第8話

文字数 1,027文字

 昼食前に佐藤は花乃に車椅子を押されながら病室に戻った。買って来たカンカン帽を被りサングラスを掛けた姿を見て、健太郎はいつもの調子で
「佐藤さん、ミュージシャンみたいじゃないですか! 」
と声を掛けた。
「だろ…」
静かに答えた佐藤を見て、告白が失敗したのでは…とヤキモキした。どう言葉を掛けて良いか健太郎は頭をフル回転させた。
 それを他所に佐藤はカーテンを閉めて花乃に着替えを手伝ってもらって居る。カーテンが開くまでの間に言葉を見つけなければ…健太郎の心拍数が上がるのを感じた。
 カーテンが開いて、いつもの病衣を着た佐藤がベッドに横たわって居た。
「花乃ちゃん、今日はありがとう」
「うん」
やけに大人しい2人…健太郎は大病を抱えて告白して失敗したであろう佐藤を心底不憫に思った。花乃が病室から出た後に
「佐藤さん…」
と声を掛けた後言葉を探していると、佐藤が左手を見せた。飾りの無い薬指の指輪がキラッと光った。
「えっ⁉︎上手く行った…? 」
いつものふざけた笑顔ではなく、優しい笑顔で佐藤は話した。
「俺ふざけてばかりだからさ、花乃ちゃんに『佐藤さんは恋愛をしたいのですか?本当に私を好きなのですか?揶揄ってるのですか? 』って言われてさ…。凄い所突くよね…。俺病気で弱ってるしさ、こんな人間を彼氏にしたい人なんて居ない思ってたんだ。でもさ、俺の病気関係無く受け止めてくれたんだよ…。笑いで誤魔化そうとしたの遮って…。俺なんかに勿体無いと思いながら嬉しくて浸ってしまったよ」
 初めて見る佐藤の真面目な姿だ。大人しい瞳に喜びが満ち溢れている。
「おめでとう。良かったですね良い彼女出来て」
「うん」
 健太郎は今日佐藤が思う存分幸せに浸れる様にそっとしておく事にした。
 花乃が帰りがけに病室に寄り
「じゃあ帰るね。また明日」
と佐藤の手を握った。
「明日休みじゃ無い? 」
「彼女だもん、お見舞いに来るのよ」
「そっか…ありがとう。待ってる」
骨張った手で佐藤は花乃の手をシッカリ握り返した。花乃は手を振って病室を出た。佐藤は何て幸せな顔をするんだろう。
 
 夕食頃ひよりが仕事を終えて見舞いに来た。
「元気そうね」
「うん、もう食べて良いって」
「良かった! 」
他愛の無い話をしている途中ひよりは
「お隣さん具合悪いの?静かだけど」
とコソコソ言って心配している。
「大丈夫、彼女が出来て幸せに浸ってるんだよ」
健太郎もコソコソ返事をした。
「あの…もしもし?僕の事話してます? 」
結局いつもの佐藤に戻った。

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