が来たのだ。
ねえ、彰! 演劇部のオーディション受けてくれない? 先輩に頼まれたの。
は?
オーディションって、何の役のだよ?
俺、樹木Aの役しかやったことないんだぜ? ああっと違った、樹木Bだったかな……
AでもBでも違わないでしょ!
と、笑っていなす亜優。
私も詳しい事は知らないから、何の役なのかはわからないんだけど……
気楽に話だけでも聞いてみてよ……彰の顔からして主役ってことはないだろうから!
(顔のことは余計なお世話だ……)
(……っていうか、失礼な!)
(そりゃあイケメンとは言えないかもしれないけれど、これでも一応、人並みぐらいのご面相をして……)
(していると……思っていたんだけど。あれ? 違うのかな? イイヨネ? イインダヨネ? ぐうっ……自信が揺らぐ。傷つくなあ)
この仕返しはいつかしてやると心にメモしておくとして。
しかし、胸が躍る。
(ついに、あの鏡花先輩と関係を深めるチャンスが……!)
そんなわけで、早速その日の放課後、演劇部へと向かったのだった。
スッゲ……
演劇部の部室は舞台のある大講堂の建物の中にある。

他に普段この場所を使っている部活もないので、二階席まであるこの広大な空間を独り占めしているという贅沢な環境であったが、舞台で発声練習をしている部員たちや、講堂周りを走り込みしている新入生、そしてブルーシートを広げたロビーでは大道具のスタッフたちが次の上演に向けて巨大なセットの修理をしていたりと、所狭しという状況だった。
あ・え・い・う・え・お・あ・お……
亜優も……やってる、やってる。気合入ってるなあ。
で、部室は……講堂の二階って言ってたな。
一般生徒が立ち入ることのない講堂の二階の小部屋。
その中の光景にも目を奪われる。
……変な小道具があっちこっちに……剣とか盾まであるぞ。って、隣には何だこれ? パトカーのサイレン? 衣装もコスプレ屋が開業できそーなくらい一杯……
なんだか異世界みたいだな!
でも、女の子の衣装ばかり無造作に置いてあるのを見ると……ムラムラ来るっていうか……ひ、人もいないし、余計に……。
何か御用ですか……
おわぁっ! すすすすいませんっ! 俺、いっ、一年生の太田垣彰です!
入部のご希望……?
あっ、いえっ……その、オーディションに呼ばれて……
そう……。それなら部長から伺っております。どうぞ、こちらへ……。
アシスタント風の女子部員が部室とは別の、講堂内二階に設けられた音響効果室へと案内してくれる。
こちらが仕事場です。神楽見部長はいつもここで執筆をされているんです……。
(この子もちょっと可愛いな……)
(それにしても、ますますスゲーな。「仕事場」だって!)
(なんかもう、学生レベルを超えてるよ!)
部長、失礼します……太田垣さんをお連れしました。
ミキサーだかアンプだかの細かなメーターやスイッチのついた機材に囲まれたその部屋に通される。

中にいた鏡花は携帯でなにやら打ち合わせの最中のようだった。
ああ、うん……そうだね、今の演技でいいと思う。第三場のそこのセリフはカットで……
音響効果室には、講堂ステージ側に窓がついており、そこから鏡花は舞台を見渡しながら喋っていた。

下の階にいる舞台監督か誰かとの通話だろうか?
……照明のフリは前から続いてダウンライトを。いや、違うな。そこは一旦切り返しにして赤のスポットを落とそう。そうすれば……
コンソールの空いている場所に並べられた何枚もの脚本の原稿を手に、彰にはよくわからない難しい会話を続ける鏡花だったが、携帯を耳に当てたまま突然振り向くと、ニッと目だけを優しく細めて空いている椅子を勧める。
(どうぞ……!)

そう。それでホリゾントを10センチぐらい……うん、うん。シモ手のセットに被らないように。
その様は実に慣れた感じで、こういうことはしょっちゅうなのだろう。
(分刻みどころか秒刻みのスケジュールの忙しさだって、亜優から聞いてたけど……)
(こうして目の当たりにすると、呼び出されておきながら、なんだか自分なんかに時間を使わせてしまっていいのだろうかって気までしちゃうよ……。)
それでは私はこれで……。
彰が腰かけると、案内してくれたアシスタント風の女子部員は去り、鏡花と二人だけとなった。
(うわ……神楽見先輩と早くも二人っきりに……しかも、こんな狭い場所で!)
(でっ、ででででもっ……なっ、なんだか、スゴク緊張して来たぞ!)
向き合えば膝と膝がくっついてしまいそうな、お互いの体温すら感じ取れそうな近い距離。

それだけでなく、プロフェッショナルな現場特有の緊張感みたいなものに気押されて、彰を緊張が襲う。握りっぱなしの拳の中にはじっとりと汗が滲み、心臓もドキドキして来た。

そんな彼の緊張を見抜いたかのように、電話を終えた鏡花がフッと和らいだ表情を作る。
やあ、よく来てくれたね。
(うっ……うわあ~! めっ、滅っ茶苦茶……可愛いっ……!)
そのハキハキとした言葉づかいから、どちらかというと凛々しいという形容が似合う彼女だったが、その飾り気のない微笑みの、年相応の少女らしい愛くるしさが彰の胸をズッギュゥーンと撃ち抜く。

しかも、おまけに……
(膝っ……膝がああっ……!)
舞台に向けていたパイプ椅子をグルリと回して彰へと向き合わせ、そこに腰を下ろす鏡花。

先ほどふと頭をよぎった通り、この狭い室内で向かい合いとなった椅子と椅子、鏡花と彰の膝頭が、彼女が深く座りなおした拍子にニアミス!

ふわっとした女の子特有の温かい気配が伝わるほどに!
くぁwせdrftgyふじk@lp~!!!
……?
いよいよもって高まる心拍数。動悸が乱れて頭がカーッと熱くなり、真っ白となる。
(こっ……こんなんじゃ……オーディションなんて無理だ! 何の役をやるにしても……う、上手くできっこない!)
たとえそれが樹木Aの役であったとしてもぉ~!
……樹木ぐらいできるだろ。
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登場人物紹介

神楽見鏡花(かぐらみ・きょうか)

桜坂すめらぎ学園の演劇部部長。
プロの劇団の脚本をも手掛ける才色兼備の美少女。

水城亜優(みずき・あゆ)

桜坂すめらぎ学園の新入生。
鏡花に憧れ演劇部に入部する。

太田垣彰(おおたがき・あきら)

桜坂すめらぎ学園の新入生。
亜優にはいつもヘタレ扱いされているが、スケベに関しては大胆なところも。

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