自己暗示を知ってるかい?
文字数 1,246文字
憧れの人の前では恥をかきたくない。失望させたくない。人は誰しもそう思うもの。彰はそのまま踵を返して鏡花に背を向けると、逃げ出すように音響効果室の扉へと向かった。
しかし、手首がグッと掴まれ引き戻される。
しかし、手首がグッと掴まれ引き戻される。
振り返ると、鏡花がじっと見つめていた。そして、掴んだ彰の手首をそのまま放そうとしない。
鏡花はもう片方の手を伸ばして彰の手に重ねる。
鏡花は、彰の瞳から目を逸らさずに言葉を続ける。
やや低い彼女の声、その落ち着いた口調には人を引き込むゆったりとしたリズムがあった。
やや低い彼女の声、その落ち着いた口調には人を引き込むゆったりとしたリズムがあった。
だが、要するに、彼女は今、彰を落ち着かせようとしてくれている。それだけはわかった。
それでも、こんな美人に間近でじっと見つめられて、両手を重ねて手を握りしめられては、自宅にオスカー像を何体も飾っているようなベテラン俳優だったとしても平静でいられるはずがない。平常心など百億光年の彼方に吹き飛ぶというものだ。
それでも、こんな美人に間近でじっと見つめられて、両手を重ねて手を握りしめられては、自宅にオスカー像を何体も飾っているようなベテラン俳優だったとしても平静でいられるはずがない。平常心など百億光年の彼方に吹き飛ぶというものだ。
いや、そんな意味では言ってないだろ。
だがしかし、そんな思考が駆け巡るほどに彰は興奮してしまっていた。
それでもどうにか、言われるがままに、カラカラに乾いた喉の奥から絞り出すようにして声を発する。
それでもどうにか、言われるがままに、カラカラに乾いた喉の奥から絞り出すようにして声を発する。
すかさず鏡花が輪唱するように繰り返す。
相手の暗示に合わせて振舞うというやつだ。
周りのリアクションが暗示を強化する……彼女の口にしたその通りだ。
彰は拳をギュッと握ったまま椅子に戻って再び腰を下ろした。
相手の暗示に合わせて振舞うというやつだ。
周りのリアクションが暗示を強化する……彼女の口にしたその通りだ。
彰は拳をギュッと握ったまま椅子に戻って再び腰を下ろした。
まだ少し緊張は残っているけれど、頭の中は随分と冷静さを取り戻して来た。
その様子に鏡花が満足気に頷く。
その様子に鏡花が満足気に頷く。