論より証拠

文字数 1,414文字

フフ……信じられないみたいだね。
えと……まあ、そりゃ……
論より証拠。試してみてくれないかな?
つまり、それがオーディションでもあるのだが……。
ええと、その……。
言いよどむ彰。

とりあえず、呼ばれた理由はこれではっきりした。

しかし、果たして期待に応えるような能力を発揮できるのだろうか? 仮に彼女の言う通り理想の心拍を自分が持っていたとして、それだけでイチニノサンと催眠術をかけられるわけでもあるまい。

とはいえ、何もしないというのも……。
あ、あの……じゃあ、先輩は……ね、眠く……眠くな~る……だんだん、だんだん、眠くな~る。
(これ、相手が催眠術にかからなかったら、すごく間抜けだよな~)
ってか、フツーかかるわけないんだから、間抜けに決まってる……。
役者のオーディションの方がまだマシかもしれない。

ところが……!
Zzz……
さっきまで輝いていた鏡花の瞳がいきなりトロンと混濁し、次の瞬間にはガクリと首が落ちた。

彰の胸に伸ばしていた腕もズルリと学生服の中から抜け落ち、その拍子に彼女が座っていたパイプ椅子の横の所にガツンッと当たる。
うわっ……ちょっ……?
腕が当たったときの音からしてかなり痛い打ち方をしたような? しかし、鏡花は無反応でそのままだらりんぶらんと力なく腕を垂らして身動きひとつしない。
スヤスヤ……。
ちょっ、ちょっと、先輩っ! 起きて下さい! 大丈夫ですか!
慌てて揺さぶろうとした瞬間、鏡花の顔が跳ね上がった。
さあ、早くやってみせてくれないか? キミなら出来る……!
って、ええっ? せっ、先輩……えと……
何事もなかったかのように笑顔を見せる彼女に、何が何やらわけがわからず鳩が豆鉄砲の彰。そして、その様子に鏡花もまたキョトンとした顔になる。
ん? どうしたんだい? 私が何か……
と言いかけて、しかしさすがは才女、事の次第をあっという間に推測する。
……もしかして、今、私は催眠術にかかっていたのかい?
あっ……えっ……その……は、はいっ……多分!
眠くなる……と言ったら、すぐに眠り込んでしまって。あと多分、起きて下さいって言ったから元に戻ったんだと思います。
凄い……まるで何事もなかったようにですよ!
素晴らしいな。まさかそこまでとは!
鏡花のほうも目を輝かせる。紅潮した頬がうっすらとしたピンクに色づいていた。
じゃあもう一度……今度はもっと他の指示を出して色々試してみてくれたまえ。
早口でそう言って再び彰の胸に手を当てる。
わ、わかりました……ええと、先輩は眠くなる……どんどん眠くなって、僕の声しか聴こえなくなる……。
半信半疑の口調。
しかし、先ほど目の当たりにした現象が少しだけ彰の口調を強いものにする。

果たして鏡花はもう一度、さっきと同じように目つきをトロリとさせ……
……。
おっと……!
ズルリと落ちそうになった彼女の腕を支えて、自分の胸に当てさせ続ける。

ドクッ……ドクンッ……ドクンッ!
(先輩の手……僕の胸に当たって……)
静まり返った二人きりの空間で、異性から触れられている……。

学園内でこんなことをしていていいのかという背徳感。
ゴクリ……。
さっきはドタバタしてしまって必死だった為にそんな余裕はなかったが、凛々しく生き生きとした顔つきだった鏡花の、トランス状態特有の無表情、そして女のきめ細かな肌、長い睫毛、ぷるんとした唇、細いうなじ……。

普段ならジロジロ見るのは憚られる魅力的な情景が、今度は向かい合ってほんの目と鼻の先に……!
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登場人物紹介

神楽見鏡花(かぐらみ・きょうか)

桜坂すめらぎ学園の演劇部部長。
プロの劇団の脚本をも手掛ける才色兼備の美少女。

水城亜優(みずき・あゆ)

桜坂すめらぎ学園の新入生。
鏡花に憧れ演劇部に入部する。

太田垣彰(おおたがき・あきら)

桜坂すめらぎ学園の新入生。
亜優にはいつもヘタレ扱いされているが、スケベに関しては大胆なところも。

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