第1話 春の目覚め

文字数 298文字

夏のような日差しを逃れ、常に日陰になっているその路地に足を踏み入れると、濃い花の匂いが満ちた。
足元に落ちて、ヌメヌメと濡れたアスファルトと一体になったピンクの花弁か、それとも。
深い緑の陰影の中に、鮮やかな薄い紫が咲き乱れている。都心の、山手線の中にも、こんな立派な藤の花は咲くのだ。
盛りに大雨が来て、散ってしまった桜の後に咲くそれは、憂鬱ながらも救いとなるような美しさを見せつけてくる。
「そこだよ。私が見つけたのは。」
ピチャピチャと、長靴を鳴らしながら、無邪気に少女のような声色で彼女は言った。
なぜ、僕を誘ったのか。そんな簡単なことを言えないまま、僕は藤の花を携えた、古いコンクリートを見上げた。
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