第5話

文字数 1,875文字

 健太郎は盲腸とは言え手術で疲労して居たのか夜はグッスリ眠った。看護師が早朝にベッドにぶら下がっている尿バックのチェックをしてる気配で目が覚めた。
「あっ、起こしちゃいました?おはようございます」
「あっ、おはようございます」
「眠れましたか? 」
看護師の声掛けに佐藤がカーテンをマジックハンドで開けながら佐藤は
「グッスリ寝てたよね。いびき凄かったもん」
と笑った。
「えっ?マジで? 」
「マジ。俺昼間寝ちゃだから寝付けなくってさ。篠崎さん術後でグッスリ寝れる位だから長生きするよ」
朝からやはり昨日と同じ調子だ。
「安眠妨害してすいませんね」
「良いんだ良いんだ。外出の日の前日だけは勘弁だけど」
看護師もその会話に大笑いしてる。笑いながらも血圧を測ったり手は休まない。
「篠崎さん、オナラは出ましたか? 」
「いやまだです」
「腸が動き出したか確かめたいので、出たら知らせてください」
「はい」
「後で尿の管取り外しに来ますね」
「もうトイレ行って良いんですか? 」
「はい傷が痛むとは思いますが、少し歩いた方が回復は早いですから」
「分かりました」
 暫くして朝食のワゴンが近づいてきているのが聞こえて来る。腹が減ったが俺の分は無いだろう…。案の定、ワゴンの音が部屋の前で止まると佐藤にだけお膳が届けられた。つい佐藤のお膳に目をやってしまう…。しかし乗せられている物は、ゼリーの様な紙のカップの物と、小さな医療用のストロー付きの紙パックに入った飲み物だけだった。食事と云うよりは栄養を摂る為の物に見える。
 健太郎はそのお膳を見て佐藤から見え隠れする病いを、再び感じ取った。
「また不味いの来たか」
佐藤は額に手を当て苦笑いした。
「そんな事言わずに3回回して礼してから食べて」
「お茶会か! 」
しかしこの病室には病いを笑いが吹き飛ばす様なシステムが出来上がって居る。健太郎は笑ってまた傷の痛みにもがいた。笑いを振りまかれたなら、笑いで返そうと思い、
「佐藤さん、不味いならそれ俺にくれ〜。何でも良いから食いたい…」
「おぉ、やるやる! 」
マジックハンドで掴んだゼリーを健太郎に伸ばした。看護師が
「ちょっと、そこの大人達!回収!はい、佐藤さん3回回すのよ! 」
「結構なお手前で…」
佐藤は三つ指を付きお辞儀した。
「どうもありがとうございます」
看護師はそう言うと病室を出て行った。
 栄養剤と思われる物を、佐藤は小さな一口を口に入れて少しずつ飲み込んだ。律儀にゼリーを3回回して健太郎に見せて居る。健太郎は期待に応えて
「結構なお手前で」
と答えた。

 朝食が終わった頃、看護師が何か器具を持って来た。
「篠崎さん、尿の管抜きますね」
と言って手際よく作業を始めた。こう言う恥ずかしい処置の時に限って若くて少し可愛い看護師だ…。頼む、今こそオタフク渡にやって欲しい…。恥ずかしさを必死に隠して居るのに対し看護師は淡々と作業を終えようとして居る。緊張の余り少し力んでしまったのか、オナラが出た。こう言う時に限って…。
「あらー良かったですね。とても順調に回復されてますよ。先生にオナラの事報告しておきますね」
と可愛い笑顔で応えられてしまった。恥ずかしさを隠す為に
「飲食は出来ますか? 」
と聞いてみた。
「先生に確認してみますね」
と看護師が病室を出てから健太郎は溜息を吐いた。
 すると佐藤がまたマジックハンドでカーテンを開けて
「先生に確認しますね」
と看護師を真似て言ってきた。
「ちょっと佐藤勘弁してよ! 」
「おめでとうございます!オナラ!見事なお手前で」
と佐藤は三つ指を付いた。
「佐藤さん…祝ってくれてるの?揶揄ってるの? 」
「勿論揶揄ってますよ。祝いの気持ちも少なくとも有りますが…オホホホ」
「でも、喉乾いたし…まいっか! 」
と言うとさっきの可愛い看護師が来て
「篠崎さん、飲み物はOKです。昼ご飯からお粥ですけど出ますから」
と報告して去っていった。
よし、ひよりが冷蔵庫に入れてくれた飲み物を出そう。屈むと結構傷が痛いが、喉の渇きを潤す事が出来る喜びの方が大きい。ワクワクして麦茶のペットボトルを手に取り蓋を開けた。一口飲むと
「はぁ…」
と力が抜けた。美味い…生き返る。更にゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。ホッとした瞬間視線を感じた。
 佐藤がスマホで、健太郎が術後に飲み物を飲む姿を動画を撮って居た。
「佐藤さん、何撮ってるんですか⁉︎」
「いやー良いよー。CMで使えそうな飲みっぷり! 」
 佐藤と居るとビックリの連続だ。しかし彼なりの重病人との入院生活に気を遣わなくても良い環境にする為の『心遣い』である様に健太郎は感じた。
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