三、

文字数 7,759文字

「加藤ひびき、です」
 昨日は遅刻してきたので、自己紹介をしないまま終わった。それではまずいということで、今日はレッスンの前にフロアの中心に立って挨拶するはめになった。無論、女装で、だ。二十人前後の、小学校高学年くらいの女の子達が注目する。隣の子とこそこそ話をしたり、まじまじと響を見たり、居心地がともかく悪い。
「……よろしく」
 小さい声で言うと、すぐに集団の中に混ざろうとした。それでも、色の違う魚が、同じ色の魚の大群に混ざったように、なぜだか一人だけ目立つ。浮いているのが自分でもわかった。
「レッスン始めるよ!」
 彩の大声で、一斉にバーの方へ移動する。響も力なく向う。光太郎は端に陣取っていた。男子の近くはわりと人が集まらない。やはり思春期の男女の微妙な間合いがある。他の場所はほとんど埋まってしまっている。響は仕方なく光太郎の後ろへ並んだ。前を向くと、ちょうど頭ひとつ分ほど身長の差があることに嫌でも気づかされる。ちっ、と舌打ちすると、苦々しい顔でレッスンを始める。すぐに「笑顔で!」と彩に怒られた。
 フロア練習になると、女の子のおしゃべりに花が咲く。さっそく響は、リーダー格と思われる、ぽっちゃりとした女の子に声をかけられた。ピンクのフリルがついたレオタードを着ているが、腹の部分が伸びている。
「ねえねえ。ひびきって、今までここのダンス教室来てなかったよね。他のところで習ってたの?」
「や、習ってたけどすぐ辞めた」
 横から釣り目の、こけしのような風貌の女の子が更に訊く。
「じゃ、初心者なの? この間は午後のレッスンのあと、光太郎と残って練習してたよね? 何か特別なことでもしてるの?」
「発表会に……その、母さんが出ろっていうから、練習」
「へえ、あの噂、マジだったんだあ」
 表面上では、気にしていない素振りをみせているが、視線は鋭く突き刺さる。言わない方が得策だったか。
「あ、ひびきの番だよ」
 ドン、とフロアの方へ突き飛ばされる。明らかに悪意を感じた。前に彩がやっていた通りに脚を前に出してパッセ。後ろからひそひそ声が聞こえる。笑い声もする。集中するどころか、冷や汗が出る。胃が痛い。見られている感覚が辛い。ようやく端まで着くと、女の子たちの方へ振り返った。何事もなかったように、自分の番を待っている。
 また同じように整列して、今度は違う振りをフロアでやる。先ほどの女子たちは、うってかわって響を無視しはじめた。別に馴れ合うつもりはないし、女の格好はしているが、自分は男だ。女の考えなんて、わからない。ただ、時折聞こえる悪口。「脚曲がってたよね」、「下手くそ」、「あんなのが発表会に出るなんて、あり得ない」。じゃあ、自分はどうすればいいのだ。レッスンが終わるまで、響は吐き気が治まらなかった。


 最後のショートカットの女の子の迎えが来て、フロアは光太郎、響の二人になった。彩は練習用のMDを車へ取りに行っている。ストレッチが終わった響は、手持ち無沙汰だった。だからと言って、光太郎に話しかけたくはない。それでも彼は構ってくる。
「ひびき、この間の振りは練習した? もう少し脚が上がってた方がいいよ。それと、指先まで神経を集中させないと。ああ、その前に振りを完全に覚えないとダメか」
 バカにしたような言い草に、先ほどの女の子たちの態度。堪忍袋の緒は、光太郎によって簡単に切られてしまった。
「うるせーよ! 俺だって好きでこんなことやってるんじゃねえ! 俺はな、お前みたいに好きで踊ってるんじゃねえんだ! 踊らないと捨てられるんだよ!」
 言い切って、肩で息をする。光太郎は呆気にとられていた。美少女の一人称が「俺」ということに驚いたのはもちろん、話している内容の複雑さに、光太郎はどう答えていいのか戸惑う。
「踊らないと、捨てられるって……?」
 訊ねると、響は口をつぐんだ。彩がフロアに入ってきたからだ。
「さ、夜のレッスン、開始するわよ」


 梅雨も明けないのに、セミの鳴き声を待つのは早すぎるだろうか。七月に入り、夏休みが近づいて、普通の小学生なら浮かれるが、響は違った。
「いい加減にわかりなさいよ!」
 フロアに彩の罵声が響く。思うように響が踊れず、歯がゆい思いをしていたのがとうとう爆発したのだ。その場には、光太郎も居合わせた。
「グラン・ジュテは軽やかに、着地したら、すぐに次の動作に入る準備! アラベスク! そのとき少女は、完璧な男から自分から離れていく覚悟をするの。なんでその気持ちがわからないの!」
 彩の顔は鬼のようだった。普段のレッスンではあまり見せない表情。それは、他人の子を教えるという、あくまでも商売だからだ。しかし、響に教えるのは違う。自分の『作品』を作っているのだ。妥協は許されない。
「わかるわけ、ないだろう? 母さんの想像上の少女じゃないんだから!」
 響が言うと、彩は少し考えて、思いついたように言った。
「あんた、若葉さんのこと、どう思ってる?」
「ど、どうって……」
 突然の質問に焦る。響は下を向いた。徐々に顔が赤くなる。茶色いウィッグの髪を耳にかけてどうやってこの場を切り抜けようかと考えるが、何もいい案は浮かばない。光太郎は何のことやら話の意図がつかめず、響を見つめている。
 彼女のことをどう思っているのか。それは自分が一番聞きたかった。最近は夕方もダンスのレッスンになってしまったので、あまり話す時間がなくなった。電車に揺られているとき、彼女のことを考えると、胸がなんだか切なくなる。寂しい。一緒にいる時間は楽しい。ただ、そばにいたいと思ってしまう。これが恋なのだろうか。九つも上の女性への恋。自分の世界からずっと遠い世界にいる人への。届かないとわかっていても、追いかけたい。でも、追いかけることで、相手に迷惑をかけてしまうことも知っている。――そうか。不完全な少女も、同じ気持ちなのか。
 響は顔を上げた。彩がそれと同時に曲をスタートさせる。ピアノの切ないサウンドが流れる。響がフロアの中心に走り、右脚を高く上げる。足を斜め前に出し、小さくジャンプ。腕を前に出して、後退。アン・オーの形から右腕と左腕を混ぜるように動かし、五番の足でつま先立ちして一回転。手を開いて、着地。曲が盛り上がると同時に、大きな動き。脚を高く、高く。恋という誰にも抗えない大きな力に踊らされる感覚。それでも完璧な彼との間には、透明なガラスが張ってあり、ふれる事も、近づくこともできない。誰かが自分の背中を引っ張る。「この人はだめだよ」と警告する。一度自分から離れるが、一人になると混乱してどうすればいいのかわからない。
 そこまで踊ると、彩は曲を止めた。
「まだ動きはうまくないけど、今の踊りには感情が入っててよかった。これで私の想像する作品の完成図に近づいたわ」
 興奮する彩に、肩で息をする息子・響。親子としてのつながりでも、師弟としてのつながりでもない、微妙な関係。光太郎は、完成に近づく喜びで笑みをこぼす彩と、それを心なしかつらそうに見つめる響の対比を不思議そうに見ていた。
 レッスンが終わると、二人はフロアの掃除に取り掛かった。いつも最後に使う生徒が掃除するルールなのだ。
「なあ、ひびき」
 光太郎が呼びかけるが、響はこの間キレたこともあり、どんな顔をすればいいのか困った。とりあえず、モップを持ったまま、不自然に歪んだ顔を向ける。
「ひびきって、なんでダンス始めたの? その、この間『好きで踊ってるわけじゃない』って言ってたから」
 無言。答えられるはずがない。母の強い作品に賭ける思いが、自分にダンスを強要しているなんて、好きで習っている光太郎に告げられるわけがない。彼のダンスを見ていてわかった。最初は「なりきれていない」と注意されていたが、最近の光太郎の踊りは、自信に満ち溢れていた。堂々としていて、力強い。細身なのに、頼もしく見える。その中に薄っすら見える優しさ。彼は、確実に『完璧』に近づいている。光太郎は、母の作品の一部になりかけている。
「光太郎は、母さんの作品の一部になるって、どう思う?」
 問いには答えず、真剣な表情で質問を繰り出した。先の一件からほとんど話さなかった響の質問に、光太郎は一瞬考え、答えた。
「俺は、彩先生に表現の仕方を習っているだけで、別に完全に染まっているわけではないよ。だから、『作品の一部』とは考えてない。先生の表現をものにしたいっていうのかな」
 中学一年にして、前を見据えた回答だった。自分が踊る意義を明確にしている光太郎とは違い、自分には何もない。何のために踊るのか。そう訊かれたら、「母のため」としか答えられない。本当は母のためでもない。母に捨てられないため、つまりは自分のためだ。
 彩が荷物を車に積んで戻ってきた。何事もなかったかのように、響は掃除に戻る。光太郎は、響のした質問の意味を反芻していた。


 終業式の日を過ぎると、レッスン時間は夏休みに合わせたものに変わる。午前九時から十二時は初心者、午後一時から五時のレッスンは、中級から上級者だ。五時から八時は、特別レッスンとして、発表会に出るメンバーが練習する。それが終わった九時から十一時までが、響と光太郎の個人レッスンだ。響の場合、練習量が少ないという理由から、初心者のレッスンから参加しているので、丸一日スタジオで過ごしているのだ。冷房が効いているとはいえ、運動すれば汗をかく。人の熱気で、冷気はすぐに温まってしまう。昼食も、コンビニ弁当だ。これが健全な小学生の夏休みなんて、認めたくなかった。
「また脚曲がってるよ」
 この間のぽっちゃりしている女の子、佐々木七海がこっそりと他の生徒に響の悪口を言ったのが聞こえた。それでも直そうとする気にはなれなかった。言いたいだけ、言えばいい。どうせ発表会の振りだけが完璧ならいいのだ。その日の響は、すべてにおいておざなりだった。踊りに感情さえ入れば、母は満足する。作品だけが完成されれば、自分を捨てるなんてことは、二度と言わないだろう。そう思っていたとき、突然ピアノの音が止んだ。
 彩が近づいてくる。響の視界に入るなり、消えた。目の前が真っ白になった。何をされたのかわからなかった。フロアがざわつく。ゆっくりと目を開けると、冷たい目で響を見下す母の姿があった。頬がひりひりする。触ると、少し熱を帯びているようだ。そこで初めて叩かれたことに気がついた。
「踊りに手を抜くな! ロイは一番こういう生徒を許さなかった! あの人が許せない態度の生徒を、私の作品に出せるわけないでしょ!」
 頬に手を当て、床に座ったまま、響は動かなかった。また『作品』か。ロイという、彩の師匠に見せるための作品だというが、なぜそこまでこだわるのか理解できなかった。
――もう、ついていけない。響は静かに立ち上がると、ドアを乱暴に開け、外へ走った。


 無我夢中で走って、いつの間にか駅近くの公園まで来てしまった。ウィッグにユニタードと、練習着そのままで出てきてしまって、後悔する。結局母は変わってしまった。きっかけはあの日。若葉が引っ越してきた日だ。自分が彼女に何かしらの気持ちを抱いてしまったのが原因なのだろうか、母の暴走が始まった。ダンスのレッスンを始めた日から、家での会話はレッスンの話だけになってしまった。二人の関係は、血縁ではなく、いまや作品のパーツとアーティストという間柄になっていた。ダンスという媒介がなければ、会話することもない。もし、ダンスがなくなったら、本当に自分が彩の息子でいる必要がなくなってしまう。
実の息子だというのに、なんでこんなことになってしまっているのだ。響は石垣に拳を打ちつけた。目の端に溜まっていた水が、頬を伝う。先ほど打たれ、熱を持った場所を冷やすように流れる涙は、なかなか止まってくれない。体の力が抜けていく感じがして、石垣にもたれかかったとき、目の前に人影が現れた。
泣き顔を見せまいと涙を拭うと、光太郎の姿があった。
「あの、遅れて行ったら、先生がひびきのこと殴ってて、ドアのところから追ってきたんだけど……」
 余計なお世話だ。響は赤くした目で光太郎をにらんだ。光太郎もさすがにたじろいで、目線を逸らす。それでも言いたいことを伝えようと、口だけは動かす。
「ひびき、好きで踊ってるんじゃないんだろ? 辞めたいって言わないのか?」
「言ったら、捨てられるんだ」
 鼻声で、簡潔に答える。光太郎は響の隣に立った。
「ダンスを辞めるくらいで、親子関係を切るなんてこと、あるわけないだろ」
「今の母さんだったら、ありえるんだよ!」
 響はぽつりぽつり自分がダンスを始めたきっかけを話し始めた。今の自分が母親の今度の作品のモチーフにぴったりだったこと。そのせいでダンスを無理やり教え込まれていること。女装のことはさすがに言えなかった。光太郎は、本気でダンスをやっている。未だに女性優位の舞踊の世界で、男が主役としてやっていくことは難しい。成功している人間も女性に比べれば少ない。それを承知で、彼は頑張っているのだ。それなのに、自分は女装という卑怯な手を使っている。光太郎に、これ以上差をつけられたくなかった。何の差かは自分でもわからないが、彼と自分との間には、スタート時点から大きな差がある。それはどんなに練習しても埋めることができないものなのだ。
 大体の話を聞いた光太郎は、大きく溜息をついて空を見た。夏の日差しが容赦なく降り注ぐ。太陽は隣のにせものの少女とうってかわって、必要以上に元気だ。
「俺はダンスって、楽しんでやるもんだと思う。嫌いなのに踊ってたら、辛いだけだろう?」
「でも、楽しかろうが、楽しくなかろうが、俺はやらなきゃならないんだ! 加藤彩の子供としてじゃなく、作品の一部として。今、母さんと俺を繋いでいるのは、ダンスしかないんだよ」
 再び頭を垂れる響の横で、光太郎は親指の爪を噛んだ。
「俺、彩先生を尊敬してるけど、こんなやり方は間違ってると思う。人間はパーツじゃない。自分から楽しんで踊りに参加しないと、いい作品なんてできやしない」
 光太郎の意外な言葉に、響は顔を上げた。今までは、自分のことを見下す嫌なやつだと思っていた彼が、自分の味方になってくれている。
光太郎はどんどんヒートアップしていく。
「第一、自分のために娘を踊らせるなんて、勝手じゃないか? 先生は一体何を考えて
るんだ!」
「わからないけど、ずっと『ロイに認めてもらいたい』って言ってる」
「ロイ? ロイ・ウィルソンか」
 光太郎は彩が尊敬する「ロイ」を知っていた。ロイ・ウィルソン。ニューヨークでウィルソン・カンパニーという組織を運営している、有名な舞踊創作家兼ダンサーだ。光太郎はレッスンで何度か映像を観せられたらしい。
「それなら尚更間違ってる。彼はVTRで言ってた。『表現することを楽しまないと、ダンスは芸術に昇華できない』って。彩先生の振りをひびきが無理に踊っても、それは単なる『動き』に過ぎないよ」
「でも、それなら、どうすれば……」
 だんだん体が熱くなる。頭がぼーっとして、何も考えられない。自分が話している内容もよくわからない。ウィッグの中が蒸れて、気持ち悪い。太陽の匂いで吐きそうだ。
 響はその場にしゃがみこんだ。黒いユニタードが熱を吸収して、体にぴったりと張りつく。遠くで光太郎が呼んでいる声が聞こえた。


「これじゃ、またレッスンできないじゃない!」
 彩のヒステリックな叫び声で、響は目を覚ました。公園で気を失って、光太郎がダンス教室まで連れてきてくれたのだろうか。心配そうな顔で、彼が見つめていた。フロアの隅に敷かれたストレッチマットの上に横になり、おでこには冷たいタオルが当てられている。
薄目で時計を見ると、まだ二時半だった。生徒たちが、何事かと響の顔をのぞきこむ。レッスンは中断されているようだ。
「ただでさえ、この子は舞台に立たせられるような状態じゃないのに……」
 頭を抱えている彩に、光太郎が進言した。
「先生。その分、俺のパートを見てもらえませんか。まだ自信のないところが何箇所かあるので」
「仕方ないわね。今日はそうすることにします。ひびき、アンタは着替えて弓削さんに迎えに来てもらいなさい。連絡は自分でできるわね?」
 それだけ言うと、彩はレッスンを再開した。ピアノの音がトイレまで聞こえてくる。ユニタードは汗でびしょびしょだ。ウィッグを取ると、髪から水が垂れてきた。
 若葉には駅まで来てもらった。さすがにダンス教室まで来てもらうのはまずい。若葉だけでなく、生徒にも自分が女装していることがバレてしまう。
 ふらふらした足取りで駅まで着くと、すでに若葉は到着していた。ちょうど近くの図書館で勉強していたらしい。
「響くん、顔真っ赤じゃない! ちゃんと水は飲んだの?」
 そういえば、倒れてから全く飲んでいない。軽い脱水症状なのに、自分では気づかずにいたようだ。若葉はすぐに自販機からスポーツウォーターを二本買うと、響に飲ませた。体は水を欲しているはずなのに、全然意識がわかない。それでも言われるがままに、一本飲み干した。もう一本渡されると、若葉は響の反対の手をとった。
「ホームに落ちちゃうよ」
 さすがに小学五年にもなって、手を繋がれるのは恥ずかしい。相手が若葉だと余計だ。だけどなんだかとても嬉しくて、家に着くまで手を離さなかった。
 家の中は蒸し風呂状態だった。キッチンの気温計が三十七度まで上がっている。若葉はクーラーと扇風機のスイッチを入れると、一度自分の部屋に戻った。ソファーに横たわって、部屋が涼しくなるのを待っていると、若葉が自室からアイスノンを持ってきて響の頭の下に入れた。オレンジジュースをすぐ横のテーブルに二人分置くと、うちわで響を扇ぐ。気休めにしかならないが、手厚く看病されているのがわかると、なんだかこそばゆかった。
「ねえ、若葉さんはなんでそこまでしてくれるの? うちのバイト代だって、そんなによくないでしょ。俺の面倒を不定期に見るより、ちゃんとしたバイトしたほうがいいと思うんだけど」
 訊ねると、若葉はうちわを扇ぐ手を止めずに答えた。
「そうだね。確かにちゃんとしたバイトをした方が、自分のためになるとは思うんだ」
 ゆっくりと視線を上げて、響の目を見つめる。優しげな瞳は、響の心を気温よりも熱くさせた。
「私もね、片親で一人っ子だったから、なんとなく響くんのことがわかるような気がするんだ。親が働いてるから、病気のときも一人でどうにかしなきゃいけなかったりして。辛くても、誰にも言えないんだよね」
 若葉が響の頭をなでる。そういえば自分もそうだったなと、若葉の手の重みを感じながら、響は思った。風邪のときも、自分でお粥を作って無理に食べた。助けが欲しくても、母は仕事だ。しかも責任がある仕事だから、途中で抜けることもできない。一人で耐えるしかなかった。そうか、自分は辛かったのか。若葉に言われて初めて気づくと、自然と涙が溢れてきた。声を殺して泣く響を、若葉は気づかない振りをしてうちわで扇ぎ続けた。
 

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