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文字数 1,124文字
「どうも、どうも、夜分にすみません」
高塚長老だった。励まし会のリーダーもやっている人で、なにかと面倒見のよいおじちゃんだ。たまに礼拝堂で出くわすと、
「トラ、耳が痒いだろう」
と、耳掃除をしてくれる。
「すぐ失礼しますから。前回の長老会の議事録、持ってきたんです」
お呼びがかかった本田先生は、玄関に出ていった。
内容チェックでオーケーが出ると、コピーされ信徒全員に配布されるのである。
「あの人、私、知ってます」
ドア越しに覗き見た夕海ちゃんが、呟いた。
「前に棚を作って貰いました。あと、母の車のバッテリーが上がっちゃったときも助けてくれました」
「あれ、もしかして夕海ちゃんいるの?」
玄関から、朗らかな声が飛んでくる。
「この可愛い靴、夕海ちゃんのだろう」
僕の心配をよそに、夕海ちゃんは存外リラックスしていた。立ちあがって挨拶に出向く。
「いいなあ、夕海ちゃん。本田先生と彩子先生と夕食だなんてうらやましいよ、おじちゃんは」
高塚長老は目じりに皺をいっぱいよせると
「いやさ、おじちゃん、定年退職してからインターネットにはまっちゃってね。あれ、本当に面白いねえ」
と、なんだか自分のことを語り始めた。
線一本で世界中と繋がれるってどうだい。ありとあらゆる情報が瞬時に手にできるんだよ。物凄く便利だし、世界が身近に感じられるよねえ、など云々かんぬん。最後に
「それでね、おじちゃんは、神様ネットっていうのもあるように思うんだよねえ」
とひとりごちた。
「ね、トラ、わかるだろう」
わかんないよ、と言いたいところだが、実は「なるほどねえ」と思っていた。
「例えばさ、こうして久しぶりに合った僕と夕海ちゃんが、親戚みたいに話ができるのだって、神様ネットで繋がってるからだと思うんだ。日本全国、世界中だって同じだよ。クリスチャン同士は不思議なつながりがあるんだ。別に、怪しい繋がりじゃないよ。なんていうかなあ、昔の友達に会ったような気楽さというか、気軽さというか」
「心をひっくり返しても大丈夫って、母はよく言ってました」
夕海ちゃんが言った。
「だから、洗礼は大事なのよって、洗礼はその証しなのよってよく言われました」
一瞬、空気が固まったのを僕は見逃さなかった。高塚長老は、ハッハッハッと取ってつけたように笑い声をあげると
「ま、そういう考えもあるかな」
と言った。
「いつでもいいさ。おじちゃんなんて、六十の手習いでインターネットだよ」
明日はあったかくなるかなあ、それとも雪かな……。そのついでに
「どうだっていいさ、そんなのは」
と繰り返した。
でもなぜだろう。夕海ちゃんは少し悲しそうだった。