エピローグ

文字数 934文字

そして今、教会はクリスマスの準備で忙しい。
 太郎君の洗礼式も間近に迫った。クリスマス礼拝の中で行われると言うことで、よし子さんの張り切りもひとしおだ。今年は、お星様の形をしたクッキーを焼くのだそうだ。
 夕海ちゃんは求道者の為の聖書勉強会に出始めた。畔奈ちゃんも一緒だ。とはいえ、彼女は相変わらずで、毎回本田先生を困らせるような質問ばかりする。それでも、夕海ちゃんがいるからだいぶ大人しくしているのかもしれない。
 忍さんの代わりはいない。杉山が毎回参加しているが、畔奈ちゃんにいじめられ論破される姿は、さすがの僕でも気の毒になるほどだ。まあ、これも修行のうちだろう。春が来れば、彼は神学生になる。
 本田先生はどんな時でも微笑んでいる。そして決まってこう言う。
「神様に直接聞いてごらんよ。多分、畔奈ちゃんなら神様の声が聞けると思うよ」
 あなたは誰よりも、神様のことを知りたいと願っている子だから、って。

 そうそう、話は変わるが、夕海ちゃんが勉強会に出たいと言った後、本田先生と彩子先生は彼女に聖書をプレゼントした。なめし皮の分厚い聖書。本田先生とおそろいのやつだ。表紙の裏には、本田先生直筆でみことばが記されている。僕は書き込んでいるところから見ていた。彩子先生が綺麗な紙で包むところも見ていた。でもそこに何て言葉が書かれているかについては、分からなかった。
 第一回目の勉強会の前日のことだ。包みを開いた夕海ちゃんは、嬉しそうに表紙をめくると、先生が書いた言葉をしばらく見つめていた。それから僕に向かって、読んでくれたのである。


わたしの目にあなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。イザヤ書四十三章四節


「トラ。トラもそうだよ」
 それから、抱きしめてくれた。


 牧師館の毎日は、あったかくて、忙しくて、時々厳しい。
 今でも僕は、玄関チャイムが鳴る度に、一目散に駆け出して睨みを利かせてしまう。ろくでもない奴がやってきたら、唸りかかって一歩も入れないようにするんだ。場合によっては、飛び掛ってもいい。そんな気持ちが募ってしまう。
 だって僕の大切な、守らなければならない家族がここにはいるんだもん。

―― ここが僕の家だ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み