第二幕第三場(1)

文字数 417文字

赤の部屋、帝国ホテルの一室。
昭和二年、四月七日。
(朗読する)
『或る阿呆の一生』。芥川龍之介。
四十七、火あそび。
「彼女は輝かしい顔をしていた。それはちょうど朝日の光の薄氷にさしているようだった。彼は彼女に好意を持っていた。しかし恋愛は感じていなかった。のみならず彼女の体には指一つふれずにいたのだった」
「『死にたがっていらっしゃるのですってね。』
『ええ。――いえ、死にたがっているよりも生きることに飽きているのです。』
彼らはこういう問答からいっしょに死ぬことを約束した。
『プラトニック・スウイサイドですね。』
『ダブル・プラトニック・スウイサイド。』」
「彼は、彼自身の落ちついているのを、不思議に思わずにはいられなかった」
貘、退場。
龍之介登場。「落ちついている」どころか、むしろ浮き浮き。原稿の入った封筒を手にしている。
やや遅れて、ます子登場。
photo by Kosuga-Desuga
(Theatre Unit SALA, 2012)
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登場人物紹介

芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892-1927)


作家。若くしてデビューし、一躍文壇の寵児となる。

世間一般のイメージとは違い、じつはお茶目で甘えん坊。一方で気遣いの人でもある。

数年にわたって不眠に悩まされている。

芥川文(あくたがわ ふみ、1900-1968)


龍之介の妻。八歳のとき、叔父の級友である十六歳の龍之介と出会う。のちに龍之介から熱烈な求愛を受け、彼に嫁ぐ。
天才肌の夫、その養父母と伯母、三人の息子という一家を支える主婦だが、性格はおっとりして、いつまでも少女のようなところがある。
龍之介の不調に心を痛め、親友のます子に助力を求める。

平松ます子(ひらまつ ますこ、1899-1957)

文の幼なじみで親友。良家の生まれで才気煥発、明るい性格。だが、弟妹たちを親代わりとなって育てるなど無理を重ねたため、体を壊し、自身の結婚はあきらめている。
文の悩みに親身になって応え、龍之介の秘書的な仕事を献身的にこなす。

内田百間(うちだ ひゃっけん、1889-1971)


龍之介の作家仲間で親友。本名は栄造(えいぞう)。岡山県出身。
飄々とした語り口の幻想怪奇譚という無二の作風で、のちに一世を風靡し、太平洋戦争も高度成長も生き抜いて昭和に大往生をとげるが、この物語の時点ではまだブレイク前。数少ない理解者の一人が龍之介だった。

菊池寛(きくち かん、1888-1948)


龍之介の作家仲間で親友。本名は寛(ひろし)。香川県出身。
文藝春秋社を興し、のちに芥川賞と直木賞を立ち上げるなど、実業家としても活躍する。兄貴肌で面倒見がよく、感激屋。
友人代表として龍之介の弔辞を読む運命にあることを、この物語の時点ではまだ本人も周囲も知らない。

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